ベッドを、買い替えました。いずれ結婚したいと考えている人であれば、この一言がどれくらい重いか、想像がつくでしょう。以前、この連載(※第26回)でも、「ベッドの買い替えに悩んでいる」と書いていますが、それ以前にも何度も買い替えを検討したことがあります。
「どうせそのうち結婚するんだから」「結婚相手が同じベッドで寝る派なのか、寝室は別派なのかわからないし」。そんな言葉が頭をよぎり、明らかに寝心地の良くないベッドに寝続けること早十年。
デスクワークメインの仕事をしていて、寝心地の悪いベッドは腰痛を加速させるおそれがあります。椅子とベッドは命の次に大切なものと言っても……過言かもしれませんが、それなりに重要なものであるはずです。なのに、いったいなぜ寝心地の悪いベッドに十年も寝続けるはめになってしまったのでしょうか。
「結婚したら無駄になるから」
私は25歳のとき、会社を辞めてフリーになりました。同時に引っ越しもしました。そのときに買ったのが、シングルのソファベッドでした。しばらくは寝心地も良かったですし、特に文句もありませんでした。しかし、ソファベッドというのは、こう、マットレスの折れる部分がへこんでくるんですよね。
最初に「買い替えたい」と思ったときは、こんなことを思いました。「今は6畳の狭い部屋に住んでいるから、セミダブルは買えない。でも、シングルベッドを買っちゃって、すぐ結婚とかすることになったら無駄になる」
当時はまだ、彼氏がいたりしてそれなりに結婚が身近な問題でもありましたし、二人で寝るのにシングルだと狭いということもあり、「セミダブルが欲しい、しかし、それを買うには部屋の広さが足りない」と思っていたわけです。ベッドより、部屋の広さが欲しかったんですね。
途中、ものすごくたくさん仕事をしていた時期がありました。今思えば、そのときには少々広い家に引っ越すお金はあったはずなのですが、私は全然引っ越しを考えませんでした。理由は「結婚するかもしれないから」。
そして、約二年前にやっと6畳より少し広い部屋に引っ越します。そこでやっと「念願のセミダブルのベッドに買い替えてもいいのではないか?」という考えが、ふたたび浮上してきたのです。
正直、引っ越した当初は「二年後の契約更新までに結婚して、この部屋を出て行く!」と息巻いてました。だから、買い替えは無意味なのだと自分に言い聞かせていました。 「どうせ結婚するから」。その言葉は、言い換えれば「一人の生活を充実させる必要なんかない。結婚してから、二人の生活を充実させるために、その分の労力やお金をとっておいたほうがいい」ということです。自分で書いていて笑ってしまいます。二人の生活なんか、カケラも見えてきやしないのに、十年も身体に悪そうなベッドで寝ていたなんて、笑いすぎて泣けてきそうです……。
今ではない「いつか」を求め続けて
「いつかこうなったら、こうしよう」。今現在、叶っていない望みについて考えるとき、私はいつもそう思っていました。けれど、「いつかこうなる」には、「こうする」という意志のもと行動しなければ、どうにもならないのです。
ベッドだって、買い替えようと思うからには、お金を用意し、どういうベッドが良いのか調べ、置くスペースがあるか考えて家具の配置を変えたりしなければいけません。たかがその程度のことですら、「いつかこうなったら、こうしよう」で先送りにしていたのが、今となっては悔やまれます。新しいベッドの寝心地は最高だからです。
五年くらい前でしょうか。私は、「彼氏ができたら、海外旅行しよう」という考えを捨てて、ひとりで海外旅行をしました。彼氏ができるのを待っていたら、海外なんか行けないかもしれないと思ったからです。ひとりで行った海外は、最高でした。勇気は要りましたが、目に映るすべてのものごとが新鮮で、なぜ今まで行かなかったのか、と思いました。
「いつかこうなったら、こうしよう」と、うすぼんやりと祈ることには何の意味もありません。夢見ることは自由ですが、その気になれば簡単に叶えられるようなことは、片っ端からその気になって叶えていったほうがいいと、私は今回のベッドの買い替えで、しみじみと思いました。
来るかどうかわからない「いつか」のために、今の楽しさや興味、快適さを犠牲にするなんて、ばかげています。もしも今、ベッドを買い替えたばかりなのに電撃的な出会いからたった一週間で結婚、みたいな流れになったとして、ふたたびベッドを買い替えなければいけないことを、私が悔いるでしょうか? そんな楽しい展開になったら、「またベッド買い替えなきゃいけなくてさ~」と愚痴のていを装いつつ、口元は微妙に笑っているはずです。
「いつか結婚したら、こうしよう」とばかり考えていると、いろんな楽しいことを「結婚するまで」我慢することになります。それまでの期間は、自分にとっていったい何なのでしょうか。
むしろ、結婚したらできにくくなることもあるのですから、今のうちに思いきりやっておいたほうがいいこともあるのでは? と思いますし、あまりにも結婚を軸に考えすぎて、私のように五年や十年、したいことを無駄に我慢してしまうこともあります。
「いつか結婚したら」と、結婚生活をイメージするのは、どのような結婚生活を自分が望んでいるのか知る上でも大切なことだと思います。でも、一人でも叶えられることを、「いつか結婚するまで」待つ必要はないと思います。そう、例えば快適なベッドで眠ることなどは。
<著者プロフィール>
雨宮まみ
ライター。いわゆる男性向けエロ本の編集を経て、フリーのライターに。その「ちょっと普通じゃない曲がりくねった女道」を書いた自伝エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を昨年上梓。恋愛や女であることと素直に向き合えない「女子の自意識」をテーマに『音楽と人』『POPEYE』などで連載中。
イラスト: 野出木彩