3月が近づくと米国のメディアではバスケットボール関連の話題がにわかに目立ってくる。NCAA(National Collegiate Athletic Association:全米大学体育協会)の全米大学選手権、いわゆる「マーチ・マッドネス」が始まるからだ。各校の学生やOB、地元ファン、それにトーナメント出場チームのOBであるNBA選手などの熱狂ぶりを、毎年メディア各社が事細かに伝えるようになる。米大学スポーツの花形は(アメリカン)フットボールとバスケットボールのふたつといわれるが、全米ナンバーワンを決めるトーナメントというのはバスケットボールしかない。そこで日本の高校野球もしくは高校サッカーとおなじようなノリで「オラが(地元の)チーム」の応援に……ということらしい。また時には度を超した騒ぎに発展することもあり、昨年にはケンタッキー大学が準決勝で勝った晩、悪ノリした同大学の学生がクルマに火を付けるなどの狼藉を働いて問題になっていたりもした。
ちなみに結局優勝したこのケンタッキー大学「ワイルドキャッツ」で現在ヘッドコーチ(HC)を務めるジョン・カリパリ(John Calipari)は、全米でも五指に入る有名人HCの一人でTwitterのフォロワー数も120万超というセレブぶり……そんな記事が昨年11月にWall Street Journalに掲載されていた。
It's John Calipari's World - WSJ
この記事の付録についているカリパリの人脈を示した図解には、バスケットボール関係者以外に、オバマ大統領やクリントン元大統領、そしてジェイ・Zやドレイクといった芸能人などの名前も出ていて興味深い。9月にあったジェイ・Zのバークレイズ・センターこけら落としのライブには、カリパリも「初日の晩に、陣中見舞いで楽屋に足を運んでいた」などとある。
President Obama Welcomes the Kentucky Wildcats
(昨年5月に「優勝報告」でホワイトハウスを訪れたワイルドキャッツの面々、オバマ大統領の右側にちょっと顔が映る年輩の白人男性がジョン・カリパリ)
ところで、このWSJ記事の図解にはジョン・カリパリのほかに、ふたりの強豪大学チームHCの名前が出ている。その1人、トム・クリーン(Tom Crean、図中右下)というのは2月25日時点でランキングの首位につけるインディアナ大学「フージャーズ」のHC。このクリーンの奥さんには兄が2人おり、そのどちらもがHCを務めている。兄のジョンがボルティモア・レイヴンズ、弟のジムがサンフランシスコ・49ersをそれぞれ率い、この2月のスーパーボウルで”兄弟対決”し、話題となったが、このことでクリーンがNYTimesに取材を受け「妻のジョアニは、兄貴たちと同じかそれ以上に負けず嫌い」といったコメントが紹介されていたりもした。
A Harbaugh and a Hoosier - NYT
もうひとりの「コーチK」もやはり名門私立大学デューク大のHCだ。本名はマイク・シャシェフスキー(Mike Krzyzewski)だが、米国人は誰も彼の苗字を正しく発音できないので、頭文字の「コーチK」で通っている。北京五輪やロンドン五輪の際には米国代表チームHCも務めた人物として知られる(ロンドン五輪の際には欧州の記者が「自分の名前をきちんと発音してくれた」といった彼のコメントまで話題になっていた)。またNBA開幕当初にLAレイカーズでHC解任があった際には、候補のひとりとして彼の名前が浮上してもいた。
そんな「コーチK」がバスケットボールチーム「ブルーデビルズ」を率いるデューク大学の熱狂ぶりを取材した記事が先ごろNYTimesに載っていた。
A Tent City for Fun and Profit
同じ州内にある宿敵ノースカロライナ大(マイケル・ジョーダンらのNBA選手を輩出)との「伝統の一戦」で、少しでもいい座席のチケットを手に入れようとする学生たちが、5週間もテントを張って順番待ちするという。ちなみにこのテント村、コーチKの名前にちなんで「K-Ville」というらしい。そんな有様で、記事には「高い学費(年間4万2000ドル)を払った挙げ句に学業もおろそかにして……」といった苦言も見られる。ちなみにデューク大学はいわゆる「文武両道」で有名な私立の名門校で、アップルのティム・クックCEOや同社でiTuneなどのオンライン事業を取りしきるエディー・キューSVPもここの卒業生。またデュークでMBAだけを取得したクックと異なり、大学からデュークに通ったキューのほうは、大のバスケットボール・ファンとしても知られ、実際にブルーデビルズのベンチに座って選手やコートの横で試合観戦した時の写真なども残っている。
Right on Cue: Can iTunes chief fix Apple's maps and Siri? - Cnet
そういう大学だから「学長よりもバスケットボールのHCのほうが影響力が強い」などとも書かれているが、この記事でひとつ興味深かったのは、同大学で公共政策や経済学・法律などを教える某教授がまとめたという研究結果。この研究では、強豪スポーツチームを擁する公立大学44校を対象に、スポーツチームのHC、学長、教授のもらう年俸の変化を調べたが、その結果1985年から2010年の25年間に教授の給与は32%増、学長のそれが90%増だったのにに対して、フットボールのHCの年俸はなんと650%も高騰していたことがわかったという。また同記事からリンクされているWSJ記事には、1986年には学長の給料とほぼ変わらなかったHCの年俸(学長29万4000ドルに対し、HC27万3000ドル)が2010年には平均200万ドル以上になっていた、などという具体的な数字も出ている。
Calculating the Score - WSJ
こうした年俸高騰の背景にはテレビの放映権収入やら何やらが絡んでビッグビジネスになった人気の大学スポーツ、という現状があり、いまではそうした利益の増加や分配をめぐって各カンファレンスの大変動が起こっていたりするのだが、その話はまた別の機会に。
なお、あらためてWikipediaを調べてみると、上記3人のHCのうち、ジョン・カリパリ(520万ドルとボーナス)とトム・クリーン(316万ドル)については具体的な額も出ている。またコーチKについては「2010年の申告所得は720万ドル以上」というニュースが昨年5月に出ていたようだ(この金額、USATodayの調査では歴代2位にあたるという)。
Mike Krzyzewski pulls in over $7M haul as Duke coach
この年はブルーデビルズがNCAAトーナメントで優勝していたのでとくにボーナスなどの出来高分が多かったようだが、それでもベースの年俸が200万ドル弱、ほかに年金積立150万ドル弱、などとある。
追記
大学の試合でも準決勝となるとこんな具合で放映されるらしい。
#1 Kentucky vs #4 Louisville Ncaa Tournament Final Four 2012 (Full Game)