ロシアへのゲートで花咲ガニを食す

根室という街に、日本人はどういうイメージを持っているだろう。「とにかく寒いんじゃないの」「魚やカニはうまそうだけど、寂れてそうだよね」「釧路の隣?」「最果て?」……まあそんなところだろうか。

根室は、たしかに寒いし、海産物がうまいし、正直、いまは寂れているといえるかもしれない。そしてもちろん、最果てだ(釧路のすぐ隣かというとそれはあくまでイメージの問題で、距離はけっこうあるわけだが)。

日本のいわゆる地方都市が抱える問題……人口流出、産業衰退といった問題を、根室だってやっぱり抱えている。それに加えて昨今のエネルギー高騰は、夏でも暖房が必要になることがある漁業の街を直撃している。漁船の燃料はもちろん、家で燃やす灯油代も高い。まさに踏んだり蹴ったりであると、ごく最近の北海道新聞も報じていた。

しかしかつて……明治が始まった頃だが、根室は北海道の東部を代表する都市であった。「根室県」が置かれたこともある(三県一局時代)。水産基地として発展し、繁栄を見せた。同時に、根室は古くから、日本とロシアを結ぶゲートシティでもあった。帝政ロシアがエカチェリーナ2世の時代(1762年~1796年)、アリューシャン列島に漂着した大黒屋光太夫を日本へ送り届けるとともに、通商路を切り開く目的も兼ねてラクスマンが来航したのも、この根室である。

根室の街で端っこ感を漂わせているものの代表といったら、まずはやはり港。ここから出て行く船たちがすぐに"国境"を越えると考えると、やはり日本の端である。海上保安庁の船も停泊する

前回書いたように、別海町を南下して納沙布岬に到達したのはもう夕方近い時間帯の話。岬近辺でしばしたむろしたあと、その晩は根室の街で「お宿エクハシ」に泊まった。料理自慢といううわさを聞きつけて選んだ宿で、まだ納沙布に滞在しているうちから、晩飯が待ち遠しくて仕方なかった。

夕刻、宿に到着するなり「今日はいいカニが入ってますよ~」と宿の人。根室でカニといえば、タラバもあるけどやはりハナサキである。花咲ガニを食べられるというだけでも感動すべきことなのに、料理自慢の宿の人が「いいカニ」というほどのモノ、はたしていったいどんなヤツだろうと期待はさらに高まる。

今回、根室で宿泊した「お宿エクハシ」。この宿には本館と別館があり、本館を「ねむろエクハシの宿」、別館が「お宿エクハシ」という。別館は旬の料理と昆布風呂が自慢

部屋に入り、酒屋で買った北海道限定のサッポロクラシックでひと休息とったあと、食堂で夕飯。テーブルの上には、いたいた巨大な花咲ガニが。グラム数は聞かなかったので重さはわからないけれど、足を開いたサイズは野球のグラブよりもさらに一回り大きい感じ(ちなみに、2人分)。けっこう圧倒された。

つい最近、7月の半ばに「根室で花咲ガニ漁解禁」のニュースを見た記憶がある方もいることだろう。花咲ガニは個体数が減少しており、地元漁協では自主的に7~9月頃のみを漁期と定め、漁獲制限を実施している(このため花咲ガニの旬は通常、夏から秋といわれる)。しかしながら、この漁獲制限はあくまで「根室(半島沿岸海域)で」という話。他海域およびロシアの船は、それ以外の時期も花咲ガニを獲っている。実際、水産関係者の話では、根室半島漁期以外の時期の花咲ガニは「浜中・釧路・白糠・襟裳など他海域のものがいちばん多く、次いでロシア物」ということらしい。

宿の主人でありシェフでもある板屋大介さんに、その辺りも含め花咲ガニの旬を尋ねてみた。板屋さん曰く、「よく8月から10月ぐらいまでが旬といわれますけどね、個人的には1月から2月辺りがいちばんうまいと思いますよ」とのこと。「夏から秋ももちろんいいですけど、高いですしね」。1月から2月といえばいうまでもなく北海道は厳寒期真っ只中だけれど、板屋さんの言う「いちばんうまい」花咲ガニを食してみたいならば、その時期に一度訪れてみてはいかがだろう。そういう僕も、来年の初め辺りにぜひ再訪をともくろんでいる。

花咲ガニである。その味を評してよく「濃厚」といわれるが、まさにそのとおり。写真のこれは2人分だが、圧倒される大きさだった

根室といえば、やはり海産物。「お宿エクハシ」でもカニだけでなくさまざまな旬の海産物を楽しめる。カキというと厚岸がよく知られるが、もちろん根室産もうまい

ところで、宿の名に付いている"エクハシ"とは? 「四島の頭文字ですよ。エトロフ、クナシリ、ハボマイ、シコタンです」。板屋さんのお父上は国後島出身で、かつて根室市役所の北方領土対策室でお仕事をされていた。そういった経緯もあって"エクハシ"という言葉を宿の名に用いたとのことだ。

