例えばあなたが、職場でのコミュニケーションについて問題意識を持っており、何らかの改善が必要だと伝えたいとします。問題提起のためのメッセージとして、次の2つの候補を考えました。
事実の力
・「職場でのコミュニケーションが悪化しており、社員のモチベーション低下の原因となっている」
・「この半年で若手3名が退職。理由は『上司と話がかみあわない』」
さて、どちらが聴き手に「それは問題だ!」「何とかしなければ」という気持ちを起こさせるでしょうか?
恐らく2つ目のメッセージのはずです。これらのメッセージの違いは何でしょうか?
前者は抽象的な考えを述べているのに対して、後者は具体的な事実を使って語っています。自分の主張に説得力を持たせる上で、抽象的なことを言うよりも、事実をはっきり述べる方が説得力を持つのです。
自分より知識や経験が豊かな人を説得する。まだ付き合いが浅く、関係構築ができていない顧客を説得する。自分の考えに自信を持っていて、なかなか自説を曲げない上司を説得する。こうした説得が難しい場面で、皆さんが一番頼りにすべきなのは「事実」や「数字」です。聞こえの良い抽象的な言葉をたくさん並べるより、ビジネスの現場に根差した「事実」をシンプルに、明確に伝える方がよほど説得力があるのです。
徹底的に準備し、話し方に集中
プレゼンの世界では、「何を話すか以上に、どのように話すかが重要」とよく言われます。実際、話し方ひとつで聴き手の受け取る印象、話の説得力は大きく変わります。まっすぐどっしりと立ち、大きな声で話す。両手をダイナミックに使って強調する。笑顔で聴き手の目をしっかり見て話す。こうした基本を押さえ、訓練をすることはとても大事なことです。
しかし、問題は実際のプレゼンになると、頭でわかっていてもなかなかできないということです。次に何を言うんだっけ? と考えてしまい、言葉に詰まってしまう。いろいろ説明をしているうちにどこをしゃべっているのかわからなくなり、焦って大事なことを言い忘れてしまう。そうなると、体を揺らしたり腕を組んだりといった悪い癖が出てくる。聴き手と目を合わせるどころではなくなってしまう。結果、一番言いたいことを言う前に時間切れ、などが良く見かける症状です。
こうした悲惨な状態を避けるには、テクニック以上に徹底した準備が重要なるのです。言うべきことを絞り込み、大事なことだけを自信を持って伝えられるよう、頭の中をクリアにしておく。補足説明が不要な一目でわかる資料をつくり、大事なメッセージは資料にしっかりと書いておく。そして、時間に余裕を持っておく。こうした準備をしておけば、プレゼンの現場で考えることが減り、焦ることがなくなります。徹底した準備こそが、プレゼンで「あがらない」秘けつなのです。
熱意を伝える
「どのように話すか」は大事ではあるものの、必ずしも「うまく話す」ことを目指す必要はありません。皆さんが「感動を覚えたスピーチ」を思い出してみてください。それらは必ずしもうまいプレゼンではなく、その人ならではの個性が感じられ、何かを伝えたい、わかってほしいという思いがダイレクトに伝わってくるものではなかったでしょうか。特に若い人が行うプレゼンでは、うまいプレゼンよりも、真剣に、一所懸命に話す姿が、聴き手に好感を与えるものです。うまくしゃべろうと考えるのではなく、熱意を持って話す。そう考えるとプレゼン時に緊張することはなくなるはずです。
<著者プロフィール>
吉田素文
グロービス経営大学院教員。立教大学教育学修士、ロンドンビジネススクールSEP修了。大手私鉄会社を経てグロービスに参画。論理思考、プレゼンテーション、ファシリテーション等の思考・コミュニケーション系科目の開発を行うほか、経営戦略、アカウンティング、組織運営など幅広い領域での講師、企業の経営課題を扱うアクションラーニングセッションのファシリテーターを多数務め、課題解決、プレゼンテーションの指導を多数行っている。