4月25日(米国時間)に突如勃発したNBAロサンゼルス・クリッパーズ(以下、LAC)オーナーの人種差別発言の問題。どうなることかとファンとしては焼きもきし通しだったが、NBAコミッショナーのアダム・シルバーの迅速な対応と英断により、ひとまず危機的状況は回避できたといった感がある。
この小康状態を喩えるなら、止血処置が施されただけで傷口の縫い合わせはまだ先の話、それまでに解決しなくてはならない課題がたくさん残っている、といった状況。早くも「誰がLACの次のオーナーになるのか」という話題が盛り上がっている。厳罰処分を言い渡されたLACのオーナー、ドナルド・スターリングが“チームを手放したら”という仮定の話だが、ロサンゼルスという場所柄もあってか、チーム獲得に名乗りをあげる可能性がある、あるいは獲得に意欲を示しているとされる顔ぶれが実に華やかで興味深い。
そこで今回は、処分の内容や関係者の反応、チームの行方は後回しにして、まずはこの顔ぶれを紹介することにしよう。
タレントから世界有数の大富豪まで
LAC争奪戦に参加しそうな面々をコンパクトにまとめた記事がNew York Times(NYT)に掲載された。
このなかに出てくる名前は次の通り。
- オプラ・ウィンフリー(人気テレビ司会者)
- ラリー・エリソン(オラクル)
- デビッド・ゲフィン(ゲフィン・レコード。ドリームワークスSKGの「G」)
- ショーン・コムズ(パフ・ダディー、P・ディディ。ラッパーで実業家)
- Dr.ドレ(ラッパー、実業家)
- ビリー・クリスタル(コメディアン、俳優。LACファン)
- ミンディ・カリング(コメディアン、テレビ司会者)
- ジャド・アパトー(映画監督、映画・テレビプロデューサー、脚本家)
- ドン・リックルズ(コメディアン、俳優、声優。『トイ・ストーリー』でMr.ポテトヘッドを担当)
- フロイド・メイウェザー・ジュニア(プロボクシング世界チャンピオン)
- オスカー・デラ・ホーヤ(元プロボクシング世界チャンピオン)
- マジック・ジョンソン(LAレイカーズのスーパースター、実業家)
ESPNやWall Street Journal(WSJ)には、あまり見慣れない実業家の名前も出ている。
- パトリック・スン・シオン(医師,バイオテック系起業家)
- リック・カルーソ(LAの不動産開発業者)
- エリ・ブロード(実業、フィランソロフィスト。スポーツ強豪校のミシガン州立大学に、この人の名を冠したビジネススクールがある。また、同校はマジック・ジョンソンの母校)
- ロン・バーク(投資ファンド経営者、NHLピッツバーグ・ペンギンズの少数オーナー。アシュトン・カッチャーらと一緒につくったベンチャーキャピタルでAirbnbなどに投資)
今のところは何も決まっていないから、実にいろんな名前が取り沙汰されている。ただし、それぞれの本気度はまだわからないし、いざ本番という時を迎えるまでに,さまざまな組み合わせの可能性が模索されるだろう。そういう前提で勝手な期待を記すと、本命が「デビッド・ゲフィン+ラリー・エリソン+オプラ・ウィンフリー」で、対抗馬が「マジック・ジョンソン(と、グッゲンハイム・パートナーズ。大リーグのLAドジャースを競り落としたグループ)」となるかと思う。
マジック・ジョンソンが動けない理由
デビッド・ゲフィンが以前、スターリングにLACの譲渡を打診して断られていたという話は今回の騒動で初めて知った。ゲフィンはLACを買って、レブロン・ジェームズを連れてこようと考えていたらしい。そして、ラリー・エリソンはこういう類の話があると必ず名前が挙がる“常連”であり、2010年のゴールデンステート・ウォリアーズ(GSW)の買収失敗でもよく知られている。オプラ・ウィンフリーの名前が挙がっているのは、おそらく今回の騒動の発端に人種問題があるからだろう。ゲフィンにしても、エリソンにしても,お金のことだけならなんとでもなりそうな連中である。
それに対して、マジック・ジョンソンらの方は……ジョンソンがLAレイカーズの元スーパースターでなければ話は簡単なのだ。NYTには「Magic 4 Owner」と書いた手作りのプラカードを掲げるLACファンの写真が載っていた。地元ではいまだに根強い人気というか、人望を集めていることが伝わってくる。以前見たBloombergの特集番組でも、現役引退後に実業家として地元に貢献している様子が詳しく描かれていた。ただ、ここでジョンソンが動いてしまうと、「マジックがレイカーズ(LAL)に三行半を下した」と大騒ぎになりかねない。現在のLALはかつてないほどのダメっぷりで、名オーナーと評された故ジェリー・バスの後をついだジム・バスの手腕には疑問符が投げかけられている。フィル・ジャクソンのNYニックス球団社長就任にまつわる一件などで、かなり慎重に動かなくてはならない状況とも想像される。
