「同棲について書くなら、『ソラニン』は絶対読んでおいた方がいいよ!」この連載を始めて以来、文化系・サブカル系の男女からすごい勢いでオススメされるのが、浅野いにお氏の漫画『ソラニン』(1~2巻、2005~2006年、小学館)。学生時代から付き合っている同棲カップルの話ですが、読んでみると予想以上にツボで、年甲斐もなくボロボロ泣いてしまいました。今回はその『ソラニン』で描かれる「文化系男子との同棲」を取り上げます。
夢のあるフリーター男子がなぜかモテる理由
『ソラニン』1巻(2005年、小学館)(C)浅野いにお/小学館 |
『ソラニン』は2005~2006年 にかけて、小学館の『週刊ヤングサンデー』に掲載され、2010年に映画化もされたヒット作。主人公の種田と芽衣子は、それぞれ福岡と秋田からの上京組です。大学の軽音サークルで出会い、付き合って6年目、卒業して2年目。種田はギターが好きで、真面目だけど大人社会への反発を抱えた文化系男子です。大学卒業後はバイトをしつつ、趣味のバンドで成功する夢を諦めきれずにいます。一方の芽衣子は、つまらない会社員生活への不満を抱えながらOLを続けている。そんな2人は同棲して1年になります。
会社員生活に疲弊する芽衣子にとって、種田という恋人は「癒し」になっているように見えます。種田はフリーターだけど、ちょっとした才能と夢がある。種田にかぎらず、「小説を書いている」とか「音楽で大成したい」とか、夢のある文化系男子は一部の女子から非常にモテます。そんな男子と一緒に暮らす生活も、けっこう悪くないらしい。フリーターの彼は家事も平等に分担してくれるし、会社員生活のグチも聞いてくれる。平凡な私とは違う「才能」があるから輝いて見えるし、応援したくなるのです。
彼氏に夢を託してしまう、平凡な女の子
さて、芽衣子はある日突然、会社を辞めてしまいます。種田は驚きながらも、彼女の欲した「自由」を何とか受け入れる。でも、芽衣子は満たされません。自由は得たけれど、会社を辞めたら私には何も残らなかった。このまま種田と暮らしていくのも、多分楽しいけど、大事なことから目をそらし続けている気がする。そこで芽衣子は突然、種田に「バンドやってよ!」と「夢」を託してしまうのです。
『ソラニン』に限らず恋愛漫画では、男女のどちらかが「夢(と才能)がある」というパターンが多いもの。一方に才能があれば、もう片方がそれをうらやんだり応援したり、はたまた挫折したり。物語が様々に広がりやすいのですね。
種田はいきなり、「本気でバンドをやってよ」と言い出した芽衣子の思いを理解しようと、あれこれ悩みます(こういう姿も、優しい文化系男子の魅力かもしれません)。悩んだ末、種田はバンド活動に専念すると決意。バイトも辞め、サークル時代のメンバーとデモCDを作り、レコード会社から連絡を受けるのですが……。物語はここから大転換していきますが、それは読んでのお楽しみです。
同棲カップルにとって、東京は"モラトリアム特区"
種田や芽衣子のような若者にとって、東京は「親の干渉」や「閉塞的な人間関係」から解き放たれた"モラトリアム特区"です。フリーターでいようが会社をやめようが、誰も何も言いません。東京にいさえすれば毎日が何となく、田舎で暮らしているよりも特別な感じがする。夢を諦めきれない種田や、平凡な会社員生活に満足できない芽衣子は、そんな若者の象徴かもしれません。
彼らにとって、都会での生活は必須条件。連載の第1回で紹介した『NANA』、第2回で紹介した『同棲時代』『神田川』なども、「上京×同棲(同居)」が物語のベースでした。期待に胸を膨らませて都会へ出てきた者同士が惹かれ合い、何となく一緒に暮らし、色んな決断を先延ばしにしているのです。いつまでも夢を諦めきれない2人が同棲となると、そこには超絶な「モラトリアム感」が漂います。日本ではまだまだ「同棲のゴールは結婚(結婚を先延ばしにするのが同棲)」というイメージが強いので、夢を諦めきれない同棲カップルは"モラトリアムな若者の権化"のように見えるわけですね。
上京組の若者にとって、「自分は何か大きな可能性を秘めているのではないか」という期待は、なかなかしぶといもの。文化系の男女は特にその傾向が強い気がします。頭でっかちで、何かを発信したい。今はネットがあるので、表現の手段はたくさん用意されています。ただ彼らはそれなりに賢いので、「上には上がいる」ことも分かっている。でも発信し続けていれば、いつか誰かが自分をスターダムにのし上げてくれるのではないかという淡い期待も捨てきれない。
一部の若者にとって、東京は今でも「現実的な夢」を見せてくれる街です。多くの人は、そんな夢と現実のはざまで「安定」とか「やりがい」とか「守りたいもの」とか、色んなものを秤にかけながら、大人になっていく。そんな過程を描いた『ソラニン』は、大人になった私たちの何かを刺激してやまないのでした。
(C)浅野いにお/小学館
<著者プロフィール>
北条かや
1986年、石川県生まれ。同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修了。 会社員を経て、14年2月、星海社新書より『キャバ嬢の社会学』を刊行。
【Twitter】@kaya8823
【ブログ】コスプレで女やってますけど
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イラスト: 安海