フランス・パリで起きた同時テロは世界に大きな衝撃を与えました。私は2001年の米国同時多発テロ(9.11)を間近で経験しただけに、今回の事件には心が痛みます。
経済的な影響という点では、低迷が続く欧州経済にとって追い討ちとなる可能性がありそうです。
フランスの観光業に打撃、非常事態宣言で消費も低迷し長期化する恐れ
まず観光への影響です。テロ直後にはルーブル美術館やエッフェル塔などパリの観光名所が一斉に閉鎖され、ホテルなどのキャンセルが相次いだと伝えられています。たまたまテロ事件の直後にJTB関係者から聞いたところでは、テロ翌日の14日に成田を出発する予定だった同社主催のフランス行きツアーが当日の出発直前に中止されたそうです。年末年始のツアーのキャンセルも相次いでいるとのころでした。
今年1月にパリで起きた新聞社銃撃テロの時も一時的に観光への影響がありましたが、今回の衝撃度はより大きいものがあります。フランスは言うまでもなく世界一の観光大国。日本を訪れる外国人数が今年は2000万人近くになりそうだとニュースになっていますが、フランスを訪れる外国人は年間8000万人以上にも達しており、同国の観光業はGDPの約9%も占めるほどの基幹産業です。テロの脅威が今後も続くとすれば、ただでさえ停滞気味のフランス経済にとって打撃は少なくありません。
影響は観光だけにとどまりません。フランス政府は非常事態宣言を発令し、3カ月の延長を検討しているほか、国民の外出を自粛するよう呼びかけています。このような状況では消費が全般的に低迷し長期化する恐れがあります。
国境管理の強化に動く欧州各国、人とモノの移動に制限
テロの影響は欧州全体に広がっています。欧州各国は国境管理の強化に動いており、空港での手荷物検査や出入国審査を厳しくしています。これは人とモノの移動を制限することになるわけで、経済活動の抑制につながります。個人消費も冷え込む恐れがあります。
欧州の景気は今回のテロ以前からすでに低迷が続いています。ユーロ圏の7-9月期実質GDP(国内総生産)は前期比0.3%増と、4-6月期の0.4%増より鈍化し低空飛行が続いていますし、消費者物価指数は9月は前年同月比0.1%下落、10月はゼロと低調で、デフレ懸念が根強い状態です。
これは、今年夏のギリシャ危機再燃、欧州と経済関係の深い中国の景気減速の影響などに加えて、VW(フォルクスワーゲン)問題、さらには難民問題などが重なったことが背景で、これに対応してECB(欧州中央銀行)は今年1月に初めて量的金融緩和を導入したのに続いて、12月にも追加緩和に踏み切ることを検討しています。今回のテロはそのような経済状況の下で起きたもので、12月の追加緩和決定の確率は一段と高まったと言えるでしょう。
今回のテロに対して株価は比較的冷静な反応、「テロに屈しない」とのメッセージ
ただその一方で、今回のテロに対して株価が比較的冷静な反応を見せていることが印象的です。フランスの代表的な株価指数であるCAC40はテロ事件後の週明け16日は3ポイント安と小幅下落にとどまり、その後は上昇、20日までの1週間で2%余りの上昇となりました。これは世界的な傾向です。米国のNYダウも事件後の1週間で3.3%上昇、日経平均株価は20日までの4日連続で上昇値、2万円の大台回復に迫っています。
これはECBの金融緩和観測が強まっていることが最大の要因ですが、あえて言えば株式市場が「テロに屈しない」とのメッセージを発信していると見ることもできそうです。
この株価の動きを見ていて、2001年の9.11を思い出しました。あのワールドトレードセンタービルとその近くのウォール街には多くの金融機関が集中しており、ニューヨーク証券取引所も同ビルの近くにありました。そのため取引所に立ち入ることができなくなり、多くの金融機関の機能がストップしたため、証券取引所も休業せざるを得ない状態となりました。当初は休業が長引くと見られていたのですが、取引所は突貫で復旧作業を進めた結果、3営業日の休業だけで、土日をはさんだ週明けの9月17日から取引を再開したのでした。そこには「一日でも早く取引を再開することがテロと戦うことになる」との強い思いがありました。
当時、私はテレビ東京の現地法人の責任者をつとめ、日本時間の毎朝の経済ニュース番組をNYから中継で放送していました。その番組には米国人や日本人の市場関係者に出演してもらっていましたが、彼らのオフィスはあのビルや隣接するビルにあり、数多くの同僚や知人が亡くなったり行方不明になっていました。とても出演を依頼できるような状態ではありませんでした。しかしそんな中であるエコノミストが「番組に出ます」との電話をかけてきてくれました。こちらが「無理なさらなくていいですよ」と言うと「いや、ここで番組に出演し続けることが大事なんです」ときっぱりおっしゃったのです。私は電話口で思わずぐっと来てしまいました。
個人的なことを書いてしまいましたが、株価(NYダウ)は取引再開直後の数日間は大幅下落したものの、その後は急速に回復していきました。約2か月後の11月にはテロ直前の水準を上回り、翌年3月まで上昇が続きました。まさに株価がテロに屈しないとの強い意思を示したと言えるような展開でした。
今回も、フランス国民はテロに屈しないという態度を示しています。報道によりますと、ネットなどで「オープンカフェに行こう」「町に出よう」などの呼びかけが行われているそうです。このような草の根のテロとの戦いが広がっていくことは、経済の面でも下支えになるかもしれません。
地政学リスクは一段と広がり長期化、EUの理念である「移動の自由」揺るがす
もっとも、そうは言ってもテロの脅威に立ち向かうことは簡単なことではないでしょう。今や欧州ではどこでテロが起きるかわからないという不安が広がっているのも事実です。そのような状態が長引けば経済にもじわじわと影響が出てくる可能性は否定できません。こうしたことを「地政学リスク」と呼びます。これについては本連載の第11回(1月20日付け『フランスのテロ事件、経済への影響は? - 世界を揺るがす「地政学リスク」』)で書きましたが、地政学リスクは一段と広がり長期化しており、これまで以上に注意が必要です。
さらに今回のテロは、EU統合の理念である「域内の移動の自由」を根底から揺るがす事態を引き起こしています。テロの実行犯がシリアからの難民に紛れてギリシャ経由でフランスに入国していたこと、ベルギーが拠点になっていたことなど、衝撃の事実が次々と明らかになっています。そのため各国が国境管理を強化することは当面の措置としてはやむを得ないと思いますが、それがEU統合の基本路線そのものの見直しにつながる可能性もないとは言えません。また難民受け入れ反対や移民排斥を主張する声が強まり、極右勢力の活動が活発化することも予想されます。
これらの動きは欧州の統合とは逆に分断を深めることにつながり、長期的には欧州の経済発展にマイナスの影響をもたらすことになるでしょう。
その一方で、欧州各国はテロとの戦いで連携し、テロの根を断つためIS(イスラム国)への空爆を強化しています。その意味ではテロによって欧州の連携を強めるという要素もあります。欧州統合という高邁な理念と厳しい現実のはざまで、欧州の試練はしばらく続きそうです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。