「江ノ電」こと江ノ島電鉄は、ドラマ『最後から二番目の恋』をはじめ、数々のドラマや映画に登場する。江ノ電とドラマは縁が深い、というより、江ノ電はドラマに救われた路線といえる。1970年代に経営不振で廃線がささやかれた頃、日本テレビで鎌倉を舞台とした青春ドラマ『俺たちの朝』が放送された。このドラマは大ヒットし、ロケ地を訪れる人が急増した。江ノ電の収益も改善し、江ノ電を軸とした鎌倉・江ノ島の観光が定着したという。

江ノ電のシンプルなダイヤには秘密がある?

その江ノ電の時刻表は単純だ。7時台から21時台まで発車時刻はまったく同じ。たとえば鎌倉発藤沢行は毎時0分・12分・24分・36分・48分の発車で、藤沢発鎌倉行も同じ。中間の各駅もきっちり12分間隔だ。日頃、江ノ電を利用する人は、最寄り駅の時刻表を暗記しているに違いない。なにしろ5つの数字を覚えるだけだ。

単純な時刻表となった理由は、単純なダイヤだから。単純なダイヤはつまらないと思ったら大間違い。じつはこの単純なダイヤが不思議だ。江ノ電は全線が単線で、それぞれの駅間距離も違う。パターン化しづらい路線に思える。ラッシュアワーと日中の運行本数の変化もない。朝の横須賀線は満員だし、鎌倉あたりから都心へ通勤する人も多いはず。それでも頑固なまでに12分間隔を維持している。

「なぜ発車時刻を統一できるのか?」「なぜラッシュアワーの運行本数は増えないのか?」、この謎は、実際に江ノ電に乗ればすぐにわかる。だから今回はダイヤを見なくても……、おっと、このままダイヤなしで話を進めたら「鉄道トリビア」になってしまう。今回もダイヤを作って、その謎を解いてみよう。

江ノ島電鉄の平日ダイヤ

列車ダイヤ描画ソフト「Oudia」で江ノ島電鉄のダイヤを作ってみた。シンプルなダイヤだから入力も楽チン。列車ごとの時刻をコピー&ペーストして、発車時刻を修正するだけだ。早朝深夜を除いて見事なパターンダイヤとなった。単線、必ず同じ場所で列車がすれ違う。「ネットダイヤ」と呼ばれる姿である。

ここで注目すべきところは、鎌倉高校前駅と七里ヶ浜駅の間だ。上り列車と下り列車の線が交わっている。駅ではないところですれ違っているものの、江ノ電は単線だ。駅間ですれ違うなんて、ここだけ複線区間なのだろうか? いや、この区間も単線である。

種明かしをすると、ここには駅はないけれど信号場がある。「峰ヶ原信号場」といって、1953年に設置された。江ノ電を増発するために、ちょうど良いすれ違い場所を選んだ。ネットダイヤを作るためのすれ違い場所である。実際に乗りに行くと、駅でもないところに電車が停まり、すれ違っているとわかる。「なぜ発車時刻を統一できるのか?」の答えは、「そのための信号場を作ったから」だ。

赤い線の部分に峰ヶ原信号場がある

では、もう1つの謎「なぜラッシュアワーの運行本数は増えないのか?」について検証してみよう。答えは簡単だ。すれ違いができる場所が限られているため、これ以上の増発ができないからである。12分間隔の間に線を足してみると、どこかで対向列車とぶつかってしまう。その付近の駅にすれ違い設備はない。

しかし、江ノ電だって通勤通学時間帯や帰宅時間帯は乗客が増えるはず。増加する乗客に対応するために、江ノ電は何をしているか? これも実際に乗ってみたらわかる。答えは簡単。列車ではなく、車両を増やしている。日中は2両編成、通勤通学時間帯は4両編成とする。これで通勤通学時間帯の輸送力は2倍になる。

通常は路線の設備に合わせて列車ダイヤを決める。しかし江ノ電の場合は、ダイヤに合わせてすれ違い設備を作り、ダイヤを変更せずに車両の数を増減して対応する。まさに逆転の発想というわけだ。単純なダイヤは手抜きではなく、鉄道会社の創意工夫の結果である。

江ノ電は江ノ島駅と腰越駅の間に路面区間がある。電車が自動車などに通行を妨害されると、定刻にすれ違いができなくなり、ネットダイヤは崩れてしまう。江ノ電のネットダイヤは、沿線の人々の協力によっても成立している。