それとは別に、LACの売却予想金額は、すでに7億ドルとか10億ドルといった観測が流れている。前回の記事で記した通り、「あのミルウォーキー(バックス)にさえ、5億5000万ドルの値がついたのだから……」という前提の話で、ロサンゼルスなら市場もニューヨークとならんで最高、しかもLACはオールスター選手を2人も揃え、優勝も狙えるチームになっているなど、過去最高額がつく理由がいくつも思い浮かぶ。
#WeAreOne #Clippers pic.twitter.com/b25mYzllvG
— Los Angeles Clippers (@LAClippers) 2014, 4月 29
(発表直後に流れたLACチームのつぶやき)
「永久追放」と「生涯出禁」
問題の主であるLACオーナー、ドナルド・スターリングに対して下された処分は、現状で考えられるなかで最も厳しいものだった。具体的には、永久追放(Lifetime Ban)、250万ドルの罰金($2.5 million、規定の上限額らしい)、そして他チームのオーナーらに向けたスターリングへのチーム売却勧告決議の要請。この3つが柱で、4月29日(米国時間)にコミッショナーが発表した処分に対して、選手会もその他の関係者もメディアも、ほぼ100点満点という評価を与えている。
ひとこと付け加えておきたいのは、「Lifetime Ban」を直訳すると「生涯出禁」になるという点。「永久追放」という訳語からは、なにか大事なものを取り上げられ、どこか遠くに追いやられてしまう、といったイメージが想像されるだろう。しかし、実際の内容はチーム運営や人事への口出し禁止、試合会場や練習場への出入り禁止などとなっており、現時点でチームを手放すことが確定したわけではない。
今回の件は、スターリングという前々から評判の悪かった落第オーナー(人種差別発言や行為はそのひとつにすぎない)を厄介払いできるきっかけが、NBA全体に与えられたという印象も強い。そのため、「NBA理事会(オーナー会議)が全会一致(29対0)でスターリングにチーム売却を強制する決議をしても不思議はない」という、あるオーナーの見方も報じられている。そのいっぽうで、スターリングがこの決議に異議を唱え、訴訟を起こす可能性も残っている。「1度手に入れた不動産物件はぜったい手放さない。それが儲けるコツ」と豪語したという逸話も見かけるスターリング(本業は不動産賃貸業)のことだから、簡単に理事会の決議に従うことはないと踏んだ方がいいかもしれない。
別の言い方をすると、これからも難しい舵取りを迫られる局面が何度もやってくる、ということだ。同時に、そもそも誰がスターリングと愛人との電話を録音しようと考えたのか、という謎も残っていたりする。
1人でも欠けていたら
今回の騒動は一時、相当やばい状況になっていた。そのことに改めて気づいたのは、コミッショナーの発表を受けて開かれた選手会側の記者会見に、ロサンゼルス市長のエリック・ガルセッティが列席していたのを目にした時のこと。上掲のビデオではじめに喋るケヴィン・ジョンソン(現サクラメント市長。元米国代表、オールスター選手)の左隣にいるのがガルセッティだ。
この市長が問題の録音公表直後に批難の声明を出したというニュースは目にしていたが、その時は「政治家は有権者対策とかで大変だな」くらいにしか感じなかった。だが、1992年のLA暴動や、一昨年のトレイヴォン・マーティン少年射殺事件のことなどを思い起こすと、今回もし不満の残るような内容の処分が出されたら、一触即発ということになっていたかも知れない。実際、LACやGSWの選手も当日の晩に予定されていたゲームをボイコットする覚悟ができていた、という報道もあったくらいだから。
ファンにも関係者にも幸いだったは、事務局と選手会、そしてオーナー側でも新しい役者が揃っていたこと。英断を下したアダム・シルバーは今年2月にコミッショナーに就任したばかり。選手会側も長年事務方の責任者を務めていたビリー・ハンターという弁護士(黒人の元プロフットボール選手)が昨年冬にクビを切られ、ポストが空席になっていたが、後継者探しの責任者として今年4月に指名された助っ人が、昨年のキングス引き留めの際にサクラメントで手腕を発揮したケヴィン・ジョンソン。そしてこのジョンソン起用を決めたのが選手会の会長でLACのキャプテンも務めるクリス・ポール。キングスの筆頭オーナーであるヴィヴェック・ラナディブ(インド系移民の起業家、ティブコ・ソフトウェアの創業者)も、ケヴィン・ジョンソンと連携したかどうかはわからないが、いち早く「Zero Tolerance」(人種差別は酌量の余地なし)とつぶやいていた。
スターリングの言動を長年放置してきたと思われる前コミッショナー、デビッド・スターンがいまだにいたとしたら、クリス・ポールのような誰しも一目置くスーパースターが選手会の会長になっていなかったら(実際昨年8月までしばらく空席だった)、あるいはケヴィン・ジョンソンのような助っ人がすぐに見つからなかったら、などと、いろいろ考えさせられた。