前回書いたように、波照間島は「有人島として日本最南端」、すなわち日本最南端*(アスタリスク)の島である。そして、波照間島と聞いて多くの人が思い浮かべることが「日本最南端」以外にもう1つある。そう、「南十字星」。日本でもっとも南にある有人島・波照間島は、言い換えれば日本でもっとも南十字星=サザンクロスの観測に適した島であるということだ。
南十字星にいちばん近い島
ご存じのとおり、南十字星(星座名でいうと「みなみじゅうじ座」)は南天の星座である。南半球では常に見えているけれど、北半球は見えない場所が多い。日本では北限が与論島あたりといわれるが(このため与論にはサザンクロスセンターという建物が建っている)、当然、南に行けば行くほどよく見える。
とはいえ、日本最南端の波照間島でさえ、実は"よく見える"とまでは言いづらい。なぜかというと、南十字星の十字でいちばん南(水平線側)に位置するα星の南中高度(水平線からの高さ)は、波照間でもわずかに3度。つまり、いちばん高いときでも水平線からさほど離れないということだ。水平線近くは雲が出やすいし、透明度も低く空がもやっとしているから、残念ながら「波照間へ行けば南十字星を高確率で見られる」というものでもない。
シーズンの問題もある。波照間で南十字星を観測できるのは、12月から6月にかけて。ただし12月から3月は雲が多く、5月半ば以降は梅雨に入る。それに加えて12月は南十字星の南中時刻が遅すぎ(午前7~6時台)、6月では早すぎる(午後8~7時台)。こういった事情を考えると、4月を中心とした1カ月強がいちばん見やすいということになる。しかもその時期でさえ一晩中晴れていることはあまり多くないから、訪問日数が短いとなれば南十字星を見られるかどうかは運次第というわけだ。
それでも他の日本の土地からすれば観測条件がいいことは明らか。僕が波照間を最初に訪れたのは4月で、このときは無事、南十字星を拝むことができた。ただ、今回訪問した本年1月の中旬は、残念ながら見られなかった。
こちらは交番の壁に描かれた日本地図。波照間島が赤く塗られているが、沖ノ鳥島の存在は(たぶん)無視されている。ともあれ波照間島はこれほどの南方に位置しているから、南十字星の姿を拝むことができるというわけだ |
日本最南端*の海岸へ
本来のテーマである最南端の話に戻そう。波照間島へのアクセスルートは2つ。ともに石垣島から、船、あるいは飛行機である。飛行機は現在、エアードルフィンという航空会社が石垣空港から小さなセスナを週に4日ほど、午前1便・午後1便の不定期便で飛ばしているようだ。石垣 - 波照間はそれほど遠くないので、飛んでしまえば25分程度。しかし船に比べると、やはり料金が高い(片道8,500円)。
というわけで、波照間島へ渡る王道のルートとなるとやはり船。前回紹介した石垣港の離島ターミナル(離島桟橋)から、高速船とフェリーが出ている。高速船は波照間海運と安栄観光の2社が1日に往復数便ずつを運航し(季節により本数は異なる)、海が荒れなければだいたい1時間で波照間に到着する(フェリーは2時間)。高速船の料金は片道3,000円・往復5,700円と、それほど安くはないが、飛行機よりはまあ安い。
ただしこの高速船、けっこう揺れる。揺れがニガテな人にとっては、多少高いといっても飛行機はいい選択肢かもしれない。僕自身は、船の揺れは相当の荒れでもまったく問題ないんだが、飛行機に乗るのも好きなので、次回は飛行機も利用してみようかと考えている。
波照間港に入ると、堤防の内側にデカデカと「ようこそ最南端の波照間島へ」。文字の左に描かれているのは藤子不二雄Aの『笑ゥせぇるすまん』ではなくて、八重山好きにはおなじみの「ミルク様」だ。ミルクとは牛乳ではなく弥勒菩薩のこと。豊穣の神様である |
左は高速船が着く波照間港の桟橋。右は港に建つ船客ターミナル。船客ターミナル内にある食堂(?)「海畑(イノー)」では、八重山そばを食べられるほか、幻の泡盛といわれる「泡波」をグラス300円で呑むことができる |
今回の訪問は、上にも書いたように2008年1月中旬のこと。8時20分石垣港発の朝一便で出発し、きっちり1時間で波照間港に着いた。他の離島と同様、船が港に着くと宿の人が迎えにきてくれる。今回は、他の島で出会った旅人やネットでの評判がよかった「ゲストハウスNami」をチョイス。宿に着いてさっそく自転車を借り、島の南岸すなわち日本最南端*の地をめざした。
訪れた期間は、1月中旬といってもかなりの暑さ。八重山では最高気温が27度前後を記録していた。到着したこの日はとくに暑く、波照間はおそらく28度を超えていたんじゃないか。1月の沖縄は何度も行っているけれど、ここまで暑いのもちょっと珍しい。もちろん、余裕で泳げる。
波照間は造礁サンゴの島で、全体的なイメージとしては平坦だけれど、なだらかな起伏が案外多い。まあ島の規模としては面積13平方km弱、周囲も15km程度だから、さして広いことはないのだが、暑さと時折現れる勾配は、自転車だとそれなりに堪える。といっても与那国島に比べればはるかにマシだけれど。
港は島の北西海岸にあり、そこから南へ丘を上がっていくと集落。さらに南東方向へ進んで島中央の灯台脇を抜ければ、日本最南端*の海岸に到達する。集落からは数kmだから、自転車ならばのんびり走っても15分程度で着く。
この周辺には、最南端だけにさすがにいろんなモニュメントがある。まず目に入るのが巨大な「日本最南端平和の碑」。威風堂々とした碑で、これだけを見て帰ってしまう観光客もいる。
その裏側を海のほうへちょこっと歩くと、「日本最南端之碑」がある。いわゆる日本最南端の碑というと、やはりこれになるのだろうか。その脇には、置き石で築かれた小道が延びている。これは単なる小道ではなくて、実は2匹の蛇が交じり合う姿をかたどっている。なぜにヘビ? それも2匹? ……もちろんそこには、戦争とその後のアメリカ占領という、沖縄県がたどった苦難の歴史が反映している。
このように日本最南端*の地には、最南端を記念するいくつものモニュメントが建てられている。……しかしながら、ここにきた誰もが、これらの碑はけっして島の最南端にはないということにすぐ気づくはずだ。なぜなら、碑の向こうにも、海までの間しばらく陸地が続いているから。
多くの観光客はこれらの碑を見ただけで帰っていくけれど、せっかくだから、時間さえ許すならもう少し海っぺり近くまで歩いてみよう。その先の海には文字通り、日本国民が居住する日本の土地は、もはや一つもない。
これらの碑の南側にもまだ少しばかり陸地があることは、誰でもわかる。わかれば、海のそばまで行ってみたくもなる。本当の最南端めざして歩きながら、その南の海を見る。向こうはフィリピンか、はたまた南波照間(パイパティローマ)か |
最南端の碑周辺から東のほうを見ると、星空観測タワーの姿が。歩いてもすぐだ。ここは竹富町営の施設で、南十字星をはじめとする天体の写真やプラネタリウム、てっぺんには200mm屈折式天体望遠鏡を備えた天体観測ドームもある |
次回は波照間島後編では、最南端の名物と風物詩、をお届けします。