UDフォントとは?

デジタルフォントメーカーのイワタは、1998~2005年にかけて新ゴシックファミリーを制作し、リリースした。それまで岩田母型製造所が有する金属活字書体のデジタルフォント化を手がけてきた同社にとって、初めての「自分たちで一から新書体を制作する」経験だった。

この経験を経て、イワタでは「自分たち独自の新しい書体を開発していこう」という機運が高まっていた。

そんななか、のちに大きく注目を集める書体が誕生する。「イワタUDフォント」シリーズだ。

近年、「UDフォント」という言葉を聞くことが増えている。「UDフォント」とは「ユニバーサルデザイン(Universal Design=UD)のコンセプトに基づいたフォント」のことだ。いろいろな解釈があるが、おおまかにいえば「ユニバーサルデザイン」とは、「年齢や性別などに関わらず、だれもが使いやすいデザイン」を指す。フォントに置き換えれば、「年齢や性別などに関わらず、だれもが読みやすい・見やすい文字」ということになる。そこには、老眼や白内障などのような高齢化に伴う視力の低下や、弱視や色盲、ディスクレシア(読み書き障害)といった、視力や言語活動にハンディキャップを抱えている人へのデザイン的な配慮も含まれる。

ただし、なにをもって「読みやすい」「見やすい」と感じるかは、用途や場面、条件などのなにを基準にするかによって異なる。そもそも「ユニバーサルデザインフォント=UDフォント」には、業界統一の明確な定義があるわけではない。フォントメーカー各社が、それぞれの観点から「読みやすさ・見やすさ」を考えてコンセプトを立て、開発しているのが現状だ。

いまのデジタルフォントでもっとも注目を集めている分野のひとつが、この「UDフォント」である。そして「日本語UDフォント」を最初につくったのがイワタだった。

きっかけはリモコンの文字

イワタがUDフォントの開発に着手したのは2004年(平成16)のこと。(*1)

開発のきっかけは、さらにその少し前にさかのぼる。

「松下電器グループ(現パナソニック)の方が、あるときイワタに相談に見えたんです。『家電製品の表示文字やリモコンの文字が潰れて見えづらいというお客さまからの声がある。もっと見やすくするには、どうしたらよいですか?』と。あらためてリモコンを見てみると、フトコロの締まった従来のゴシック体を使っておられた。だからリモコンで小さく使ったときに文字がつぶれて見えがちで、識別しづらくなっていました。そのことを伝え、『もっと文字を大きくつくるようにしたほうがよいのではないですか? たとえば〈日〉などの文字を見るとわかりますが、普通のゴシック体では文字の下部で縦線を横線よりものばし、“足”をつける。少しでも文字を大きくしたいのであれば、そうした“足”をとって、その分すこしでも字面いっぱいに設計し直せば、もう少し文字が明るくなるのではないでしょうか』と伝えました」(橋本和夫さん)

  • 普通のゴシック体では、赤丸部分のように、“足”がつく。これを、右のように取り、字面をその分すこしでも大きくすれば、文字が明るくなるというのが橋本さんの提案だった

    普通のゴシック体では、赤丸部分のように、“足”がつく。これを、右のように取り、字面をその分すこしでも大きくすれば、文字が明るくなるというのが橋本さんの提案だった

その場では、それで話が終わった。

しばらくして、パナソニックはイワタを再訪した。UDに配慮した書体の具体的な依頼だった。

「パナソニックさんは一度、社に持ち帰られた後、いろいろ検討なさったようなんです。フトコロの広いゴシック体は、フォントメーカー各社から出ています。それらの書体で比較テストをした結果、『イワタ新ゴシック』が読みやすいという結果になった。それで改めて、家電製品に使用する書体の制作依頼にこられました」

UDフォント 4つの観点

UDフォントの開発は、イワタとパナソニックの共同事業として行なわれた。まず「見えにくい」とはどういうことなのかの研究から始まった。老眼や白内障によってどのように見えにくくなるのか、その見えにくさを解消するにはどんな方法があるのかが調査・検討された。そうして、「ユニバーサルデザイン視点の書体」として4つの観点からUDフォントを開発することにした。

  1. 視認性:文字ひとつひとつの構成要素を視認しやすくする
  2. 判読性:誤読しにくく、ほかの文字との判別をわかりやすくする
  3. デザイン性:シンプルさと美しさ、整合性のある形を追求する
  4. 可読性:単語・文章にしたときの読みやすさを考慮する

具体的には、どのような部分に配慮してつくられたのだろうか。

「新ゴシックMをベースに『UDゴシック』開発しました。漢字についてはフトコロをできるだけ広くとり、縦線が文字の下部に飛び出す“足”をとって、できるかぎり字面いっぱいに文字を大きくしました。それによって、文字を組んだときのラインがそろい、並びがよくなった」

