EU(欧州連合)からの離脱の是非を問う英国の国民投票が6月23日に迫ってきました。先週は離脱派が優勢との世論調査から世界的に株安・円高が進みましたが、残留派議員の殺害というショッキングな事件が起き、残留派の支持が盛り返していると伝えられています。 このため週末から週明けにかけては株価が上昇に転じましたが、残留派と離脱派の支持は依然として拮抗しているとみられます。国民投票の結果によっては株価や為替相場が大きく変動する可能性があり、英国だけでなく世界経済にも大きな影響を与えることが予想されます。

EU離脱論の背景

英国でEU離脱論が高まった最大の背景は、移民の急増です。これまで英国はEUの他の国からの移民を積極的に受け入れ、流入数は毎年30万人に達しています。このため低賃金・単純労働などを中心に労働者の雇用を移民に奪われる形となり、不満が高まっているのです。また中東などからの難民急増やテロへの脅威増大なども加わって、排他的なムードが広がっているのが実態です。

離脱論のもう一つの背景は、EUに加入していることが英国の主権を制限されているとの不満です。EUはリーマン・ショック後に金融機関や企業への規制強化を打ち出したこと、EUに多額の分担金を払っているにもかかわらず英国はEUから経済的恩恵をうけていない、などの不満がたまっています。

もともと英国はEUに加入しているものの、「EU域内の移動の自由」を認めるシェンゲン協定には加入していませんし、統一通貨であるユーロにも参加しておらず、一定の独自性を保ってきました。「それでは不十分」というのが離脱論の主張で、それらの問題をより根本的に解決するにはEU離脱が必要というわけです。

離脱なら英国の経済規模が縮小

しかしもし離脱となれば、影響は計り知れません。その1つは、英国経済への影響です。EU加盟国の間では関税をなくしていますが、英国がEUを離脱すればほかのEU諸国との貿易には関税がかかることになります。英国の輸出の4割以上がEU向けですから、離脱によって英国の輸出競争力が低下し輸出が減少する恐れがあります。

英国はここ10年ほどは法人税を引き下げるなどして外国企業の進出促進に力を入れ、多くの企業も英国を拠点にしてEU全域に輸出する戦略を進めてきました。しかし英国がEUを離脱すれば、そうした企業が英国に立地しているメリットが薄れることになります。

これは金融面でも同様です。ロンドンの金融街はシティーと呼ばれ、ヨーロッパの金融の中心地です。現在は金融機関が英国で認可を受ければEUの他の国で支店開設などができますが、離脱でそのメリットもなくなります。報道によれば、欧米の金融機関の中には一部業務の海外移転を検討する動きがすでに出ているとのことです。金融機関が英国から逃げ出せば、シティーの地盤沈下は避けられないでしょう。

英国政府は「離脱すれば今後2年間の経済規模は3.6%縮小し、50万人が失業、住宅価格も10%下落する」との試算を発表しています。またIMF(国際通貨基金)も先週発表した試算で、離脱した場合の同国のGDP(国内総生産)は残留時に比べて2018年は5.2%、2019年は5.6%減少するとしています。

EU離脱の場合の英国経済への影響試算

離脱なら欧州全体に打撃

第2の影響は、欧州全体への打撃です。英国経済が悪化すれば他のEU諸国も無関係ではいられません。英国との間で関税が設けられれば貿易の減少や鈍化を招くことが考えられます。前述のIMFの試算によれば、英国以外のEU加盟国のGDPも2018年に0.2~0.5%下押しするとしています。

さらに重大な影響が、「欧州統合」という理念そのものが危うくなる恐れです。前述のように、英国の離脱論の背景には移民や難民急増への反発がありますが、これは英国だけではありません。テロの脅威が広がっていることもあって、欧州各国で移民や難民の排斥を叫ぶ声が強まっており、難民受け入れをめぐってEU各国で対立も目立っています。

すでにここ数年来のギリシャ危機と欧州債務危機をきっかけにEU内での溝が拡大しており、ギリシャと同じように財政緊縮を迫られたスペインなどでは「反緊縮」の左派政党が支持を広げています。フランスやドイツ、オランダなどでは「反移民」を掲げる極右政党や民族主義政党が勢力を伸ばしていると伝えられており、こうした「反緊縮」「反移民」が「反EU」に結びつく構図となっています。

