連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


VWの排ガス不正問題、組織ぐるみの疑いが一段と強まる

フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題の波紋がなおも広がりを見せています。焦点の一つはVWが不正に手を染めるようになった原因と背景の究明ですが、先週から今週にかけてさまざまな続報が相次いでいます。

各種報道を総合すると、排ガスを操作する違法ソフトは2008年頃から搭載し始めており、複数の幹部がそれを認識していたなど組織ぐるみの疑いが一段と強まっています。これがトップまたは上層部からの指示なのかははっきりしませんが、あるいは上司が具体的な言葉で指示しなくても、技術者が強いプレッシャーを感じて不正ソフトを使い始めたということも考えられます。エンジンの開発・製造には数多くの技術者が携わることや不正ソフト搭載の規模が大きいことを考えれば、社内でかなりの人数、そしてかなりの上層部が不正にかかわっていたか、または知っていたと見る方が自然でしょう。

東芝の不正会計問題と似た構図

このように考えていると、東芝の不正会計問題と構図が似ている気がしてきました。不正の内容は全く異なりますが、東芝の第3者委員会の調査報告によりますと、歴代社長や会長など経営トップが各事業部門の責任者に対し高い目標を課して利益を上げるよう強い調子で要求し、目標に達しない旨の報告を上げると突き返すといったことが長年にわたって繰り返されていました。このため各事業部門の責任者は利益を水増しするようになったというものでした。ひょっとするとVWの技術者もそのような立場に追い込まれていたのかもしれません。

東芝の歴代トップは「自分が利益水増しを指示したことはない」と否定しましたが、具体的に指示しなくとも、部下をそのような状態に追い込み会社全体を不正の道に走らせたことは間違いないわけです。社内では不正会計を多くの幹部が認識していながら、それをトップに指摘したり改善を進言する人はほとんどいなかったそうで、上司に逆らえないという企業風土があったと言われています。VWにもそのような企業風土があったかどうかは定かではありませんが、不正に多くの人がかかわっていた可能性や何年間にもわたって行われたことを見ると、結果としては共通する問題点があったように感じます。

数多くの企業不祥事、いくつかのパターンに

これまでも国内外で数多くの企業不祥事がありましたが、それらを総合するといくつかのパターンに分けることができます。

同じ自動車業界では米国のGM(ゼネラル・モーターズ)が昨年、大量のリコールに追い込まれました。エンジン点火装置の欠陥があったにもかかわらず10年以上も放置し、その間に124件の死亡事故が起きていました。昨年になってようやくリコールを開始し、その台数は3000万台に達しました。今年9月、米司法省に9億ドルの和解金、集団訴訟で5億7500万ドルの和解金を支払うことで合意したばかりです。

この問題はGMの経営を揺るがしかねない不祥事でしたが、エンジン点火装置の欠陥自体は意図的なものではなく、問題だったのは10年以上も放置していたことでした。実は不祥事で多いのがこのパターンです。不祥事を認識しながら解決を先送りにしたり黙認して事態を深刻化させたケースは少なくありません。VWの場合は「東芝型」だったのか「GM型」だったのかの見きわめは、もう少し事実関係の調査を待たなければなりませんが、不祥事のパターンとしては一つの典型例と言えそうです。

「オリンパス型」あるいは「エンロン、ワールドコム型」の不正か

もう一つの可能性として、VWの辞任した前CEOなど経営トップ自ら何らかの不正の指示をしたか隠ぺいなどを指示していたとすれば、それは「オリンパス型」あるいは「エンロン、ワールドコム型」の不正ということになります。

オリンパスの損失隠しは覚えている人も多いかと思いますが、90年代の財テク失敗で抱えた1000億円の損失を隠すため粉飾決算を長年続けていたというものです。元社長が一部の役員などに指示して行っていたことが明らかになり、元社長など7人が逮捕・起訴される事件となりました。

