FXの大相場の数々を目撃してきたマネックス証券、マネックス・ユニバーシティ FX学長の吉田恒氏がお届けする「そうだったのか! FX大相場の真実」。今回は「米大統領選挙アノマリー」を解説します。
1996年11月当時、世界の金融市場が「円安仕掛け人」と思っていた「ミスター円」、榊原大蔵省国際金融局長(現財務省国際局長)が、自ら「円高是正(円安)終了宣言」を行ったのが、ちょうど米大統領選挙の結果が判明した日だったというのは、やはり意味があったのではないでしょうか。
それこそ、この連載でも何度もとりあげてきた「米大統領選挙アノマリー」と関係しているのではないかと思います。
止まらなくなってきた円安、株高
「米大統領選挙アノマリー」とは、為替相場は4年に1度の米大統領選挙年には、選挙前までは方向感の乏しい小動きが続くものの、選挙前後から一転して一方向に大きく動き出す、というものです。
これを私は、論理的に説明できないが、繰り返されるパターンといった意味のアノマリーの代表例としています。しかしあえて理屈を見つけるなら、まさにこの1996年のケースがヒントになると考えてきました。
要するに、バロンズ誌が「今週の主役を、再選したクリントン大統領から榊原局長が奪った」と書いたように、「榊原発言」が1996年11月の米大統領選挙結果判明直後となったのは偶然ではなく、選挙に影響しなくなるまで待っていたということではないでしょうか。それでなくても、当時は「ベンツェン・シーリング」が意識され、選挙前に円安が大きく進むなら、日米貿易問題が大統領選挙イシューになりかねない面もあったようでした。
大統領選挙前は、何といっても「世界のリーダー」を決める米大統領選挙の結果に影響を与えないように慎重な対応に終始する。その結果、為替相場も手掛かりなく小動きとなりやすい。ただ選挙終了後はそういった縛りから解放されることから、相場もそれまで溜まったエネルギーの放出にも後押しされ一方向に大きく動きやすい。
これまで見てきたように、「ミスター円」、榊原氏は、それまでからあたかも「豹変」したような円安けん制を、米大統領選挙結果判明後に行いましたが、実は榊原氏以外にもう一つ、大統領選挙後に「豹変」ととられるような発言がありました。発言主は、A.グリーンスパン氏。当時、米国の中央銀行であるFRB(米連邦準備制度理事会)の議長だった人物です。
グリーンスパン氏は、FRB議長を19年も務め、「マエストロ(巨匠)」と称されるほどの名FRB議長の1人であり、また数々の名言でも知られています。そのグリーンスパン議長の最も有名なセリフが飛び出したのも、実は米大統領選挙から間もないタイミングだったのです。
「irrational exuberance、この株高は根拠なき熱狂なのか」。グリーンスパン議長は、1996年12月、そんな言葉で株高をけん制しました。「ミスター円」の円安けん制、そしてFRB議長の株高けん制。それらが、ともに米大統領選挙の結果判明から間もなく出てきたことは、選挙への影響を考え控えていたことを、選挙終了で解禁したということではないでしょうか。
こういうことが、米大統領選挙前後では為替も、とくに米ドル/円は小動きから一転し一方向へ大きく動く相場に「豹変」しやすいというアノマリーとなったと考えています。
では、1996年11月の米大統領選挙後は、それまでの小動きから一転して為替は円高、株は下落へ向かったかといえば、逆でした。むしろ「ミスター円」、FRB議長といった為替と株のそれぞれの「スーパー・スター」のけん制発言を受けても、円高、株安は一時的なものにとどまりました。このことを受け、いよいよ一段の円安、株高の流れが始まったのです。それは、後から振り返ると、ITバブルとされる相場が始まっていたせいだったのでしょう。