米国議会の上院と下院は先週、連邦政府の債務上限を3か月間引き上げる法案とハリケーン災害対策予算を可決しました。これにより、懸念されていた米国債のデフォルト(債務不履行)と政府機関閉鎖は回避され、世界の市場に安心感が広がりました。債務上限問題が短期間で決着したのは、トランプ大統領と野党・民主党が意外なことに電撃的に合意したためで、逆にトランプ大統領と与党・共和党の関係が悪化するという複雑な展開となっています。
3カ月間の債務上限凍結・ハリケーン対策で電撃合意
まず債務上限問題について説明しておきましょう。米国では政府がむやみに債務を膨張させないように法律で上限を定めています。しかし現実にはこれまで財政赤字の拡大と国債発行増加によって債務残高(借金の残高)も年々膨れ上がっています。それにつれて債務上限も毎年のように引き上げられてきましたが、今年の春には債務残高が上限の19兆8000億ドル(約2160兆円)に達していました。
米政府はこの数カ月間、資金のやり繰りでしのいできましたが、9月末にはそれも限界という状況になっていました。そのため9月末までに債務上限を引き上げて、新たに借金(国債を発行)する必要があったのです。もし9月末までに債務上限の引き上げができなければ、過去に発行した国債の償還や金利支払いができなくなり、デフォルトに陥るおそれがあったわけです。
しかし先週までは、債務上限の引き上げを認める代わりに歳出の大幅削減を条件にすべきと主張する議員も多く、激しい与野党対立や共和党内の足並みもあって、議会での協議は期限ぎりぎりの9月末まで難航するというのが大半の予想でした。
ところが急転直下、野党・民主党が(1) 債務上限を12月8日までの3カ月間凍結する(つまり事実上の引き上げ)(2) ハリケーンの災害復旧・被災者支援の予算を編成する―― の2点を一体化した案を示し、トランプ大統領が受け入れました。実は、共和党も「来年11月の中間選挙後まで債務上限を引き上げる」との案を示していたそうですが、トランプ大統領は6日に開かれた民主・共和両党の議会幹部との会議の場で共和党案を一蹴し、民主党案を採用すると告げたそうです。これで共和党も不本意ながら民主党案に賛成せざるを得なくなり、債務上限3カ月間凍結とハリケーン災害対策予算を一体化した法案が上下両院で可決されました。
ある意味では、ハリケーンが債務上限引き上げを後押ししたとも言えます。トランプ政権にとっては、挑発を続ける北朝鮮と対峙し重要な局面を迎えている時だけに、ハリケーンへの対応と債務上限問題という目の前の課題に一応の決着をつけることができたことは大きな成果と言えるでしょう。
債務問題の決着後、市場は安心感を取り戻しました。片や北朝鮮情勢の緊迫化で警戒感が高まる場面がありながらも、株価は堅調な動きとなり、NY市場のダウ平均株価は12日に史上最高値を更新、これを受けて13日の日経平均株価も約1カ月ぶりの高値を回復しました。
トランプ大統領と民主党が接近?
しかし米国の債務問題はこれですべて解決したわけではありません。今回は、あくまでも「上限の3カ月凍結」で、その後をどうするかは何も決まっていません。3か月後に再び議会が紛糾する可能性は十分あります。
しかも債務上限問題は今後もついて回る難題です。米の多額の財政赤字が毎年発生し債務残高も増加を続けているため、すぐに上限に達し、そのたびに上限を引き上げてもすぐにまた新たな上限に達してしまうのが実態です。これまでも1~2年ごとに上限が引き上げられ、そのたびに議会の審議が遅れて不安が市場に広がるという展開が何度も起きてきました。
そこで、今回の債務上限引き上げ合意後に「トランプ大統領が債務上限そのものを完全撤廃することを検討し始めた」との報道が出てきました。毎回の混乱を防ぎ債務増加という現実に対応しようというものですが、この点でも民主党を頼りにしているフシがあります。民主党は伝統的に財政支出拡大=「大きな政府」志向ですから、民主党の賛成を得やすいと見られます。
トランプ大統領は果たして民主党に接近を図っているのでしょうか。戦術的には、その可能性はありそうです。議会では上下両院ともに与党・共和党が過半数を握っているとはいえ議席数の差はわずかですし、議会審議を円滑に進めるためには民主党の協力も欠かせませんから、それが戦術だとしたら確かに有効かもしれません。
そもそもトランプ大統領が支持基盤としている白人労働者・中低所得層は、イデオロギーを別にすれば、本来なら民主党の支持基盤とも重なる部分が多いのです。昨年の大統領選で激戦区と言われた中西部の工業地帯は、もともと労組の組織票が多い民主党の大票田で、以前の大統領選では民主党候補が勝利していました。ところが昨年の大統領選では同地域でトランプ氏が圧勝し、これが同氏を大統領に押し上げる原動力になったのです。トランプ氏が掲げる「雇用拡大」「保護主義」はどちらかと言えば民主党に近い政策と言ってもいいぐらいなのです。
財政政策でも、トランプ大統領が掲げるインフラ投資や減税などは財政拡大路線であり、減税の中身を別にすれば、むしろ民主党的な考えと言えます。こうしてみれば、債務問題で民主党に接近しているように見えるのは、矛盾しないわけです。
与党・共和党とは関係悪化~厳しい政権運営続く
しかし問題は、その一方でトランプ大統領と与党・共和党との関係が悪化しているという現状です。今回の債務上限引き上げ問題で共和党のライアン下院議長が民主党案を強く批判していましたが、その直後にトランプ大統領がライアン議長の目の前で民主党案の採用を決定(前述の会議で)、ライアン議長はメンツをつぶされた格好になりました。債務上限そのものの廃止についても、共和党は歳出削減=「小さな政府」志向であり、財政拡大につながる債務上限廃止には反対論も強くあるようです。
実は、トランプ大統領と共和党との関係悪化は今に始まったことではありません。今年3月、トランプ大統領が就任後の最初の重要法案として特に力を入れていたオバマケア見直し法案が撤回に追い込まれ、その後も頓挫し続けていますが、その原因がむしろ野党・民主党よりも与党である共和党内の対立にあるとして、トランプ大統領が党内をまとめられなかった共和党幹部への批判を強めていました。しかもトランプ大統領は例によって、激しい表現で議会共和党幹部を非難し、これに対し共和党幹部も反論するといった状態が続いていました。
これに加えて、8月に起きたバージニア州での白人至上主義者と反対派住民との衝突事件をめぐりトランプ大統領が白人至上主義者を擁護する発言を繰り返したことが共和党幹部からも批判を受け、両者の溝が一段と広がる結果となりました。このほか、トランプ大統領には以前から「ロシアゲート問題で共和党が大統領を守ってくれない」という不満を募らせているなど、両者の関係悪化を伝える報道が相次いでいます。そのため8月下旬には、ホワイトハウスが「大統領と共和党院内総務のマコネル議員(上院共和党のトップ)は結束している」との声明をわざわざ出したほどです。
こうしてみると、トランプ大統領の政権運営はますます綱渡りの様相を呈しているように思えます。トランプ大統領へのさまざまな批判が強いため、同大統領が窮地に立つことは「歓迎すべきこと」とする空気が強いのが現実です。ただそうとばかり言えないのもまた事実です。特に北朝鮮情勢は重大な局面を迎えています。北朝鮮の相次ぐ挑発にどのように的確に対応するか、そのカギをトランプ大統領が握っているのは間違いありません。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。
オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
オフィシャルサイト「岡田晃の快刀乱麻」