バイク初心者が苦手とする操作のひとつが「半クラ」、いわゆる「半クラッチ」です。現在のクルマはほとんどAT化しており、変速機構付の自転車にもクラッチはないので、若い人にしてみれば難しくて特殊な操作技術に思えるはずです。

発進時に行う半クラッチは微妙なレバー操作が必要で、失敗するとエンストします。乗っているうちに慣れていくものですが、クラッチのしくみや操作のコツを理解すれば上達も早く、ライディングが楽しくなります。今回は前後編の2回に分けてバイクのクラッチや変速システム、半クラッチ操作の上達方法について解説します。

■バイクの「クラッチ」のしくみ

現在、大半のバイクはガソリンエンジンで動いています。燃料と空気の混合気を爆発させてクランクを回し、この駆動力を後輪に伝えて走っているわけですが、ただつなげただけではエンジン始動と同時に車体が動き出し、停止した途端にエンストしてしまいます。そのため、駆動力の遮断と接続をコントロールする「クラッチ」が装備されています。MT(マニュアルトランスミッション)のバイクでは、これをライダーが手動で操作します。

一般的なバイクのクラッチはエンジン右後部にある丸いカバー内に装備されています。この中には摩擦材や金属でできた複数のクラッチ板(フリクション/クラッチプレート)が重なり、クランクシャフトと変速機(トランスミッション)につながっています。左のハンドルにあるクラッチレバーを握ると、このクラッチ板の隙間が広がって駆動力が遮断され、離すと接続するというしくみです。

クラッチが駆動力の遮断と接続を行うといっても、電気スイッチのように「オン」と「オフ」だけでは、エンストやタイヤのスリップを誘発します。そのため、ライダーはクラッチレバーの握り具合を調整してクラッチ板を滑らせ、スムーズに駆動を伝達させる必要があります。ライダーならご存じの通り、これが「半クラッチ」と呼ばれる操作です。

なお、市販車のクラッチはエンジン内でオイルに浸っている「湿式多板」タイプが主流です。レース用や一部のスポーツバイクではクラッチ板が外にむき出しになった「乾式多板」を採用したモデルもありましたが、一般道で多用する半クラッチの操作には向いておらず、クラッチ板の振動による騒音や耐久性といった問題もあるため、現在はほとんど採用されていません。

  • 複数の板で構成されるバイクのクラッチ

■どこからどこまでが「半クラッチ」?

クラッチレバーを握っていくと、駆動力が滑り出す半クラッチの状態になりますが、半クラッチの範囲内ならレバーがどの位置でも一定に滑るわけではありません。レバーの握りが少なければ滑りは小さく、多ければ大きく滑るといったように、握り具合によって駆動力の伝わり具合が変動します。

半クラッチでエンストする原因は、<レバーの緩め方が早すぎる>、<レバーの握り込みが足りない>、<エンジン回転数が低すぎる>などが原因です。逆に『エンジン音がうるさいだけで前に進まない』のは、<握り込みが多すぎる>、<スロットルを必要以上に開けている>。といったことが考えられます。

半クラッチの範囲はレバー先端で数センチほどですが、レバーの握り具合によってリニアに変わってきます。これが初心者には難しく、エンストを恐れるあまりにエンジンをブン回し、半クラッチも長く使った発進を繰り返しているとクラッチ板を痛めてしまいます。

具体的な半クラッチの練習方法は次回の「後編」で解説しますが、このように「半クラッチ」といっても、レバーの微妙な握り具合で滑り方が違ってくることや、エンジン回転数も低く、半クラッチの時間も少ないのが上手な発進だということを覚えておいてください。

  • クラッチレバーの位置とクラッチ板の開き具合

■何が違う? ワイヤー式と油圧式

クラッチ操作は左のハンドルにあるレバーで行いますが、レバーからエンジン内のクラッチまで操作を伝達する方法は「ワイヤー式」と「油圧式」の2種類があります。

古くからあるワイヤー式はシンプルで軽量ですが、バイクの排気量とパワーが上がってくると、クラッチ板を押し付けるスプリングも強くしなければなりませんでした。しかし、レバーも重くなってしまったため、ブレーキシステム同様に「パスカルの原理」を用いた油圧式が登場したというわけです。

