連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
3月の日銀短観、企業の景況感は横ばいにとどまる意外な結果
日銀が先週発表した3月の日銀短観(全国企業短期経済観測調査)で、企業の景況感は横ばいにとどまるという意外な結果となりました。最近は景気回復の動きが強まっているにもかかわらず、企業は昨年12月の前回調査時点から「景気は変わらない」と感じていることになります。日経平均株価も3月下旬に2万円目前で失速してしまいました。果たして景気は大丈夫なのでしょうか。
今回の日銀短観では、企業の景況感を示す業況判断指数(DI)が大企業・製造業でプラス12となり、前回の2014年12月調査と同じ水準でした。DIは、景気が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を差し引いた値で、この数字が大きいほど全体的な景況感が良いことを表します。
調査は全国の企業1万1000社余りを対象に、さまざまな項目でアンケート調査してまとめているもので、サンプル数が多いこと、調査から発表までの期間が短いこと、調査項目が多岐にわたっていることなどから、景気の動きを敏感に反映する信頼性の高いデータとして注目度のきわめて高い指標です。実際、過去の日銀短観のDIの推移と景気変動を重ねるとぴったり一致します。
今回のDIについて市場では「上昇する」との予測が大半でした。それが「横ばい」だったため、市場には失望感が広がりました。日経平均株価はすでに3月下旬に1万9200円台まで下落していましたが、発表日の4月1日には一時1万9000円を割る場面があったほどです。
今回の結果はDIが悪化したわけではありませんし、水準も一定の高さを保っていますので、決して悲観するほどの内容ではないのですが、「横ばい」という点が問題だったわけです。特に意外だったのは、業種別で自動車のDIがプラス15と横ばいにとどまったことです。自動車は明らかに業績が回復していますが、企業の判断はかなり慎重なことが浮き彫りになりました。同じく電気機械もプラス11で横ばい、生産用機械は1ポイント低下するなど、輸出産業の中心的な業種が軒並み慎重な判断でした。
同調査では3カ月先の見通しも聞いていますが、こちらは現状の判断よりさらに慎重です。大企業・製造業の先行きDIはプラス10と、2ポイント悪化する見通しで、中でも自動車は9ポイントも悪化と、これまた意外な見通しでした。
企業はなぜ慎重なのか!? - 3つの要因
企業はなぜこんなに慎重なのでしょうか。その理由として主に3つの要因が考えられます。
第1に、円安の進行が止まっていることです。やはり日本の製造業は輸出の動向が業績に大きく影響しますので、「いつ何時、円高に戻ってしまうか」との不安を捨てきれないのです。現実に、対ユーロではすでに一時期に比べて円高に振れています。その一方で、これまでの円安によって原材料コストが上昇して収益を圧迫している業種もあります。全体として為替の動向に神経質になっているのが現実です。
第2は海外経済への不安です。国内はこのところ景気回復の動きが強まっているとはいえ、海外に目を向ければ中国の景気減速や欧州の景気低迷、そのうえ中東情勢やテロなど地政学リスクが絶えません。好調な米国も早ければ今年半ばごろの利上げが予想されており、それが景気を冷やすとの懸念がつきまといます。
第3は、国内の消費回復が遅れていることです。最近は急増する訪日外国人による消費が話題になっていますが、それを除くと消費の回復はまだ十分ではありません。今回の短観では非製造業の小売りや対個人サービスなどの景況感は大幅に上昇しましたが、それが製造業にまではあまり及んでいないのが現実です。
景気の改善に"マインド"が追いついていっていない
このように企業の慎重姿勢が目立つわけですが、しかし実際には輸出は持ち直していますし、原油価格の下落で恩恵があるはずです。賃上げも相次いでおり、消費も緩やかとはいえ回復の動きが出てきています。さまざまなデータで見れば景気は着実に改善しているはずなのですが、マインドがそれに追いついていっていないのです。
これには、もっと根の深いものがあるのかもしれません。日本企業は長年のデフレと円高、経済低迷の中で苦しんできました。そのため景気が少し良くなった程度では確信が持てないのでしょう。設備投資がなかなか増えないものも、そうしたマインドの反映です。物事を過度に悲観的に見てしまう、あるいは悲観的な材料に過度に敏感になるクセとでも言いましょうか、そのような思考回路が身についてしまっているような気がします。逆に言えば、楽観的な材料になかなか確信が持てないのです。
実はこれは企業だけでなく、個人も同じです。消費増税後に消費低迷が長引いているのはその表れでしょう。株式市場でも3月下旬、それほど目立ったマイナス材料が飛び出したわけでもないのに急落しました。その相場展開を見ていると、多くの投資家も先行きの株価上昇にまだ確信を持てないでいることがうかがえます。
こうしたことこそが、「デフレ・マインド」からまだ抜け出していないことを表していると言えます。そのため、ちょっとしたきっかけでデフレ・マインドに逆戻りしてしまう可能性があり、その場合はせっかく好転しつつある実体経済もまた逆戻りしてしまいかねません。そうなる可能性は少ないとは思っていますが、それでも日本経済が本当に立ち直るにはマインドの転換がカギとなることは確かでしょう。そのためには、さらなる政策の後押しも必要となりそうです。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。