父親が働く上でのつらさとは?

男性学の第一人者・武蔵大学の田中俊之助教が共働きで子育てをしている父親が抱える「つらさ」について分析し提言する本連載。2回目は、子育てをしながら「働く」ことのつらさについて考えます。

男女の賃金格差が男性のつらさをうんでいる

市民講座やインタビューなどで育児に熱心な男性から話を聞くと、「出世は諦める」という人が多い印象を受けます。全ての企業でそうとはいえませんが、「育児をしながらキャリアを積んでいく」というモデルケースをみつけるのは難しいのが現状です。

どうしてこうなってしまうのか。それは日本企業における出世レースの期間が長いからではないかと僕は考えています。「早い選抜」で知られる欧米の企業では、出世コースに乗せる人を約10年で選抜すると言われています。しかし日本は「遅い選抜」と言われていて、約20年かかる。そうすると、子育てが忙しい20代後半から30代半ばは、出世レースの真っ最中なのです。育児と仕事の正念場が重なっているのですね。

さらにその状況を前にしたとき、生活を考えれば「賃金が高いほうを出世コースにのせたい」となりますよね。男性と女性を比べると、現状、相対的に女性の方が賃金が低いので、結果として多くの家庭で女性がキャリアを諦めるという選択をしがちです。これはキャリアを諦めなければならない女性にとっても、定年まで働き続けるしかなくなる男性にとってもつらいことです。収入の入り口が1つしかないのは怖いですし、「自分が稼がなければ家族の生活が成り立たない」というプレッシャーもかかってきます。

今の日本では「男性が最低限1日8時間、週40時間、40年間働くのは当たり前」と思われているので、会社も社会もそれを期待しています。ですから、男性が時短勤務をしたり、週4日勤務にしたりするのもつらいのです。まず本人が言い出せませんし、女性にも「男性には一生懸命働いてほしい」と期待している部分があります。

これも男女の賃金格差があるからです。「夫の稼ぎが少なくなる」とか「仕事へのモチベーションが低いかも」と思ったとき、暮らしむきに大きく関わるわけですから、女性の側から拒否反応が出るのは仕方がないですよね。男性と女性の待遇が均等にならない限り、この問題は解決されません。

社会が変わらなければ、格差のシャッフルが起きるだけ

職場で男性と女性の地位が対等になれば、結婚や出産で退職しないからと重用されてきた男性正社員の立場が危うくなります。ポストが増えない状態で、競争に加わる人が増えるので、「自分はこのくらいの地位にいることができたはず」という期待が裏切られることも増えるでしょう。ここで考えなければならないのは、現在のように正社員と非正社員の待遇に大きな差がある社会では、男女がフラットに評価されるようになっても、生活が苦しくなる人の数自体は変わらないということです。

父親について語るとき、「うちはこうだった」とか「家族はこうあるべき」という個人的な印象についての議論になってしまいがちなのは非常に残念なことで、社会の仕組みの話にいかないと、問題は解決されません。懸命に働いているのに生活保護以下の賃金しか得られない人がいるのは、個人ではなく明らかに社会の構造的な問題です。男女の賃金格差を解消し、働いていれば最低限の暮らしができる社会をつくる責任が国や企業にはあります。

※写真はイメージで本文とは関係ありません

著者プロフィール

田中俊之
武蔵大学社会学部助教。社会学・男性学を主な研究分野とし、男性がゆえの生きづらさについてメディア等で発信している。自身も0歳児の子どもを持つ育児中のパパ。単著に『男性学の新展』『男がつらいよ』『男が働かない、いいじゃないか! 』などがある。