「ファッション」と「テクノロジー」から成る造語であり、IT技術を活用してファッションの新しい価値を創出する「ファッションテック」。日々衣服を着て生活する私たちにとって、これからより身近なものになっていくかもしれない。

本稿では、ZOZOテクノロジーズで「Fashion Tech News」を運営し、東京大学でファッションに関する研究を行う藤嶋陽子氏に、「ファッションテック」の可能性を聞いていく。

第3回では、生活に広まる新しいファッションアイテムとして、ウェアラブルデバイスについて紹介する。

衣服やアクセサリーは何のために身につけるのでしょうか? 見た目をいい感じにするため、外界の環境から身体を守るためといったことが考えられますね。しかしながら今日、服飾品はそれ以上の役割を獲得しようとしています。身体は自分自身でも不調の兆候や原因はわかりにくい不思議なものですが、そんな身体の最もそばに位置する衣服やアクセサリーで身体の状態をモニタリングできたら、もっと身体のことを理解できるようになるかもしれません。

「ファッションテック」の潮流を紹介する本連載、今回は服飾品の機能をアップデートするウェアラブルデバイスの現時点について紹介していきます。

普及する「身につける」コンピュータ

ウェアラブルデバイスというのは身体に装着できるコンピュータのことで、衣服やアクセサリーなどの形状をしたものを指します。最も馴染みのあるアイテムだとスマートウォッチがあげられ、MMD研究所が2021年に行った調査によると、スマートフォンの所有者のうち38%がスマートウォッチを使用しているという結果がでており、普及が進んでいることがわかります。私たちは常にスマートフォンを持ち運ぶ生活をしていますが、スマートウォッチのように手を塞がず持ち運べて、スマートフォンを操作できることは非常に便利です。また心拍数、血圧といったように、装身具だからこそ測定可能なデータもあり、健康管理に役立てている人も多いことでしょう。

一方で、こういったファッションアイテムの形だからこその難しさもあります。私たちは毎日、コーディネートに合わせて衣服やアクセサリーを選びますが、それがデバイスとなる場合には取り替えることが難しいですよね。時計や指輪、眼鏡のように毎日同じものを身につけることも多いアイテムであれば、日常的に取り入れやすいかもしれませんが、夜眠る時にも装着することには抵抗感のある人もいるかと思います。もともとの衣服やアクセサリーの使い方によって、こういったアイテムの導入しやすさもユーザーごとに異なるわけです。

こういったウェアラブルデバイスの展開では、ユーザーがずっと身に付けていたくなるような機能や、コーディネートに取り入れやすいシンプルなデザインにするというアプローチもありますが、全ての時間帯をマルチにカバーするより、シチュエーションに合った形で自然に導入することを目指す方向性もあるでしょう。使用シーンや、そのアイテムにもともと求められている機能に馴染むように設計することで、衣服という身近な形をとる利点が発揮されると期待できます。

生活に自然に溶け込むように

では、生活のなかに溶け込むことが意識されたプロダクトの一例をあげてみましょう。Xenomaというスマートアパレルを展開する企業が開発した「デジタルヘルスケアパジャマ」は、ファッションブランド「アーバンリサーチ」とコラボレーションしたデザイン性にも優れたパジャマです。これを着用して眠ると、睡眠時の身体の状態の変化を記録してくれます。それをもとに、アプリで睡眠改善のためのアドバイスを受けられたり、スマートリモコンと連携させることで、温度変化に合わせてエアコンの設定温度を調整してくれるというものです。

睡眠のモニタリング自体はスマートウォッチでも搭載しているものがありますが、睡眠時に手首に時計をしたまま眠ることに違和感がある人もいますよね。デバイスであることを意識せずに導入できる、というのは服という柔らかで日常的に身に纏うものだからこそ実現できることでしょう。劇的に衣服の形や役割を変えるのではなく、いつも使うものの延長線上で生活をより快適なものへと導く。これはスマートウォッチやスマートスピーカーのように日常の「当たり前」のアイテムになっていくために、とても重要な要素でしょう。

専門的な機能でユーザーをサポートする

一方で、日常的に使用するアイテムでは、スマートアパレルのようなウェアラブル端末に置き換えることに積極的な理由を持てない人もいるかもしれません。では、より特定のオケージョンで、特定の悩みに応えるアイテムだったらどうでしょうか?

アシックスとno new folk studioによる共同研究によって開発された「EVORIDE ORPHE」は、独自のセンシング技術によって「履いて、走る」だけでランニング中の足の動きのデータを収集、解析し、動きの評価やトレーニング方法のフィードバックを与えてくれるというアイテムです。ランニングは気軽にできる運動習慣ではありますが、誰でも気軽に始められる分だけ、間違ったフォームによって身体を痛める懸念もあります。この靴をランニングに導入することで、パーソナルトレーニングのようにアドバイスをもらえる、実に画期的なアイテムです。こういった専門性に特化したプロダクトが、暮らしのなかにスマートアパレルを取り入れるきっかけになるかもしれませんね。

私たちの生活のなかでも、どんどんとスマート家電が増えていますね。そんななかでも、ウェアラブルデバイスの場合は頻繁に洗い、頻繁に取り替えるというファッションアイテムならではの難しさもあります。しかし、それだけ生活のなかで自然に使えるものでもあるでしょう。こういった衣服の新しい機能が、少しずつ「当たり前」のものになっていき、衣服の選び方や手入れの仕方といった習慣にも変化をもたらすかもしれません。

次回は、衣服生産のプロセスが抱える課題に挑む「ファッションテック」について、紹介していきます。