英国のEU離脱がきっかけとなって欧州全体に「離脱」の動きがドミノ倒しのように広がれば、世界政治の枠組みが大きく揺れ動くことになりかねず、世界経済にも大きな影響が出るでしょう。これが第3の影響です。

欧州経済はただでさえ低迷が続いており、それが世界経済全体にとっても重荷となっています。英国のEU離脱で欧州経済が悪化すれば、さらに世界経済にとってマイナス材料が増えることになるでしょう。特に、欧州と中国は貿易面などで思いのほか結びつきが強い関係にありますので、その影響は中国経済にも及ぶ可能性があることにも注意が必要です。

日本経済への影響は?

こうした中で日本経済にはどのような影響があるでしょうか。まず直接的には株安と円高です。すでに先週は、離脱派優勢との世論調査を受けて世界の株価が下落、それに連動して日経平均株価も5月末に1万7,000円台を回復した後、6月16日には1万5,400円台まで下落しました。

日本と英国の最近の株価

為替市場でも英国ポンドが急落、それにつれてユーロも下落し、入れ替わりに円が急上昇しました。5月末以後の円相場は対ユーロで123円台から116円台に、対ドルでも110円台から103円台まで上昇しました。この円高がさらに日経平均の下落を加速させる結果となっています。

最近の円相場

16日の残留派議員殺害事件の後は残留派の支持率が盛り返したと伝えられ、世界的に株価が上昇しました。しかし為替では一段の円高進行は一応止まりましたが、依然として103円台の円高水準が続いています。

残留派が盛り返したといっても依然として離脱派と拮抗している模様で、もし国民投票で離脱となれば世界市場の混乱は避けられません。日経平均では1万5,000円割れ、為替では100円突破も覚悟せざるを得ないかもしれません。

報道によれば、英国の中央銀行であるイングランド銀行は市場の混乱に備えて臨時の資金供給を実施しており、ユーロ圏の中央銀行であるECB(欧州中央銀行)も資金供給を準備しているそうです。米国のFRB(米連邦準備理事会)ともすでに協議を重ねているとのことで、このような態勢はまさにリーマン・ショック並みの事態を想定していると言えます。

そうなれば、ただでさえ景気が停滞気味の日本にとって大きな打撃です。実体経済の面でも、英国の景気悪化→欧州経済の悪化との経路で、日本の景気に影響が及ぶ心配があります。

英国には約1,000社もの日本企業が進出しており、その影響も気かがりです。たとえば日産自動車やホンダは英国で自動車を生産しており、その多くをEU各国向けに輸出しています。もし離脱によってEU向けの輸出に関税が課せられるようなことになれば打撃は大きく、欧州戦略の見直しが迫られることになります。

日立製作所は昨年9月、約150億円を投じて鉄道車両工場を開設したばかりです。同国内の鉄道車両を大量受注しており、開所式にはキャメロン首相も出席したほど英国政府も期待している工場です。同社の中西会長は英大手新聞、フィナンシャル・タイムズに寄稿し「我々は欧州全体の最適な拠点として英国に投資した」として英国のEU残留を訴えています。

またロンドンのシティーには日本の大手金融機関各社が拠点を持っており、いずれも欧州全域の拠点の役割を担っています。これも前述のようにEU離脱によってシティーのメリットが薄れるなら、欧州の拠点を大陸に移すことも検討せざるを得なくなるかもしれません。

英国に進出している主な日本企業

もちろん、国民投票で残留が決まれば、以上のような懸念は消えるわけで、株価は逆に大幅上昇、為替ではポンド高、ユーロ高となり、円安に振れる可能性があります。英国に進出している日本企業にとっても一安心ということになるでしょう。

ただ残留が決まったとしても英国内のEUへの不満は残るわけで、英国政府とEUはそれにこたえて、EUのさらなる制度改革や運営改善を進めることが求められるでしょう。また根底にある移民問題への対応、EU統合戦略の再構築など重い課題を背負い続けることは間違いないでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。