2015年は、一つ間違えば世界経済をどん底に突き落としかねないような出来事が相次ぎました。欧州ではギリシャ危機の再燃、フランスでの1月と11月のテロ、大量の難民流入など難題が続き、中国では経済の行き詰まりによって株価が急落する"中国ショック"が起きました。原油価格の下落も世界経済の波乱要因となりました。ただそれらを何とかしのぎ、決定的な危機に陥ることは何とか避けられた1年だったと言えるでしょう。

米国は量的緩和とゼロ金利という危機対応から脱して平時の金融政策に

そのような世界経済を支えたのは米国でした。緩やかながらも景気回復が進み、5月にはNY市場のダウ平均株価は1万8312ドルの史上最高値をつけました。その後も雇用改善が続いたことから、FRB(米連邦準備理事会)はついに12月16日に利上げを決定しました。

2015年のNYダウ平均株価

FRBはリーマン・ショック直後の2008年年12月に政策金利を大幅に引き下げてゼロ金利とし、ほぼ同時に量的緩和を導入しました。これは金融危機を乗り切るための緊急避難とも言えるものでしたが、その後は景気が回復してきたことをうけて、まず2014年10月に量的緩和を解除し、次いで利上げの時機をうかがっていました。

しかし2015年に入って一時的に雇用の改善が足踏みとなったほか、中国経済の減速やギリシャ危機の再燃などの影響から、8月にはNYダウが1万5000ドル台まで急落し米国景気は停滞気味となりました。このため利上げが後ずれしていましたが、今回ようやく利上げしてゼロ金利を解除したわけです。

これで約7年続いたゼロ金利の時代に終わりを告げました。量的緩和とゼロ金利という危機対応から脱して、平時の金融政策に戻ったことになり、それだけ米国の景気が回復してきたことを示しています。イエレン議長は「利上げは米国経済が危機を克服した証し」と発言しています。日銀やECB(欧州中央銀行)が量的緩和を継続している中で、FRBだけが利上げしたことにも米国経済の回復ぶりが表れています。

ゼロ金利解除までの経過

2016年は段階的な追加利上げへ――緩やかな景気拡大は続く可能性

これを受けて2016年は段階的に追加利上げが行われることになりそうです。金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)はほぼ6週間に1度、年間に8回開かれますが、そのうち4回程度の利上げが予想されています。

ただ利上げによって景気を冷やしてしまうリスクがあります。現在の米国経済は弱さを抱えたままであり、利上げに耐えられなくなる恐れがある――。これを市場が一番気にしているところです。しかしそれでも米国経済は多少のジグザグはあっても、緩やかな景気拡大は続く可能性の方が高いと見ています。

その理由はFRBの姿勢です。FRBは以前から、経済情勢を十分見きわめながら利上げしていく考えを示しており、今後もし米国景気に弱さが目立ったり海外経済が落ち込んだりすれば、利上げペースを遅くするでしょう。前述の懸念に十分配慮して利上げを急がないということです。

過去の日銀の2度の失敗がいい教訓に

この点で、過去の日銀の2度の失敗がいい教訓となります。1度目の失敗は2000年のゼロ金利解除です。1997~1998年の金融危機をうけて日銀は1999年にゼロ金利政策に踏み切りましたが、ITバブルで景気が回復したとして、2000年8月にゼロ金利を解除しました。しかし当時の日本経済はITバブルと言っても、不良債権問題を抱えデフレに突入するなど構造的な苦境に陥ったままで、とても利上げに耐えられる状態ではありませんでした。それにもかかわらず日銀は前のめりで突き進み、政府や多くのエコノミストの反対を押し切ってゼロ金利解除を決めたのでした。しかし同年の秋には景気後退がはっきりし、日銀は翌年に再びゼロ金利に戻し、さらに量的緩和を導入せざるを得なくなりました。

2度目は2006~2007年に量的緩和解除と利上げです。この時も景気が回復したとして、日銀は前年からその考えを表明するようになり、これも反対する政府に対抗するかのようにして決定しています。しかしその結果、株価は頭打ちから下落に転じ始め、その後のサブプライム危機とリーマン危機によって急落する前段となりました。

これら2度とも、日銀が利上げに向かってしゃにむに突き進んだような印象がありました。ゼロ金利や量的緩和という"異常な"金融政策から、一日でも早く正常な金融政策に戻したいという強い思いがあったからですが、景気の実態に即して金融政策を決めるというより、まるで利上げが自己目的化してしまったかのようでした。

