皆さんはイギリスのビールというと、どのようなイメージをお持ちであろうか。私個人の印象はというと、「ぬるくて泡のないビール」といったものだった。私がこのような考えを持つに至った経緯を説明するには、まずはビールに関する基礎知識を解説していく必要がある。
イギリスのビール"エール"って?
まずビールを大別すると、比較的高温で発酵させ、酵母が液面に浮いてくる上面発酵のビールと、6~15℃の比較的低温で発酵し、酵母が沈殿する下面発酵とに分けられる。日本で飲まれているビールの大半は下面発酵のラガービールで、チェコ発祥のピルスナーもこのタイプ。こちらは苦味と香りが強い。これに対し、イギリス発祥のエールやアイルランドのスタウト(ギネスなど)は上面発酵で、穏やかな味わいとなっている。
代表的なスタイルとしてペールエールやブラウンエールなどが挙げられるエールに関しては、原料であるモルトやポップの種類によって、味わいも色も様々。しかしそれとは別にイギリスの伝統製法「リアルエール」というスタイルがあって、"ぬるいビール"の正体はどうやらこのリアルエールによるものらしい。
リアルエールの製法は次の通り。第一次発酵を終えたビールの素をカスクと呼ばれる樽に詰め、二次発酵させる。そしてその樽を開放して、発酵時に発生する炭酸ガスを徹底的に抜きながらゆっくりと熟成を促した後は、パブなどの飲食店で提供されるのを待つだけ。一般的なビールは、二次発酵後に濾過したり熱処理を行うものだが、リアルエールは二次発酵をさせたカスクから直接注がれるため無濾過で、熱処理もしない。人工的な作業を極力避け自然に自然に……というのがリアルエールのモットーなのである。
熟成が終わってコンディションを整えられたエールは、パブのビアエンジン(通常ハンドポンプと呼ばれている)につながれ、サーブされる。この提供方法も、一般的なビールとは異なっている。一般的なビアサーバーは瞬冷式(瞬間冷却式)と空冷式(樽格納式)の2種類。瞬冷式は、ビールがタンクの中のコイルを通ると瞬間に冷えて仕組みとなっている。日本の生ビールの大半がこのサーバーによって提供されているのだ。空冷式は、樽を冷蔵庫の中で保管したままサーブする。これら2種はいずれも二酸化炭素のガス圧で押し出すので、ビールの泡で"口ひげ"ができるほどの泡ができる。
イギリスのエールで使われるハンドポンプはというと、井戸の水を汲み上げるのと同じ原理。ビールを人の力で汲み上げるので、発酵時に発生した自然な泡だけが注がれるのである。しつこいようだが、あくまで自然に自然に……なのだ。以前は常温のままサーブしていたらしいが、現在は12~15℃に調整されたセラーで保管されている樽からサーブされる。それにしても赤ワインじゃあるまいし、ビールが15℃というのは十分"ぬるい"といってよいのではないだろうか。
右に見える青いハンドルがハンドポンプ。手前に倒すとビールが汲み上げられる |
私が"イギリスといえばぬるくて泡のないビール"と思っていた理由が、なんとなくわかってもらえただろうか。ビールの基礎知識を説明したところで、次回はいよいよイギリスビールレポート!