国土交通省がこのほど発表した2016年1月1日時点の公示地価は全国平均(全用途)で前年比0.1%上昇し、8年ぶりのプラスとなりました。訪日外国人増加や再開発でホテルや商業施設の土地需要が高まったこと、日銀の金融緩和により不動産への投資マネー流入が増加したことなどが要因です。

公示地価は8年ぶりのプラス

公示地価はバブル崩壊とともに急落し、長年にわたって低迷が続いていました。リーマン・ショック前の2007年、2008年の2年間はいったんプラスとなりましたが、リーマン・ショック後は再びマイナス圏に沈んでいました。

バブル崩壊後の日本経済は株価と地価の下落が大幅となったことが大きな特徴で、「資産デフレ」とも呼ばれています。地価の下落は文字通り日本経済の足元を弱体化させたわけで、「失われた20年」の象徴でもあります。アベノミクスによってまず株価回復が先行しましたが、地価がその後を追いかけて、ついにわずかとは言え上昇に転じたのです。これは資産デフレからの脱却に一歩近づいたことを示しており、地味ながら重要な変化と言えます。

3大都市圏の商業地で上昇が目立つ

用途別では商業地の上昇が大きく、全国平均で前年比0.9%の上昇となりました。特に3大都市圏が2.9%の上昇で、中でも大阪圏が3.3%上昇と東京圏より上昇が大きくなりました。目を引くのは、商業地の地価上昇率でトップになったのが大阪・心斎橋で、上昇率は45.1%に達しました。そのほか上昇率10位のうち6地点が大阪市内でした。これは訪日外国人増加が背景です。

大阪は東京以上に訪日外国人の増加が顕著で、前述の心斎橋や道頓堀などのミナミ、梅田などキタの繁華街は外国人の買い物客であふれています。ホテル不足も深刻化しており、こうした商業施設やホテル用地の取得競争が激化しています。

私事になりますが、大学の授業で毎週のように大阪に行きますので、ホテルの予約が取りにくくなっているのを実感しています。今年の年明け早々でしたが、いつも定宿にしているホテルに4月から夏休み前までの予約を入れようとしたところ、予約が取れない日が続出でした。また先日は、日帰りの予定で大阪に出かけたものの急きょ大阪に泊まらなければならなくなったのですが、そのホテルは満室で、他のホテルを5~6軒探してようやく泊まれたほどです。

話が脱線しましたが、訪日外国人増加を要因とする地価の上昇は地方圏にも及んでいます。住宅地の上昇率1位となったのは北海道倶知安町と意外な地域でしたが、これはリゾート地として世界ブランドとなった「ニセコ」の人気が背景です。

地価上昇の要因は?

地価上昇の要因としては訪日外国人増加とともに、(1)都市再開発(2)東京五輪(3)交通網整備――などが挙げられます。東京・銀座は以前から全国で最高水準の地価ですが、10年連続で全国の地価1位となった銀座4丁目の山野楽器本店は1平方メートル当たり4,010万円で、過去最高だった2008年の3,900万円を上回り、公示地価の最高額を更新しました。

銀座では東急プラザ銀座(3月31日オープン)、松坂屋銀座店の再開発(2017年1月完成予定)など大型店の開業・再開発も相次いでおり、これが訪日外国人効果と重なって銀座の地価をさらに押し上げています。

都内ではこのほか日本橋、八重洲、品川、渋谷など、2020年の東京五輪も絡んで再開発がめじろ押しです。都心部・湾岸部の高層マンション建設が活発化していることも地価上昇を加速させています。

地価上昇は地方圏にも

都市再開発の波は都内や大都市圏だけではなく、地方の中核都市にも広がっています。今回の公示地価の特徴の一つは、札幌、仙台、広島、福岡の4都市の上昇率が商業地で5.7%、全用途でも3.2%上昇と、3大都市圏よりも上昇が大きくなっていることです。

2016年公示地価の地域別・用途別内訳(前年比変動率・%)

