このゴールデンウィークをはさんで、急激な円高・株安が進行しました。連休前の4月27日に1ドル=111円台だった円相場は、東京市場が休み中の5月3日に海外市場で一時105円台まで急上昇しました。わずか数日でほぼ6円も円高が進んだことになります。これを嫌気して日経平均株価は1万7,500円台から急落し、一時1万6,000円割れとなりました。いったい何が起きたのでしょうか。

最近の円相場の推移

米国が利上げを見送り

きっかけは、4月27日(日本時間28日未明)に米国が利上げを見送ったことと、28日に日銀が追加金融緩和を見送ったことでした。同じ「見送り」でも日本と米国では金融政策の方向が逆ですが、それがともに円高を引き起こしたのです。

最近の日経平均株価

まず米国の利上げ見送りです。FRB(米連邦準備理事会)は「景気が回復している」として昨年12月に8年半ぶりの利上げに踏み切り、今後も年4回程度のペースで利上げを継続する姿勢を示していました。しかし今年に入り世界経済が不安定になり米国も減速感が出ていることから、4月27日に開かれた会合(FOMC、米連邦公開市場委員会)で利上げを見送りました。

米の利上げ見送りは為替市場にとってドル安要因です。世界をまたにかける投資マネーは金利の高い通貨に集まる傾向があり、逆に金利が下がると投資のうま味が減りますので、投資マネーは逃げていきます。米国は利上げが続くと見られていたので、ドルが買われてドル高になっていたのですが、利上げ見送りはドルの金利が上がらない、つまりドル売りの要因となるわけです。

ただ米利上げ見送りだけなら今回は予想されていたことなので、それほどのインパクトはなかったと思われますが、日銀の追加緩和見送りが市場の失望を誘ったのでした。最近の日本の景気低迷から、日銀が追加緩和に踏み切るのではないかとの期待が市場で高まっていたためです。米利上げ見送りは日本時間の28日の未明、そして28日の昼に日銀の緩和見送りが決まり、パニック的なドル売り・円買いが殺到しました。

日銀が追加緩和を実施すれば、日本円の金利がさらに低下しますから、これは円安要因です。それを予想したヘッジファンドなど一部の投資家が先回りして円売り・ドル買いを進めていました。しかし追加緩和見送りで投資家があわてて円を買い戻し、それが急激な円高となったのです。

米大統領選でトランプ氏が指名獲得を確実に

ゴールデンウィーク明けの5月9日には東京市場では円高の動きは収まり株価も下げ止まりました。この1週間余りの急激な円高の動きはいったん収まったように見えます。

ただ実は今回の金融政策とは別に、円高となる要因がもう一つじわじわと広がっていることも見逃せません。それは米大統領選でトランプ氏が共和党の指名を確実にしたことです。トランプ氏は日本について「円安を誘導して輸出を増やし、米国企業に打撃を与えている」と非難しており、日本たたき→円高を連想させます。同氏がTPP反対など保護主義的な政策を掲げていることも、自国通貨を安くして輸出増加につなげるというドル安政策と表裏一体です。

またトランプ氏が掲げる国内経済政策も円高・ドル安につながるものです。財政政策では大幅減税とインフラ投資、オバマケアの廃止を主張していますが、これらは財政赤字を拡大させ国債増発を通じてドルを海外に流出させることにつながります。つまりドル安要因です。金融政策では利上げに反対しており、現在のFRB議長の更迭にまで言及しています。これもドル安要因です。

しかし「実際に大統領になればもっと現実的な政策をとるようになるだろう」とか「どうせトランプ氏は勝てない。ヒラリー・クリントンが勝つだろうから、そんなに心配はいらない」と思う人が多いかもしれません。ところが、そのクリントン氏がTPP反対に主旨替えするなど、トランプ人気に引っ張られるような言動がみられるのです。

少なくとも、ドル安政策への傾斜、あるいは円安批判の空気は実際に現オバマ政権内でも広がっているように見えます。それを示したのが、米財務省の「半期為替報告書」でした。

同報告書は、為替市場の動向や貿易相手国の通貨政策を分析したもので、この報告に基づいて不当な通貨誘導を行っていると認定した国に対して「為替操作国」として制裁を発動する制度があります。しかし実際には1990年代後半以降で発動例はありませんが、今回から為替操作国認定の手前の措置として新たに「監視リスト」を設け、日本、中国など5カ国を指定しました。

これは日本だけを対象にしたものではありませんが、明らかに円安けん制の効果があります。この報告書は発表されたのは4月29日で、まさに円高が進行していた最中。同報告が円高に拍車をかける結果となりました。

米国政府は昨年ごろまでは円安に対して目立ったけん制姿勢を表明していませんでした。アベノミクスによってわずか2~3年間で1ドル=70円台から125円程度まで円安が進んでも、「アベノミクス支持する」との姿勢を崩さず、対中国戦略の観点からも日本経済復活が必要との認識を持っていたからです。

アベノミクスと円相場

ところがここへきて明らかに米国政府の姿勢は変化しています。それは大統領選という国内事情からなのです。この間のドル高・円安によって米国企業の収益にも陰りが見えており、政治的にもドル高が不利な状況となりつつあるためです。

こうしてみると、もはやだれが大統領になろうともドル安政策への傾斜、あるいは円安けん制の流れが強まる気配です。市場関係者もドル買い・円売りの投資行動をとりにくくなることも考えられます。アベノミクスとともに続いてきた円安局面はいったん終わりを告げつつあるのかもしれません。

もちろん為替相場の動向はこれだけで決まるものではありません。いずれ日銀が追加緩和に踏み切れば、あるいは米国の景気回復がはっきりしてFRBの利上げが明確になれば、円安・ドル高に戻る可能性は十分にあります。日本国内では安倍政権の大型補正予算や消費増税延期(?)などで景気が再び回復軌道に乗ってくれば、株高・円安の流れが復活する公算もあるでしょう。今月26日~27日には伊勢志摩サミットが開かれ、各国首脳が経済政策について話し合います。

しばらくの間は今後の流れを左右する重要な局面が続きそうです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。