「今年の流氷は最近では珍しく多い」と、地元の人や観光関係者は口をそろえて言う。近年、やはり地球温暖化の影響だろうか、流氷も減る傾向にあった。それが2008年の場合、流氷はオホーツクから根室半島を回り込んで太平洋側に入り、3月6日、5年ぶりに釧路から肉眼で観測できるところまで到達した。気象台によれば、やはり今年は昨年までに比べ流氷の量が多いのだそうだ。釧路で「流氷初日」が観測されたのは、今回僕がウトロへ入る2日前のこと。当然、流氷の本場(?)知床は、水平線まで一面真っ白の流氷原と化していた。
流氷というのはこの時期のオホーツク沿岸でいつでも見られるというものではなくて、たとえ接岸していても、ちょっとした風向きの変化ですぐに離岸してしまう。南風が吹けば、昨日まで海を埋め尽くしていたあの大量の氷が一晩で沖合いに遠ざかってしまうこともあるというのだから、自然のメカニズムは凄まじい。何度足を運んでも接岸している流氷を見られない人がいるそうだが、僕は幸運なことに、過去3度も今回も無事に楽しむことができた。
ちなみに知床の流氷は、ロシア・中国国境のアムール川(黒竜江)からはるばる旅をしてやってくるものに加え、知床近海で作られるものもある。
オーロラを慕って光のページェント
フレペの滝までのスノーシューウォークから宿に戻り、知床の地ビール「流氷DRAFT」でしばし休息したのち、ウトロの港へ流氷原に沈む夕陽を見に出かけた。港近くにある巨大なオロンコ岩の辺りは、夕陽を見るのにちょうどよいポイントである。この日は土曜日だった関係もあるのか、10人以上の人たちが息を呑んで荘厳な日没の光景を見守っていた。
(左)ウトロの港にある、通称"ゴジラ岩"。見てのとおりゴジラにそっくりな形をしている。このときは夕陽に映え、遠い故郷(どこ?)に想いを馳せているような姿が印象的(上)日没直前のウトロ港から見た知床連山。白い衣が朱に染まり、言葉を失うほどに美しい光景だった |
日没観賞後、夕食を済ませ、またもや港へ。この時期、夜には「オーロラファンタジー」なるイベントが開催されている。1958年、知床の夜空にオーロラが現れた。そのときの感動の記憶を再現したいという想いで誕生したイベントである。
夕陽を見たオロンコ岩のふもとに、氷を固めて段差を作った特設会場が設けられている。オープニングとして「知床流氷太鼓」が催されたあと、光のショーがスタート。要はレーザー光線をオーロラのように夜空へ投射するものだが、まあたしかにこれはこれできれいなものだ。その向こう、暗い夜空に星々も美しく輝いている。
普通であれば流氷の季節の夜など寒くて寒くて仕方ないもの。しかし前回書いたようにこの日は昼から暖かく、夜になってもマイナス1~2度程度までしか下がらなかったので、見ているぶんにも楽だったのがありがたい。
流氷の上を歩き、下へ潜る
翌日早朝から流氷ウォークに参加した。前日のスノーシューウォークと同じく、NPO「知床ナチュラリスト協会」(通称「SHINRA」)が主催するツアーである。流氷ウォークは名前のとおり流氷の上を歩く。希望者は流氷の海に浮かぶこともできるのだ。
流氷の海なんて泳げるの?と思われるかもしれない。いかにも凍えそうなイメージだけれど、保温性があり水も入ってこないドライスーツをしっかりと着込むから大丈夫(もちろん着ずに流氷の海へ入ったら一大事だが)。それに加えて、前日に続きこの日も気温はかなり高めだった。なにせ昼頃にはプラス10度前後まで上がったのだから。
今日のガイドは、アイヌ民族の血を引く早坂雅賀さん。彼の指導のもと、まず陸上でドライスーツを着込み、手袋をはめて、僕を含めた参加者8名は流氷原の上へいざ踏み出した。 スノーシューウォークをガイドしてくれた安井さんも言っていたが、早坂さんも「最近は、昔のように大きな流氷が接岸しなくなりまして」とさみしげに語った。「耳をすましてください。……音が何も聞こえないでしょう? 以前なら、巨大な流氷が押し寄せて、ギシギシギシギシときしむ音がしたものです。それが今では」
