なんでも屋の職人監督が遂に放った渾身の一作!
今回の1本目は『世界最速のインディアン』。この作品のロジャー・ドナルドソン監督は、僕にとって謎の存在でした。青春物の『カクテル』(1988)に火山噴火映画『ダンテズ・ピーク』(1997)、政治劇『13デイズ』(2000)と、ノンジャンルの仕事ぶり。いわゆる職人監督なんですが、それにしても毎度、つまらなくはないけど、さほどの面白さもなく、この人、結局、何がやりたいんだ、と。しかし、今回の新作はいきなりの大傑作だったのです!
舞台は1960年代のニュージーランド。当時でも年代物といわれた1920年型のバイク「インディアン」(最高時速90キロ)を改造し、アメリカ・ソルトレークのレースで300キロのスピード記録に挑んだバート・マンローなるオッサン(当時62歳)の実話です。とにかく独自の理屈でバイクを黙々と改造するオッサン熱中人の姿が強烈。家族はおらず、いまや友人は隣家の男の子だけ、といった彼がアメリカを目指す過程における道中記がこの映画の本筋です。バートを演じるのはレクター博士ことアンソニー・ホプキンス。今回は狂人ならぬ愛すべき変人を見事に演じてます。ヴェトナム戦争など世相を反映させた一幕があったり、旅で知り合う人々との挿話は光7:影3くらいの配分で味わい深く、しかも大迫力のレースをクライマックスに置きながら、サッと静かな場面に転換して映画を畳むラストの呼吸も見事! いや、本当に傑作です。
今回は脚本もドナルドソン監督! 気になって調べてみたら、ニュージーランド出身のドナルドソン監督は、34年前にこのオッサンのドキュメンタリーを作っていて、実はこの映画はその時からの企画とか。本当にやりたかったのはこれだったんですね。
世界最速のインディアン |
壮年女性の魂の再生を描く話題の原作の映画化、ラストの意外なお遊びにも注目!
気が付けば、今月2本目のオススメ『魂萌え!』も壮年モノです。定年後、しばらくして夫が急死。ところが葬儀後、夫の携帯電話が鳴り、出てみたら相手は夫の愛人!? かくして、60歳を目前に今まで平和に過ごしてきた主婦の自分の探しの心の旅が始まる……。妻を演じる風吹ジュンの個性が陽性なのも手伝って、愛人・三田佳子との対決もシリアスかつどこかユーモアがあり面白い。未読なんですが桐野夏生なんで、原作はもっとドロドロしていたはず。映画はドロドロというよりは、夫の死後に出会う人々との人間関係で、主人公が揉まれ、次第に生きる力を獲得してゆく感じが出ていて素敵です。これが前面に出てくるのが脚色も担当した阪本順治監督の個性なのかなあ。
そういえば、この映画には最後にちょっとしたお遊びがあります。ある映画に関わるネタで、わかるとかなりツボにハマるギャグだと思うんだけど、わからない人には一体、どういうラストに見えるのか、逆にちょっと聞いてみたい気がします。阪本作品で、過去にこうしたネタを見た覚えがないので、意外と新鮮だったりして……。
魂萌え! |
新進女性監督が新しいアプローチで描く18世紀フランス絵巻! ヴェルサイユ宮殿での浮遊感が魅力!?
『マリー・アントワネット』。このタイトルならフツー、14歳で結婚、18歳で王妃になった華麗な女性の物語か、あるいは悲劇的な歴史絵巻みたいなものを期待しちゃいますが、そこは『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)で東京を舞台に1人の女性の倦怠や孤独を浮遊感たっぷりに描いたソフィア・コッポラ監督。今回は、18世紀女性の苦悩をそのまま現代の女性の視点と繋ぐことができるかというアプローチ。ノリはまさにヴェルサイユ宮殿版『ロスト・イン・トランスレーション』。あの映画の浮遊感みたいなものが気に入った人は、今回も漂うヒロインの姿にハマるハズ。逆に、普通の歴史映画を見ようとする人には、ちとオススメできません。
ちなみに、フッ切れちゃったマリーがケーキを食べまくるシーンが登場しますが、監督は18世紀のケーキの再現などにもかなりこだわった模様。思えば、監督のオヤジ、フランシス・コッポラも巨匠ながら時折、物語よりも美術に熱中したり、特殊効果の研究に明け暮れたり、ディティールに妙な妄執を見せた人物。娘にもその感覚が遺伝しているとすれば、今後、そっち方面での脱線も楽しみになってきたりします。人が悪いですが。
マリー・アントワネット |
アバンギャルドな面白さを堪能させてくれるリメイク作品
あの『犬神家の一族』がリメイク! しかも、脚本は旧版を使い、監督は同じ市川先生! それって一体どういうこと!? と思ったわけですが、作品を見てさらにビックリ。カット割りまでかなり旧作と同じ、すげぇ、アバンギャルドな映画です! ところが、見ている最中にふと思ったのは、要はこれ歌舞伎なんですね。ミステリーだけど、有名だから何が起きるかはわかっている。で、むしろ知って見るから面白い。例えば旧作で川口晶が壮絶な表情で失神した場面を今度は奥菜恵がやってくれるとか、演者が代わったらどうなるかを見るお楽しみ。今回、旧作もセットされた完全版としてもリリースされるので、これはまず旧作を観て、続けてリメイクを観るべし! これ、かなり新しい映画の楽しみ方です。
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バラエティ番組を感じさせるつくりのドキュメンタリー
『不都合な真実』は、今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門を制した話題作。元アメリカ副大統領のアル・ゴアが次々と終末SF真っ青の地球の未来像を提示しながら、環境破壊を止めるように訴えます。映画のメインはある場所で行われているゴアの講演会風景なんですが、実はこれ、メイキングで見ると、撮影用にスタジオに組んだセット。つまりこの映画、厳密には情報バラエティ番組に近い線なんですよね。見やすくなるのは当然で、これまた、新たなドキュメンタリー映画の作り方なのかも。
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新田隆男
映画ライター、脚本家。深夜のホラー番組『エコエコアザラク』でデビュー以来、映画『うずまき』、TV『ほんとにあった怖い話』『怪奇大家族』など、脚本家として関わる作品のほとんどはホラーもの。映画ファンとして王道の娯楽映画を求めながら、実作者としては三幕のオーソドックスな構成に疑問を持ち、日々新しい語りを模索中。「週刊SPA!」(扶桑社でもコラム連載中。