連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
日本人のノーベル賞受賞、日本は半ば常連国に
今年のノーベル賞は2日連続で日本人が受賞し、この快挙に日本中が沸き立ちました。日本人のノーベル賞受賞は2年連続で、日本の科学の水準の高さを示すものとして元気を与えてくれる出来事です。
日本人のノーベル賞受賞は通算で24人目(米国籍取得者を含む)で、このうち自然科学3部門(物理学賞、化学賞、生理学・医学賞)は21人となりました。特に2000年以降の受賞が16人を占めており、日本は半ば常連国になった感があります。これは米国には及ばないものの、かつての常連国、イギリス、フランス、ドイツを抜いて、世界2位に躍進しています。
経済低迷の中にあっても基礎研究の力は実は強さを保っていた
日本は昔から「応用技術や加工技術は得意だが基礎研究は弱い」とよく言われてきました。しかし最近のこの傾向を見ると、その言葉はもう当てはまらなくなっている気がします。
日本経済は90年代以降に経済低迷が続き、国際競争力も低下してきました。その中で日本人は自信を失いがちでした。しかし最近の相次ぐノーベル賞受賞は、そのような経済低迷の中にあっても基礎研究の力は低迷していなかったどころか、実は強さを保っていたことを示しています。これが底力と言ってもいいでしょう。
基礎研究は経済の国際競争力を支える重要な要素です。ここ2~3年はアベノミクスによって景気が回復してきましたが、そのようなタイミングでノーベル賞の受賞が続いていることは、我々日本人が自信を取り戻すことにつながり、それがまた経済活性化にもいい影響を与えることも期待されます。
また昨年はSTAP細胞問題が起きて、日本の科学界に対する信頼が揺らぐという出来事があったばかりですので、今回のノーベル賞受賞はそうしたモヤモヤ感を払しょくし、あらためて日本の科学への信頼を高めることにもなるでしょう。
大村氏と梶田氏の研究、ともに伝統的に日本が得意としてきた分野
今回のノーベル賞受賞にはいくつかの特徴があります。その一つは、生理学・医学賞を受賞した北里大学の大村智特別栄誉教授の研究と、物理学賞を受賞した東京大学宇宙線研究所の梶田隆章所長の研究はともに伝統的に日本が得意としてきた研究分野だという点で共通していることです。大村氏の研究の場だった北里大学は、「日本の細菌学の父」と呼ばれる北里柴三郎博士が設立した北里研究所が母体であり、今日に至るまで細菌学と感染症研究の伝統を受け継いでいます。
また梶田氏のニュートリノ研究は、同氏の師である小柴昌俊東大特別栄誉教授が2002年にノーベル賞を受賞した研究をさらに発展させたもので、同じ素粒子物理学の分野では日本人初の受賞者となった湯川秀樹博士(1949年)以来、7人目の受賞です。このように日本の素粒子物理学研究は世界トップクラスの水準にあり、そのような強みを継承しているのです。
このことは、何事も新しい最新の分野にテーマに挑戦することも大事ですが、もともと持っている強みをさらに磨くことの重要性を教えてくれたように思います。
大村氏の受賞、初めて日本の私立大学の研究者が受賞
第2の特徴は、日本のノーベル賞受賞者では初めて日本の私立大学の研究者が受賞したことです。これまでノーベル賞受賞者と言えば、東京大学、京都大学など国立大学、特に旧帝大の出身者や研究者がほとんどでした。これは国からの研究費の配分が国立大学の方が多いなど研究面での環境が恵まれていることが一因だと指摘されています。その意味では今回の大村氏の受賞は私立大学にとって快挙だと言えます。
また大村氏の出身大学は山梨大学です。国立ではありますが地方の大学で、しかも大学卒業後は定時制工業高校の教師となり、働きながら大学院に入ったという苦労人です。このような経歴の人がノ-ベル賞を受賞したことは、基礎研究の地平を広げたと言え、若い人たちに勇気を与えてくれるでしょう。
ノーベル賞受賞を手放しで喜んでばかりもいられないワケ
ただそうは言っても、ノーベル賞受賞を手放しで喜んでばかりもいられません。
さきほど日本の国際競争力について触れましたが、世界経済フォーラムが毎年発表している「国際競争力ランキング」というのがあります。これはイノベーションやインフラ、教育、財政赤字、効率などさまざまな項目で各国経済を評価し総合得点で順位を付けているもので、それによると2015年の日本は6位でした。
これは前年と同じでした。2012年の10位から、2013年9位、2014年6位と、景気回復を反映して順位は上昇傾向にあります。しかし、評価基準が違うとはいえ1980年代後半から90年代前半には1位だったこともありますから、それから考えれば6位というのは物足りないところです。
一方、今年のノーベル生理学・医学賞では大村氏とともに中国の研究者が受賞しました。中国人の自然科学部門での受賞は初めてです。これから中国人の受賞が増えてくるのかどうかは分かりませんが、気になるところです。中国の製造業が成長を遂げたように、基礎研究の水準もレベルアップしていることの反映でしょうか。
ただノーベル賞の多くは基本的には過去の業績に対してのものです。今後の科学の発展を約束しているわけではありません。日本としても中国に追いつかれないように、というより日本経済が持続的に成長し国際競争力を取り戻すためには、官民学が協力して基礎研究力を一段と強化することが重要なのです。アベノミクスの成長戦略も「イノベーション」を重要な柱に据えています。短期的な成果を目的にするのではなく、長期的な視点に立って今後の取り組みを強化することが必要です。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。