……たしかに何も聞こえない。僕の記憶でも、以前はいわゆる"流氷の音"がしたものだ。その音がなくなり、とはいえ海自体は一面の流氷に覆われているから波音もない。音がまったく聞こえない海というのは、そこが海であると考えればなおさら、不気味なものである。 流氷が薄くなっているポイントに到着すると、早坂さんは近くにある氷の塊を持ち上げて、そこをコツン、コツンと叩き始めた。ここに穴を開け、流氷の海に浮かぼうというわけである。
海の上。つまりこの氷の下は真冬の冷たいオホーツクなのである。「時々割れることがあるので注意してくださいね」と早坂さん。もちろんこういうところは非常に危険なので、ガイドなしで歩いてはいけない |
流氷が薄いところを早坂さんが氷の塊で一所懸命に割る。しばらく叩き続けて綻びができたら、あとはカカト落としで一気にバリッと |
しばらく叩き始めてようやく小さな穴が開き、あとは長靴の底でガツンガツン。やがてそれなりに大きな穴となったが、どうもここは氷がやや厚かったらしく、人が浮かべるほどの穴をつくるのは大変だった。「別のところにしましょう」と早坂さん。ちょっと歩いて、すでに海面が露出しているところを見つけた。
さっそく早坂さんが自ら浮かんでみせた。入り方は、海面に対して後ろ向きになって氷のふちを両手でつかみ、足を海へ突っ込む。突っ込んだら手でつかんでいる流氷のすぐ下につま先を近づける感じで足を持ち上げ、頭のほうを下げていってあおむけに浮かぶ。よって、入る際は流氷の下に潜っていくような感覚だ。
海に浮かぶのはもちろん強制ではなく希望者のみだが、みんな興味津々。おそるおそる、参加者一人ひとり順繰り浮かんでいった。最初はためらっていた女性も、そのうち笑顔で楽しんでいた。
流氷の海へ実際に浮かぶ感覚は? 説明されたとおりにすれば難しいことはないし、まあ、気持ちいい。ドライスーツを着ているとはいえ寒いのではと懸念もあったが、数分ならそんなこともなかった。ただ、それ以上となると、ややヒンヤリと感じてはくる。手袋はウェットなので、ちょっと冷たい。
ところで、流氷の海といえばやっぱりクリオネ。参加者のひとりが「クリオネはいないんですか?」と早坂さんに尋ねる。「いますよ。この下にもいるはずです」と早坂さんは海をのぞき込んだ。「ほら、いました。あそこに」。その言葉に参加者全員、穴のふちに寝そべってのぞき込む。いた、いた、ちろちろっとちっこいのが。
大陸から毎年、流氷という貴重な訪問者がやってくる日本の端・知床。水平線まで、いやその先の人為的な国境を越え、はるか向こうまで、流氷原はひたすら続いている。その自然の迫力には、何度見ても圧倒される。しかし昨今の地球温暖化問題もあって、かつてのように巨大な流氷がやってこないばかりか、このままいけばいずれ知床に流氷自体が訪れなくなる可能性もある。そんな日の到来を、想像したくはないところだ。
港にある氷の山。何かと思えば、流氷の中でその名も「流氷囲い」というお酒を貯蔵しているそうだ。もちろん呑みましたとも。近くには「知床旅情」の碑も立っている。ちなみにウトロからクナシリは見えないのだが…… |
動物の宝庫・知床では動物の飛び出しも多い。歩いているとキタキツネやエゾシカをよく見かけるし、春になるとヒグマも出てくる。道端の雪の上を見れば、このようにキタキツネの足跡が当たり前のように |
こちらは動物……ではなく、ウトロの入り口に位置するチャシコツ崎、通称"カメ岩"。ほんとカメにそっくりでファニー |
海の本物のクリオネは撮影できなかったので、かわりに(?)「流氷王国クリオネグミ」の写真でも。右は本文でも登場した「流氷DRAFT」(網走ビール製造)。"オホーツクの空・海・流氷をイメージ"し、天然色素スピルリナで色づけしたそうだ |
次回は知床・羅臼(ラウス)編、遥かクナシリに……をお届けします。