NBAで各チームのユニフォームへのスポンサー企業ロゴ掲載が、いよいよ認められることになりそうだ。
この週末に出ていたBusinessweekの記事(7月20日付)によると、新たな財源を求めるNBAと各チームのオーナーの間で、選手が着用するユニフォームの左胸のあたりを広告スペースとして売り出す話がほぼまとまりつつあるという。
NBA Jersey Ads Likely in 2013 - Businessweek
これは前日にNBAの副コミッショナーが明らかにしたもので、今後正式決定されると、来年秋からはじまる新シーズン(2013-14シーズン)にはこの企業ロゴ入りユニフォームがいよいよ解禁になる可能性があるという。具体的な広告の形については、いまのところ2.5 x 2.5 インチ(6.35 x 6.35センチ)のものが想定されているそうで、これにチームの人気度に応じて年間150万ドル~750万ドル程度の値段が付きそうな見通し。またNBA側で30チーム合計の売上金額をざっくり1億ドル程度と見込んでいるという。
キビしいチームの台所事情
米4大プロスポーツ(NFL、MLB、NHL、NBA)ではこれまでなぜだかユニフォームへの広告(スポンサーロゴ)掲載が行われてこなかった。各スタジアムやアリーナのネーミングライツに始まって、リーグ全体の「オフィシャル自動車パートナー」(NBAが韓国KIA Motorsと契約)まである米プロスポーツとしては意外な感じもするが、それだけ各チームのユニフォームが「聖域」として扱われていたということかもしれない。
この聖域解禁に向けた動きの背景にやはり「キビしい台所事情」というのがある。NBAでは昨年秋、売上分配をめぐる労使交渉がこじれ、選手側がストに突入して、結局シーズンの4分の1を棒に振るという「非常事態」が発生したが、それも「30チーム中22チームが赤字で、リーグ全体の損失額は3億ドルに上る」という状況があってのこと。
Will NBA Players Become Billboards? - Businessweek
NBAでは、各チームが選手に払える年俸の総額(いわゆる「サラリー・キャップ」)が決まっていて、それを超えると「ラグジュアリー・タックス」という形で財務的に大きなペナルティを負わされることになる。そのような形で、特定の有力チームがスター選手を独占することを防ぐという仕組みだ。だが、スター選手の獲得コストはなかなか下がる気配もなく、チームの柱となるスーパースター(超一流選手)に1000万ドル台というのはざらにある話で、さらにそこそこの実力がある稼ぎ時(20歳代後半)の選手でも1000万ドルの大台にのる例もめずらしくない。
たとえば、前回までの話に出てきたブルックリン・ネッツの場合だと、看板選手で米国代表のデロン・ウィリアムズ(28歳)が5年間で9800万ドルの契約を結んでおり、初年度(2012-13シーズン)の年俸は1717万ドル。また、先発のパワー・フォーワード、クリス・ハンフリー(27歳:オールスター出場経験なし、いわゆる「セレブ・タレント」のキム・カーダシアンと昨年8月に結婚、その72日後に離婚したことのほうでむしろ有名?)ですら2年間2400万ドルの契約を手にしている。
Brooklyn Nets Roster - 2012-13 - ESPN
ブルックリン=ニューヨークという大都市圏を市場に見込めるせいでかなり気前のいい払いっぷりにも思えるが、それにしてもチーム運営にたいそうなお金がかかることはほぼ間違いない。
英プレミア・リーグというお手本
ところで、Forbesが7月16日付で「世界のプロスポーツチーム 評価額ランキング」最新版を出していた。ベスト50の大半を欧州のサッカー、それに米国のMLB(大リーグ)、NFL(アメリカンフットボール)の各チームが占め、NBAのチームは2つ——ロサンゼルス・レイカーズ(35位:9億ドル)とニューヨーク・ニックス(43位:7億8000万ドル)しかランクインしていない。
Manchester United Tops The World's 50 Most Valuable Sports Teams - Forbes
全体で1位となったのは英ブレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド(マンU:日本代表の香川選手が今シーズンから加入)で評価額は22億3000万ドルだが、あのマンUのジャージーの胸に入った「AON」の広告枠が年間3000万ドル以上、また今年初めにリバプールがシューズメーカーのニューバランスと結んだ契約は過去最高の年間4000万ドルというもの。この話の出ているBusinessweekの記事には、MLBボストン・レッドソックスとリバプールの両方を所有するFenway Sports Group (FSG)の経営陣がリバプール対マンUのゲームの視聴者数が全世界推定5億人と聞いて、「なかなかピンとこなかった」というようなコメントも見られる。MLBだとワードルシリーズでも平均視聴者数が1600万人程度ということで、サッカーの人気は文字通り「桁違い」ということだろう。
For Fenway Sports Group, Liverpool Is the Real Moneyball - Businessweek
マンUのオーナーが米国人であることはご存じだろうか。マルコム・グレイザーというユダヤ系の実業家で、NFLのタンパベイ・バッカニアーズも所有している。 そのほかデンバー・ナゲッツ(NBA)やセントルイス・ラムズ(NFL)などを所有する米国人実業家のスタン・クロエンケは、アーセナルの筆頭株主となっている(なお、2番目の大株主であるロシア人大富豪のアリシャー・ウスマノフは、5月のフェイスブック株式公開でも大きな利益を得たとして少し話題になっていたが、このウスマノフとクロエンケの間ではごたごたが続いているらしい)
Arsenal's Usmanov Criticizes Board Over Finances, Van Persie - Bloomberg
ちなみに、実はプレミア・リーグ自体もネーミングライツを英大手金融グループのバークレイズに販売していて、正式には「Barclays Premier League」というのだそうだ……ブルックリン・ネッツの本拠地「バークレイズ・センター」のあのバークレイズである。
行きすぎた商業主義への批判も
NBAチームジャージーへの企業ロゴ(広告)導入については、まだ正式決定ではないため、これといった反対の声もあがっていないようだ。しかし、これまで「聖域」とされていたものだけに、今後話が具体化してくると、いろいろな意見が出てくるだろう。
上掲のBusiessweek記事には、1995年にSFジャイアンツ(MLB)の本拠地キャンドルスティックパークが、ネーミングライツの販売に伴って3Comパークに名称変更するというだけでも相当な反対の声が上がっていた例が紹介されている。
さらに、日本でも一部で有名なマイケル・サンデル ハーバード大学教授は、最新刊「What Money Can't Buy: The Moral Limits of Markets 」(邦題『それをお金で買いますか――市場主義の限界』)のなかで、公立の学校が地元のスーパーマーケットにネーミングライツを販売したり、通学バスの車体に広告を入れることを認めている州が7つもあるといった例を紹介しながら、行きすぎた市場主義経済を批判。また、サンデル教授の幼なじみである大物ジャーナリストのトーマス・フリードマンがこの本に触れながら、「このコラムは、誰にスポンサードされたものでもない」という援軍の記事を出していたりもした(「NYTimesからお金をもらって連載書いているのによく言うよ」という感じもするが)。
This Column Is Not Sponsored by Anyone - New York Times
外部がなんといおうと当事者間で話が決まってしまえば物事は先に進むので、このNBAのスポンサーロゴ導入の件も、遅かれ早かれ実現するだろう。ただし、事がスポーツというそろばん勘定だけでは済まない対象だけに、今後話の具体化と共に、ちょっとした波乱くらいはあるかもしれない。でなければ、何十年も優勝から遠ざかっているNYニックスを応援しようと、高価なコートサイドのチケットを買い続ける映画監督のスパイク・リーみたいなファンは、とうの昔にいなくなっているはずだから。
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