「オランダ煎餅」は根室名物のお菓子で、しなっとやわらかく、通常版はワッフルとよく似たベージュ色をしている。写真はオリジナルの数量限定「生チョコ」版

旧島民の親族ということで、板屋さん自身もいわゆる「ビザなし交流*」に参加する資格がある。実際、チャンスはあったそうだが、これまでのところタイミングが合わず、なかなか参加できないとのこと。「もちろん行きたいですよ。もう少し(宿が)ヒマな時期に(ビザなし交流を)やってくれるといいんですけどねぇ」と板屋さん。国後については、その手つかずの自然に対しても深い興味を抱いているそうだ。


*ビザなし交流……北方四島に居住するロシア人と日本人が相互理解を深めるため、パスポートやビザ(査証)なしで行っている交流のこと。日本から四島へは、元島民や北方領土返還運動関係者、報道関係者、学術・文化など該当分野の専門家らのみに参加資格がある

日本で唯一(?)の"国境都市"

根室で出会ったある地元の方は「根室は、日本で唯一"国境"を実感できる街なんですよ」と話していた。たしかに根室は"国境都市"である。現状として私たち日本国民は北方四島へ気軽に渡ることはできない。いかんともしがたい"国境"は現実に存在している。日本漁船はそのラインを越えたとして拿捕され、銃撃を受けることがある。反対にロシア人が夜ひそかに根室半島へ上陸し、買い物をして帰るなんて事件も起きている。海産物に関しても、ロシアとの間で、なかなか公にはできないような取引が実際にあるそうだ。

それはそれでいろいろ問題はあるのだろうが、根室の経済はロシア抜きには語れないし、その反対もおそらくそうである。カニだってサカナだって、岬の先のちょっと向こうの線を越えればロシアの船が獲るわけだ。それらの漁獲は(花咲港など周辺漁港も含めた広い意味での)根室に流れ込んでくる。当然、魚だけでなくロシアの人間もやってくるわけで、ロシア語の看板も目立つ。交差点の標識にもロシア語が付されている。良くも悪くも、明治以来の"国境"のダイナミズムを実感できる街、それが根室である。

根室の街にはロシア語の表記が目立ち、ロシアとの"距離"と経済関係を実感させる。交差点の地名表示にもこのようにキリル文字が

前出の地元の方はこうも言う。「根室の人間、とくに漁業者にとっては、(政府方針のように)四島一括返還されればそれはもちろん言うことないですが、現実的には(歯舞、色丹の)二島だけでも先に返還してほしいというのが素直な気持ちですね。それだけでも、漁業のエリアは現在よりグンと広がるんです」。それはおそらく"素直な気持ち"などというおとなしいものではなくて、きっと叫びにも近い切実な思いなのだろう。

「北海道立北方四島交流センター」。愛称は「ニ・ホ・ロ」で、"日本(ニ)とロシア(ロ)をつなぐ北海道(ホ)"を意味している。北方四島に関する資料展示のほか、四島の映像を見られるシアターも用意されている

左はニ・ホ・ロ内に掲示された北方四島の地図。根室の位置関係がよくわかる。ロシアの調度品などを展示するロシア文化ルームもあり、チェアーに座っての記念撮影も可能(右)

日本最東端&有人最東端の駅を訪れる

端っこといえば、日本の鉄道で最東端の駅もここ根室にある。JR根室本線終点の根室駅……かと思いきや、実は違って、ひとつ手前の東根室駅が最東端の駅となっている。住宅地のすぐ裏手にあるため最果ての駅というイメージは正直あまりないけれど、無人駅の駅前にも、ホームにも「日本最東端の駅」の碑が立っている。

日本最東端の駅、東根室。JR根室本線終点・根室駅のひとつ手前にある無人駅で、ダイレクトにホームへ上がれる。位置は東経145度36分05秒

こちらは東根室駅のホーム写真。ご覧のように板張りのホームが一面あるだけである。写真の方向は終点の根室駅。周囲はやや寂しげな住宅地が広がる

ちなみに根室駅のほうは、根室市の中心駅でもあるし、当然ながら立派な駅舎があってちゃんと駅員さんもいる。日本最東端駅の栄誉は東根室に譲るが、こちらは「日本最東端の有人駅」。やはりいろんなアスタリスクを見つけては端っこをしっかり主張するのが人間の(あるいは日本人の)サガというわけで。でもそれが楽しいし、ワクワクする。

根室本線終点の根室駅。終点ではあるが、東根室駅から線路がクイッと西に曲がるため最東端駅ではない。ただし「有人駅として最東端」であることはしっかり主張している

根室駅近くの売店で山積みになっていた「花咲がにラーメン」。パッケージには"北海道根室産 根室商工会議所青年部推奨"の文字が。味は……まあ、海の香りはする

北海道のコンビニというとセイコーマートが有名だが、根室には根室ローカルのコンビニ「タイエー」もある。弁当、お菓子など根室の味が売られているので要注目

根室半島には根室港以外にも花咲、歯舞、珸瑶瑁、温根元など数多くの漁港があり、漁港巡りもおもしろい。写真は野鳥の楽園として知られる春国岱近くの漁港にて

根室郊外にある風連湖と、そこに面した道の駅「スワン44ねむろ」。白鳥も根室の名物だ。ほかに根室といえば酪農王国という側面もあり、郊外へ少し走ればサイロが建つのどかな光景に出会える

次回は、出島と龍馬で近代を開いた長崎、をお送りします。