深夜のおしゃれカフェで、独身の女同士で甘いものを食べたりしていると、ほぼ口ぐせのようにこの言葉が出てくることがあります。

「結婚したい……」

長年交際していた彼氏と別れた直後だとか、何年も婚活しているのに成果がないとか、そういう状況であれば、この「結婚したい」という言葉もそれなりに切実なものだと思えます。

そういう状況でなくとも、独り身生活が長くなるにつれ、いやでも孤独感に苛まれることはあるもので、そういう場合に心の底から大きなため息をつくような感覚で「結婚したい」と言っている場合も、やはり切実だと言えるでしょう。

しかし、そういうわけでもなく、なんとなく気軽に「結婚したい」と言ってしまっている場合も、あるような気がするのです。

独身者と既婚者の間の壁

この「結婚したい」という言葉を、結婚している人はどのように聞いているのか、私はふと考えることがあります。

心の底から「結婚したい」と言っている場合には、「自分にもそう思った独身時代があった」とか、「本当に独身の寂しさが身に沁みるときってあるよね」と共感してくれたり、我が身に引き寄せて考えた上で「自分はこういうきっかけで結婚したから、何が起こるかわからないんだし、大丈夫だよ」と励ましてくれたり、「どういう人が好きなの?」と、誰か相手を紹介しようとしてくれたり、こちらの「出会いがなくて」とか「どうしたら男性とうまく接することができるのかわからない」などの悩みに、親身になって答えてくれたりする、心優しい既婚の友人が私の周りには多いです。

そういうことを考えると、半ば自虐ギャグぐらいの軽いノリで「結婚したい」と言うのは、どうなんだろう……という気持ちが胸に去来するのです。結婚した人にとって、結婚はゴールでも何でもありません。日常です。しかも、絶え間ない努力によって継続させている日常です。

一人の他人と一緒に暮らして、なにもかも最初からうまくいくなんてこと、あるはずがないのは独身の私にも容易に想像ができます。飲んだジュースのペットボトルを捨てる前に水ですすぐかすすがないかとか、電気をつけっぱなしにするかしないかとか、細かいことでイライラすることも山ほどあるでしょうし、もっと大きな問題、例えば妊娠、出産や転職、どこに住むかなどの問題で衝突することもあるでしょう。

まだまだ女性の側に、育児や家事の負担が多くのしかかりがちな世の中ですから、その負担に悲鳴をあげたい人だって、たくさんいるはずです。思うように仕事ができない悩みもあるでしょうし、専業主婦でも、やってもやってもまたやらなければいけない家事の無間地獄にぐったりすることもあるでしょう。

そんな人が、家事なんてやらなくても困るのは自分だけ、深夜のおしゃれカフェで甘いものを気ままに食べてるような独身女が、結婚に対する憧れだけで現実を見据えずに言う「結婚したい」という言葉を聞いたら……。私が既婚者であれば「覚悟もないのに、何言ってんだ」とあきれてしまいそうな気がします。

独身女が既婚女性のグチに対し、「でも、結婚してるんだからいいじゃん! 私なんて、支えてくれる男もいないんだから……」と、ひがみっぽいことを考えてしまうことがあるように、既婚女性も独身女が軽々しく吐く「結婚願望」に対し、もしかすると「わかってないな……」とあきれていることもあるんじゃないか、と思うのです。

<著者プロフィール>
雨宮まみ
ライター。いわゆる男性向けエロ本の編集を経て、フリーのライターに。その「ちょっと普通じゃない曲がりくねった女道」を書いた自伝エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を昨年上梓。恋愛や女であることと素直に向き合えない「女子の自意識」をテーマに『音楽と人』『POPEYE』などで連載中。

イラスト: 野出木彩