「ファッション」と「テクノロジー」から成る造語であり、IT技術を活用してファッションの新しい価値を創出する「ファッションテック」。日々衣服を着て生活する私たちにとって、これからより身近なものになっていくかもしれない。
本稿では、ZOZO NEXTで「Fashion Tech News」を運営し、東京大学でファッションに関する研究を行う藤嶋陽子氏に、「ファッションテック」の可能性を聞いていく。
最終回の第5回では、バーチャルファッションの可能性について紹介する。
コロナ禍において大ブームとなった「あつまれ どうぶつの森」。外出自粛生活が続くなかでも、ゲームの世界で友達とコミュニケーションを取り、イベントを楽しめるという体験は、バーチャル空間にもうひとつの生活圏をつくるという未来にリアリティを与えたのではないでしょうか。そしてアバターのファッションの着せ替えを楽しむユーザーの盛り上がりを受けて、様々なブランドが参入し、ゲーム内で服のデータを公開しました。
これはファッションにとっては、バーチャルな衣服という新たなマーケットの可能性でもあります。また、ファッションを伝える場の広がり、新しいファッションメディアの登場とも言えるかもしれません。今までファッションテックの潮流について紹介してきた本連載、最終回は注目のバーチャルファッションの潮流について紹介していきます。
3DCGの導入の広まり
このようなバーチャルファッションの広がりの背景のひとつには、衣服の生産プロセスのデジタル化があります。ファッション産業では現在、CLO3Dをはじめとするアパレル向けの3DCADの導入が進んでいます。そして、こういった3DCGは実物サンプルの代替として用いるだけではなく、別の用途への展開も可能です。
そのひとつの方向性が、ECやSNSに展開する画像としての活用です。実物の生産に至る前に消費者の反応を確認したり、EC上で予約販売を受け付けたりすることで、余剰在庫の削減にも繋がります。特にECでの販売やSNSでのソーシャルコマースの比重が高まる中で、3DCGの活用シーンも一層増えていくと考えられます。
フィジカルな衣服をめぐる課題のなかで
このような既存の衣服の生産、流通プロセスの効率化のために3Dモデリングを活用していこうという方向性の他にも、フィジカルな衣服の生産、消費をめぐる課題を乗り越えるためのアプローチとしても用いられようとしています。
そのひとつの事例が、北欧のファッションEC「Carlings」が2018年11月に発表した、世界初の完全デジタルのコレクション「Neo-EX」です。これはユーザーが自分の写真を送ると、実際に服を着ているように合成した画像を作成して貰えるというもので、価格は1画像生成につき10~30ユーロ(日本円で約1,200円〜3,700円)でした。 そして、このプロジェクトはファッション業界の大量生産や過度な消費に対する問題提起でもあり、SNSの投稿のために一度しか着ない服があるなら、バーチャルな服で代替することで環境負荷が下げられるのではないかという試みでした。なので、このプロジェクトの利益はすべて、水と衛生専門の国際NGOであるWaterAidに寄付されました。
自由な自己表現への期待
また、このように現実の自分自身の姿にバーチャルな衣服を着せるものだけではなく、バーチャルな空間で自分のアバターをつくり、好きな衣服を纏うというような楽しみ方も始まっています。
日本のファッションブランドであるchlomaは、実物の衣服としての展開に加え、アバター用のバーチャルな衣服の提供も始めています。そして、VRプラットフォームである「VRChat」のなかに店舗をつくりだしました。
写実的なアバターから3頭身のようなアバターまで、バーチャル空間では自分の現実の体型や性別にとらわれず、コミュニケーションを楽しむことができます。こういったバーチャルな空間が現実のコミュニケーションのすべてを代替するということではありませんが、メタバースへの投資も加速するなかで、私たちの生活におけるバーチャルプラットフォームの重要性は今後、さらに高まっていくとも考えられます。そういった背景も後押しし、バーチャルな衣服の消費や着用にも一層、注目が集まることでしょう。
実生活への普及の兆し
ここまで紹介してきたようなSNSの中で、またバーチャルなプラットフォームの中での実践は、まだまだ自分の生活とは遠い世界のこと、特別な興味を持つ人だけのものと感じている人もいるかもしれません。とはいえゲームの中でのコミュニケーションが当たり前のものとなり、またECでのお買い物も生活の中に定着していたりと、バーチャルファッションを受容する土台はすでに私たちの生活のなかに出来ています。こういった場所に新たなサービスとして埋め込まれ、徐々に身近なものへとなっていくのかもしれません。
自分自身のアバターというと3Dスキャンが必要であったり、特殊なソフトウェアで作成することが必要であったりと特別な機械や手間がかかるため、広く普及するにはまだまだ時間がかかるかもしれません。一方で、すでに海外では自分自身に雰囲気や体型の似ているモデルでバーチャルフィッティングを楽しめるようなサービスの提供が始まっています。 また、現在はバーチャルインフルエンサー、バーチャルモデルなども多様な企業で作られており、身近な存在になりつつあります。こういった開発を契機に、私たちの生活の中にもメタバースやアバターといったバーチャルな存在が段階的に広まっていくことでしょう。
ここまで5回の連載を通じて、ファッション領域に起きている様々なテクノロジーの活用事例を紹介してきました。ファッションという私たちの日常にあるものだからこそ、テクノロジーの可能性をより楽しく、より受け止めやすいものにしてくれるのではないでしょうか。
これからも、ファッションテックという分野はさらに進化していくことが期待できます。ぜひ、注目してみてもらえたら嬉しいです。