「たとえば『番組』という字では、『番』の下の『田』は縦線がわずかに下に飛び出しています。その分、文字全体が上がって、つくりが小さくなっている。この飛び出しを削除して、下のラインを『組』の字とそろえるわけです。修整した後の文字は、もしかすると『番』1文字で見るとかっこわるいかもしれない。でも『番組』という単語になると、並びがそろうし文字もつぶれにくくなる。そんなふうに、単語になったときの読みやすさを考えながら、下のラインを全部そろえて文字の形を整えたんですね。数字も、本来はグッとかっこよく締めるところを、つぶれないようにアキを広くとって明るくなるようにしました」

  • 上:イワタ新ゴシック体M
    下:イワタUDゴシックM

そしてもうひとつ、橋本さんが苦労し、こだわったのが「仮名の濁点・半濁点」の処理だった。

「濁点と半濁点、これが一番の問題でした。フォントでは濁点・半濁点も含めて字面の正方形の枠のなかに収めますが、フトコロの広い文字になるほど字面にスペースの余裕がなくなり、濁点を置く隙間がなくなってしまう。そうするともう邪魔者扱いで、文字にちょこちょこっとのせたり、横のほうに小さくつけるという処理になってしまいがちです。でもそうすると、文字を小さく表示したときに『フ』なのか『ブ』なのか、つぶれてしまって判別しづらくなる。そこで、濁点がつく部分の文字の角を斜めにすっぱり落とし、文字と濁点の隙間を十分にあけることで、濁点・半濁点を明瞭にし、視認性を高めることに成功したんです」

  • 上:イワタ新ゴシック体M、下:イワタUDゴシックM
    イワタUDゴシックでは、半濁点や濁点がつぶれないよう、文字の角を斜めに落とすなどして隙間を確保している。小さく表示してみると、その処理が効いていることがよくわかる

使いどころをふまえてこそのUD

イワタUDゴシックがつくられたのは、まだどこも「日本語UDフォント」を出していなかった時代だ。

「前例がないわけですから、初めて取り組むところは苦労しますね」

橋本さんは苦笑する。

一方で、文字の視認性、判読性を高めたことで生じる「読みにくさ」もある、と橋本さんは言う。

「フトコロをできる限り広くし、文字の大きさや並べたときのラインをそろえたのがUDフォントです。しかし日本語の文字は本来それぞれに固有の形をもち、大小のばらつきがあることで、長文を読みやすくしているもの。固有の形をなくすということは、『固有の形』と『自然な大小のばらつき』を抑えることになる。つまり、なんでもかんでもUDフォントで組めば読みやすい、ということではないんです。使いどころをふまえて用いてこそ、UDフォントのデザイン特性が活かされるのではないでしょうか」

  • 上:イワタUDゴシックM 表示用
    中:イワタUDゴシックM 本文用
    下:イワタゴシック体オールドD
    イワタUDゴシックは、“足”をとって字面をできる限り大きく明るくし、並べたときに文字のラインがきれいにそろうのが特長。そのために、文字の大小のばらつきは極力抑えたデザイン。「本文用」は「表示用」に比べ、仮名や欧文が小さくデザインされているが、文字の大小のばらつきはやはり抑ええられている。一方、金属活字書体「岩田呉竹体」のデザインを引き継ぐイワタゴシック体オールドの仮名は、文字固有の形や大小のばらつきを活かしてつくられている

イワタUDゴシックは2006年6月に最初のウエイトMが発表されて以降、2007年までにL、R、B、E、Hまでのファミリーが完成。2009年には本文組版用として、Rより黒みを増したRAを開発した。また、最初に開発された「表示用」に加え、テキストを組んだときに読みやすいよう仮名を小さめにつくった「本文用」も後に開発された。

  • イワタUDゴシックファミリー 表示用

また、2006年8月から2009年10月にかけては、UD丸ゴシック体の開発も併せて行なわれた。イワタ丸ゴシックをベースにしつつ、字体はUDゴシックに合わせた。

「丸ゴシックにはもともと縦線が下にはみ出す“足”がないので、UDフォントのデザインコンセプトに合いやすいんです」

それでも「夕」「久」「魚」のように飛び出しや筆押さえのある文字は調整し、判別性の向上をはかった。広いフトコロを確保し、濁点の視認性を高める処理をした。拗促音と親文字の見分けもつきやすいようにした。ウエイトMから制作を始め、M→R、R→Lと細いウエイトを、M→Bと太いウエイトをつくった。Eに関しては、UDゴシックEの画線の角を丸くして制作された。

  • イワタUD丸ゴシックファミリー

こうして発売された「ユニバーサルデザイン視点の新しいフォント」は、開発時に想定していた家電製品のみならず、新聞や帳票、画面表示、パッケージ印刷など、さまざまな分野で使用されるようになっていった。

(つづく)

*1:DTPWORLD編集部「イワタUDフォントの挑戦」『文字は語る デザインの前に耳を傾けるべき』(ワークスコーポレーション、2008)P.92

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。次回は6月30日AM10時に掲載予定です。