これは、各地域ブロックの中核都市に人口や商業機能が集中する傾向が強まっているためで、これらを支えているのが日銀の金融緩和を背景とする投資マネーです。3大都市圏の不動産がすでにかなり値上がりしているため、それに比べると地方都市には割安感があることから、不動産投資が地方に広がる傾向が出ているのです。

地方の地価上昇は、上記の4都市以外にも広がっています。商業地の上昇率7位に金沢市内の土地(上昇率31.2%)が入ったのは、その代表例です。これは昨年3月に開業した北陸新幹線の効果で、金沢市の商業地平均でも5.7%の上昇となっています。

先日、富山市に出かける機会がありましたが、駅前や市内中心部では再開発が進行中で、市内にはおしゃれな車体の路面電車が走っていました。富山市にはここ2~3年で何度か訪れていますが、以前に比べて町が活気づいているのがわかります。富山市の商業地も0.7%上昇しており、金沢ほどではありませんが、新幹線効果が表れているようです。

こうして地方にも地価上昇の動きが広がった結果、今回の公示地価では特筆すべき現象が起きました。地方圏平均の地価が前年比0.7%下落と、バブル崩壊後では最も下落率が小さくなったのです。いまだマイナスではあるものの、着実に地方圏の地価の底上げが進んでいることを示しており、これこそが資産デフレからの脱却に向けて重要な意味を持つものです。

地方圏の下落率はバブル崩壊後で最小に

もちろん地方圏全体の平均では地価はまだマイナスですし、地域によっては下落が逆に拡大したところもあります。そのため多くのメディアが「地方は下落続く」「地価は二極化」と報じているのですが、「バブル崩壊後で最小の下落率」についてはほとんど報道していません。この事実にもっと注目していいのではないかと思います。

今後も上昇傾向が続く?

では今後もこの傾向が続くのでしょうか。これまで見てきた地価上昇の要因――訪日外国人増加、都市再開発、東京五輪、交通網整備、金融緩和など――は、いずれも一過性ではなく今後もしばらく持続するものです。したがって地価は今後も緩やかな上昇が続く可能性が高いと見ています。かつては地価が上昇し過ぎてバブルを生んだため、地価上昇は好ましくないようなイメージを持つ人が少なくありませんが、本来は経済活動の活発化とともに地価が緩やかに上昇することは正常なことなのです。

さらに追い風として、マイナス金利の導入があります。今回の公示地価は今年1月1日時点のものですので、1月29日にサプライズで決定されたマイナス金利の影響はまだ含まれていません。今後は銀行の預金金利の低下によって、預金から不動産投資に回るおカネが増える可能性があります。不動産融資の貸出金利の低下も不動産購入を後押しするでしょう。住宅ローン金利の引き下げは個人の住宅購入意欲を刺激し住宅地の地価上昇にもつながる可能性があります。

海外投資家も日本の不動産に関心を寄せています。海外投資家から見ると、日本の不動産は長年の地価低迷によって割安に映っているのだそうで、大都市圏の都心部や一部の地方中核都市で海外の投資家が不動産物件を取得するケースが増えています。

こうした動きを総合すると、今後の地価上昇率は鈍化する公算はあるものの、上昇基調は続くと見られます。地方圏の地価も順調にいけば2~3年のうちにプラス転換が視野に入ってくる可能性もありそうです。

ただ問題点としては、地価の上昇自体がリスク要因となる可能性があることです。すでに東京都内など大都市圏の地価上昇で一部に過熱感がみられます。相次ぐ再開発や大規模ビル建設によって2~3年後には供給過剰になる懸念も指摘されています。マンションも高額物件が増えて、手ごろなものが少なくなると需要に水を差すおそれがあります。

一方、地方圏にも課題が残っています。前述のように、地方圏平均の下落幅が縮小したと言っても、依然として過疎化や人口減少などで地価下落に歯止めがかからない地域が多いのも事実です。それら地域の活性化が課題であることを浮き彫りにしています。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。