安倍首相はこのほど事業規模28兆円の経済対策を決定し、その翌日に内閣改造に踏み切り第3次安倍改造内閣が発足しました。この政策と陣容でアベノミクスの再強化とデフレからの早期の完全脱却をめざします。安倍首相は2018年9月の自民党総裁の任期延長と2020年の東京五輪を視野に入れた政権運営を進めると見られます。
安倍政権下で最大となる28兆円の経済対策
まず28兆円の経済対策ですが、事業規模としては安倍政権下で最大となりました。歴代内閣でもリーマン・ショック直後に麻生内閣が2度にわたって策定した景気対策(2008年12月に37兆円、2009年4月に57兆円)に次ぐ過去3番目の大きさです。
この規模について、経済対策の可能性が浮上した今年春ごろは5兆円超と言われていましたが、そのうち5~10兆円、そして7月の参院選の頃には10兆円超と、時が経つにつれ規模が大きくなっていきましたが、それが最終的には一気に28兆円に膨らむ結果となりました。
総事業規模28兆円の経済対策 |
一般的に言って、この種の景気対策では選挙を意識して景気対策の規模が膨らむことはよくあることですが、選挙が終わった後になって(しかも勝利して)さらに規模が拡大するというのはやや意外な印象です。それほどに安倍政権が、現在の経済状態に対する一種の危機感を強く持っていることを表していると言えます。
実は、現在の景気は足踏みしているといっても、安倍内閣発足以前と比べればかなりの改善を見せています。これは本連載の前々号(第65回「参院選の与党勝利はアベノミクスへの信任--脱デフレへ10兆規模の経済政策」7月12日付)で見た通り、株価や円相場、有効求人倍率などのデータに表れています。
このうち有効求人倍率は同号の掲載時点では5月の数字が最新で1.36倍でしたが、その後6月の結果が発表され、1.37倍とさらに上昇しました。これは1991年8月以来、24年10カ月ぶりの高水準です。特に都道府県別では、本土復帰以来これまで一度も1.0倍に達したことのなかった沖縄県も1.01倍と初めて1倍を超え、すべての都道府県で1倍を上回りました。また正社員の有効求人倍率もまだ1倍未満ながら0.88倍と着実に上昇を続けています。
有効求人倍率は24年10カ月ぶりの高水準、1.37倍に(2016年6月) |
他の経済データを見ても、多くの分野で「何年ぶり」「リーマン・ショック以前以来」などという形容詞がつけられる指標が数多くなっています。数字で見る限り、景気の水準としてはそれなりに回復していると言えるのです。
アベノミクス推進を強化した内閣改造
それでもなお、安倍政権が今回の規模ほどの経済対策を打ち出したのは、日本経済がまだまだ脆弱であり、何かあればデフレに逆戻りするリスクがあるとの認識があるからです。消費の低迷が長引いていますし、海外経済も不安定さを増しています。この中でデフレからの完全脱却を果たすには政策を総動員する必要があるわけで、安倍首相は記者会見で「最優先課題は経済。デフレからの脱出速度を最大限にする」と語っています。
今回の経済対策はその規模から見て、かなりの経済効果を発揮すると見られます。政府は今回の経済対策で2016~2017年度の実質GDPを1.3%押し上げる効果があるとしています。政府の2016年度成長率見通しは0.9%、民間エコノミストの予測では0.6%程度ですから、これに1.3%分の押し上げ効果が加われば、景気が再び回復軌道に乗ることが期待できます。これに、6月に決定した消費増税の延期も景気にプラスに働くでしょう。
今回の内閣改造は、このようにアベノミクスを改めて推進するための体制を強化したものです。麻生副総理兼財務大臣、菅官房長官、岸田外相などを留任させて政権の骨格を維持すると同時に、アベノミクスに関係する主な経済閣僚には首相に近い議員を配置しています。
成長戦略推進の中心となる経済産業相に就任した世耕弘成氏は、2012年の安倍内閣発足以来、3年半余りにわたって官房副長官をつとめてきた側近中の側近。議員になる前はNTTの広報課長を務めていたこともあって情報発信力を見込まれたとも言われています。
また今回の目玉として新設した「働き方改革担当相」には、同じく側近の加藤勝信氏をあてました。同氏も2012年の安倍内閣発足から官房副長官をつとめたあと、前回の内閣改造でも目玉となった「一億総活躍担当相」に就任していましたが、今回これに「働き方担当」を兼務することになったものです。
また地方創生担当相兼規制改革担当相となった山本幸三氏は実はアベノミクスの仕掛け人と言ってもよい存在です。2012年の安倍政権誕生以前から、大胆な金融緩和の必要性を安倍氏に説いていたそうで、政権発足後も議員有志で作る「アベノミクスを成功させる会」の会長をつとめています。
少し変わったところでは、農林水産相に就任した山本有二氏がいます。報道によりますと、農水相の人事について安倍首相は地方創生相だった石破茂氏に就任を打診したものの石破氏が断ったため、石破派に属する山本氏を任命したそうです。これで石破派にも配慮した形にしたわけですが、実はこの山本氏は2006年の第1次安倍内閣発足時に安倍内閣の実現に貢献し、同内閣で金融担当相もつとめたという間柄です。農水相はTPPの国内対策や農協改革、農業の競争力強化などアベノミクスの成長戦略にとって極めて重要なポストで、そこに同氏を据えたわけです。
こうした顔ぶれを見ると、安倍首相がアベノミクスの再強化をいかに重視しているかがよくわかると思います。
アベノミクスという点では、もう一つ気になる人事がありました。五輪担当相に丸川珠代氏が就任し、同氏と小池百合子新東京都知事との関係を危ぶむ声があることです。丸川氏が今回の都知事選で増田候補の応援演説で小池百合子氏を厳しく批判していたことや、両氏ともにテレビのキャスター出身ということからお互いにライバル意識があるのではないかと噂されています。
当然のことながら、五輪担当相と東京都知事とさまざまな面で連携すべき立場で、東京五輪の成功のためには両者の協力が不可欠です。東京五輪の経済効果の広がりは大きいだけに、アベノミクスの成長戦略の柱であり、東京五輪の成功はまさにアベノミクスの成否にもかかわるものでもあります。
このように、今回の経済対策と内閣改造は今後の安倍政権と日本経済の行方にとって大きな意味があることがわかると思います。今回の経済対策の内容を見ても、返済不要の給付型奨学金の導入、年金受給年数の10年への短縮、雇用保険料、保育士の給与引き上げなど、中長期的な効果が期待できる対策が盛り込まれており、これらは評価できる点です。
ただ課題もあります。保育士の給与引き上げなど今回盛り込まれた政策だけではまだ十分とは言えませんし、もっと各分野でさらなる充実策が必要です。デフレから完全に脱却させるとともに少子高齢化に対応した経済を作り上げるには、もっと制度改革や規制改革に大胆に踏み込んで経済の構造改革と活性化を進める必要がありますが、その観点から言うと、現状はまだ物足りないというのが正直なところです。
安倍政権は参院選で大勝して政権基盤を強化し、内閣改造では党内各派閥にも配慮した人事となりました。これをもとに2018年の自民党総裁任期の延長も取りざたされていますが、もしそうしたことが政権運営での安全運転を優先し改革に消極的になることにつながるなら、アベノミクスもパワーも低下することになりかねません。政権基盤を強化した安倍政権だからこそ、さらなる改革に期待したいものです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。