しかし今のFRBには、そのような印象はあまり感じられません。もちろん金融政策の正常化という中央銀行としての"本能"はありますが、それも「要は景気次第」という姿勢は変わらないでしょう。そうであれば、利上げによる悪影響はそれほど大きなマイナス材料にはならないのではないかと思います。

要注意なのは欧州や中国、新興国などの経済悪化

むしろ要注意なのは、欧州や中国、新興国などの経済悪化で、それによって米国経済が変調をきたすリスクを意識しておいた方がいいかもしれません。これは世界経済全体にとっても大きな懸念材料です。

まず欧州ですが、2015年は年明け早々からギリシャ危機が再燃しました。1月の総選挙で緊縮反対を唱える急進左派連合が勝利し、新たに誕生したチプラス政権とEUとの金融支援の交渉は6月末の期限切れを前に暗礁に乗り上げました。チプラス政権は緊縮受け入れか否かを問う国民投票という奇策に打って出て(7月5日実施)、「緊縮NO」が多数を占めました。

ギリシャはユーロ離脱の瀬戸際まで突き進みましたが、意外にも突然、チプラス首相は緊縮受け入れを表明し世界中を驚かせました。EUもこれに応じ、ギリシャが財政改革を実行することを条件に、3年間で最大860億ユーロの金融支援を行うことでようやく合意に達しました。この時期の動きについては本連載で何度か書いた通りです(第13回第15回第32回第36回など)。

これによってギリシャ危機は一応鎮静化しましたが、実は年金改革などは具体的な詳細はまだ決まっておらず、財政改革の本格的な実施はこれからです。12月にギリシャに行ってきましたが、景気は回復の兆しは見えていません。2016年以降に改革の実施段階に入ると国民生活への影響が目に見える形で出てくるため、あらためて緊縮反対の声が強まる可能性もあります。ギリシャの前途は険しいと実感してきました。詳しくは、もう一つの連載「これがギリシャ危機のすべて」で年明けに紹介したいと思います。

欧州では1月と11月にはフランスでテロが起きたほか、シリア情勢の悪化によって大量の難民が欧州に流入し、欧州全体を揺るがしています。これらが欧州経済にとって重荷となり、2016年の景気は低迷が続く恐れがありそうです。2016年は難民問題などを通じて欧州統合のあり方も大きなテーマとなるでしょう。

欧州の景気低迷は中国経済減速の一因に

ところで、欧州の景気低迷は中国経済減速の一因にもなっています。少し意外に感じる人も多いかもしれませんが、中国にとってEUは最大の貿易相手なのです。そのため欧州の景気が悪くなると、その影響は中国にも及びます。2015年6月~8月に中国株が急落しましたが、ちょうどギリシャ危機が瀬戸際に立っていた時期と重なったところが象徴的でした。

2015年の上海株価総合指数

中国経済自体、バブルが崩壊して減速が顕著になっています。中国人民銀行は利下げを相次いで行いましたが、経済減速は一時的なものではなく構造的なものです。2016年も引き続き中国経済の動向には注意が必要でしょう。

原油安による"逆石油ショック"も要注意です。原油価格は2014年末~2015年3月頃に1バレル=40ドル台前半まで急落しました。その後は一時60ドル前後まで持ち直したため、このへんで落ち着くのかと思われましたが、夏以降は再び下落傾向となり、特に12月に入ってからは一時35ドルを割り込みました。

本来なら原油安は石油消費国にとってプラスのはずなのですが、実際には原油安による産油国や米石油産業に打撃というマイナス面が大きく、株価にも下落材料となっています。産油国への打撃はかなり大きいようで、最近は産油国の盟主であるサウジアラビアの金融資産減少や国内不安定化のリスクを指摘する報道も出始めています。こうした懸念がもし現実になれば、中東情勢の混迷やテロの拡散など地政学リスクのレベルは従来の比ではなくなります。

2016年の世界経済は引き続き懸念材料が目白押し

このように2016年の世界経済は引き続き懸念材料が目白押しで、それらの悪影響をいかに最小限で抑えられるかがカギとなるでしょう。その中で世界経済を支える主役は米国という構図は2015年と同じで、米国の踏ん張りに期待がかかります。

その米国では1月から大統領選の予備選がスタートし、11月までの長い選挙戦に突入します。共和党では過激な発言を繰り返すドナルド・トランプ氏がトップを走っており、同氏の動向が大統領選の行方を左右しそうな情勢です。米国経済や世界情勢への影響を注意深く見守る1年にもなりそうです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。