このケースはトップ自らが積極的に不正を行うという、企業不祥事としては最も悪質なものでした。元社長は数人の幹部に指示し、彼らの間だけで秘密を共有するという構図で、2001年に就任した英国人社長が会計の不透明さを指摘して逆に解任され、それがきっかけで明るみに出たものでした。

トップ自ら主導して起きた不祥事には、国内ではかつて廃業に追い込まれた山一證券の損失隠し、カネボウの粉飾決算などがありますが、世界的に最もインパクトのあったのが米国のエネルギー・IT複合企業のエンロン、大手通信会社のワールドコムの粉飾決算があります。

エンロンは2001年、ワールドコムは2002年に、相次いで粉飾決算が明るみに出た事件です。両社とも急成長を遂げた全米屈指の巨大企業で、粉飾規模もケタはずれでした。結局、両社とも経営破綻に追い込まれましたが、まずエンロンが当時としては史上最大の負債総額で倒産、翌年にワールドコムがその記録を塗り替えるという大ニュースでした。その後、2008年にリーマンが破たんするまでは米国史上最大の経営破綻となっていたと言えば、その衝撃の大きさをわかっていただけると思います。

当時、私はテレビ東京の転勤でニューヨークに駐在していましたので、この両社の事件は強烈でした。当時の米国はちょうど2001年の9.11同時多発テロの直後で、その衝撃さめやらぬ時期で、景気が急速に落ち込んでいた時でしたので、両社の粉飾と倒産は米国経済の冷え込みに拍車をかける結果となりました。

しかし両事件がきっかけとなって米国で企業統治(コーポレートガバナンス)を確立するための企業改革法が成立し、その影響で日本でも企業統治が重視されるようになったといういきさつがあるのです。その結果、米国も日本も欧州も先進国では制度の仕組みとしてはかなりしっかりしたものができていると言ってもいいでしょう。

企業不祥事はなくならないのが現実

しかし残念ながら、それでも企業不祥事はなくならないのが現実です。粉飾決算や不正会計と排ガス不正などとでは具体的な内容は異なりますが、根本的には企業経営者の姿勢、あるいは企業風土や意識の改革が重要だという点では共通しています。

VWは財務的には経営危機に陥る恐れは少ないと言われていますので、第二のエンロン、ワールドコムになる可能性は少ないでしょうが、早くも影響は現れています。 VWは9月の米国での新車販売台数が前年同月比0.6%増にとどまりました。米国ではもともとシェアが少ないのですが、市場全体では15.8%増で各社が二ケタの伸びとなったのと比べると、不振が際立っています。ドイツでも3.8%増と増加したものの、市場全体の平均伸び率を下回っています。

9月の米新車販売台数

ただ今回の問題はVWだけにとどまりません。この連載の前号で指摘したように、まず排ガス試験のあり方を抜本的に見直す必要があります。さらに、あえて言うなら自動車業界ではこれまでもさまざまな問題が起きています。GMは前述の通りですが、そのほかにも日本の部品メーカー、タカタのエアバッグのリコール問題、韓国の現代自動車が燃費の数値を誇大表示などが挙げられます(トヨタの米国でのリコール問題は、問題視された事例のほとんどが"濡れ衣"だったことが後になって明らかとなっています)。

自動車業界としても再発防止策など重い課題を背負うことになりますが、その基本は企業統治(コーポレートガバナンス)の確立です。それも形ではなく、経営者の断固とした姿勢と企業内部の意識改革など中身で。一般的に、米国では不祥事に対するメディアの論調は日本より厳しい印象で、今回の件でも「Scandal」と言う言葉を使っています。米国には集団訴訟の制度もありますので、それだけ企業はコーポレートガバナンスに真剣に取り組むことがより必要になっています。

企業が社会の信頼を得ることは健全な資本主義経済の発展に不可欠です。あらゆる業界や企業はVWの問題を他山の石とすべきだということを強調しておきたいと思います。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。