油圧式は操作感が軽いほか、腐食によるワイヤーの破断・作動不良や、伸びによるレバー調整からも解放されますが、1~2年ごとの定期的なフルード交換や油圧システムのメンテナンスが必要になります。また、ワイヤー式は握り込んだ状態では反力が弱まるのに対し、油圧式は常に一定の反力が掛かるため、長い信号待ちなどでレバーを握って待つ場合は指が疲れやすくなります。

見た目は油圧式の方が高性能に思えるかもしれませんが、現在はクラッチ板やワイヤーなどの素材改良が進んだため、大排気量車のワイヤー式もずいぶん軽くなりました。ハンドル廻りが軽量になってステアリングの反応が早い、クラッチの操作感もダイレクトで修理しやすい、といった理由でワイヤー式を好むライダーも数多くいます。

  • 中・大型車に多い油圧式クラッチのしくみ

■シフトチェンジのためにもクラッチが必用

クラッチ操作は発進だけでなく、シフトチェンジの際も行います。シフトアップ時はスロットルオフと同時にクラッチレバーを握り、シフトペダルをかき上げたあと、スロットルを開けながらクラッチレバーも緩める……といったところですが、発進時よりは半クラッチの操作には気を使いません。

シフトダウンはスロットルオフとブレーキで速度とエンジン回転数が落ちたあとに行うように教わるはずです。ギアを落としてクラッチをつなげる際、少し半クラッチを使ってエンジンとミッションの回転を合わせますが、慣れてくるとクラッチをつなげる前にスロットルをあおってクランクとミッションの回転数を同調させ、半クラッチをほとんど使わないシフトダウンを覚える人もいます。

クラッチの滑りや変速ショックもなく、自分でも『上手にシフトチェンジができたな』と思う時もあるはずですが、実はバイクはクラッチを使わず、スロットルとシフトペダルの操作だけでも変速できる構造になっています。上手にできたと感じた時は、このタイミングが合っていたというわけです。

クラッチを使わない「ノークラッチシフト」のやり方は、まずチェンジ直前にシフトペダルに少し力をかけておきます。ペダルはロックが掛かったように動きませんが、シフトアップ時はスロットルオフ、シフトダウンの時はスロットルオンであおった際、エンジンとミッションの回転数が同調したタイミングで、ペダルはロックが外れたように動いてギアが変わります。

ただし、これはサーキットを走るレーサーや一部のベテランなどが使う技で、失敗するとギクシャクしたり、変速機にダメージを与えてしまいます。慣れないうちはセオリー通りにクラッチを使い、スロットルワークに集中してショックの少ない変速タイミングを覚えていくことをおすすめします。

■カブやスクーターにはクラッチがない?

「ホンダ・カブ」のようなビジネスバイクは変速用のシフトペダルがついていますが、クラッチレバーはありません。スクーターになるとギアチェンジすら不要です。これらはどうしてエンストせずに発進やシフトチェンジができるのでしょうか。

実はカブやスクーターにもクラッチはついています。「遠心クラッチ」と呼ばれるもので、エンジンが回転する遠心力を利用してクラッチの断続を自動で行うしくみです。スクーターでは同様に遠心力で可変するプーリーとドライブベルトも追加して無段式の変速を行っています。

これらの機構は小型バイク用に作られたため、重くてパワーのある中・大型のバイクには使えませんが、現在は既存の変速機構をベースにしたATミッションや、クラッチ操作をせずにシフト操作が可能なオートシフターも実用化されています。

ただし、カブやスクーターが実用性重視で作られたコミューターであるのに対し、一般的なバイクは趣味性が高く、多くのライダーはクラッチや変速の操作を面倒に感じるどころか、上手にできた時のフィーリングを楽しんでいます。バイクはまだまだ手動クラッチとMTミッションが主流という時代が続くのではないでしょうか。

  • スクーターに使われる自動遠心クラッチのしくみ