東急電鉄の東横線は東京都の渋谷駅と神奈川県の横浜駅を結ぶ24.2kmの路線だ。渋谷駅から東京メトロ副都心線へ相互直通運転を実施している。横浜駅からも横浜高速鉄道みなとみらい線へ相互直通運転を行っている。東横線は横浜~桜木町間を廃止し、みなとみらい線に切り替えた経緯があり、東横線・みなとみらい線は一体的な運行となっている。

東急電鉄は田園都市線の一部区間で通勤時間帯に通過列車を取りやめ、「平行ダイヤ」を徹底した。これは路線の速達性を犠牲にしてまで輸送量を確保した英断だった。しかし、東横線では通勤時間帯も「通勤特急」が走っている。なぜ東横線は平行ダイヤにしないのか? その理由は東横線の設備と、東急電鉄が「特急」に託した使命がある。

東京メトロ副都心線・東急東横線・みなとみらい線、平日ダイヤ(2015年10月)

まずは東京メトロ副都心線・東急東横線・みなとみらい線のタイヤ全体を眺めてみよう。通勤路線らしく密度の高いダイヤだ。東横線内の赤色が特急、オレンジが通勤特急、全体に分布する青色が急行、副都心線の緑色は通勤急行だ。黒は各駅停車である。彩りも多く、運行の複雑さを示している。列車の密度を見ると3つの区間に別れている。

和光市~小竹向原間は各駅停車が多い。この区間は東京メトロ副都心線・有楽町線の共用区間になっている。もともとは有楽町線として開業した区間だ。小竹向原駅が境になっている理由は、ここから池袋駅まで複々線区間になっているから。副都心線・有楽町線がそれぞれ専用の線路を使うので、有楽町線方面の列車が消える。

小竹向原~渋谷間は列車本数が少ない。副都心の名の通り、池袋駅や新宿三丁目駅、明治神宮前駅など人口の多い地域だけれど、この区間はもともとJR山手線が併走している。11両編成、ほぼ2分間隔の平行ダイヤ、通勤電車の神様のような路線である。副都心線は山手線の混雑緩和という意味合いも含めて計画された路線だけど、渋谷駅や池袋駅で山手線およびその他の路線に乗客が分散する上に、20m級の大型車両で8~10両編成の大容量だ。必要な輸送量を確保できていると思われる。

渋谷駅から元町・中華街駅までの東急東横線・みなとみらい線は密度が高い。都心と郊外を結ぶ通勤路線である上に、渋谷も横浜も通勤通学需要が高い。ただし、同じ東急電鉄、同じ渋谷駅をターミナルとする田園都市線に比べると、列車の本数は少ない。乗客数はこちらのほうが多いと思われるけれど、東横線の田園調布駅から日吉駅まで目黒線の複線が並び、複々線区間となっている。東京都心への乗客が目黒線に分散されている。

もし、現在よりも乗客が増え、東急電鉄が本気でラッシュ対策をするなら、東横線も特急・急行をやめて各駅停車による平行ダイヤになるかもしれない。しかしいまのところ、目黒線との複々線のおかげでダイヤに余裕があり、速達性を重視できるようだ。続いて東横線の朝ラッシュ時間帯を拡大してみよう。

東急東横線の区間を拡大した

全線にわたって通勤特急・急行が走る。通勤特急は9時台から特急に変わる。違いは停車駅だ。通勤特急の停車駅は渋谷駅・中目黒駅・自由が丘駅・武蔵小杉駅・菊名駅・日吉駅・横浜駅と、みなとみらい線の各駅。特急は通勤特急の停車駅のうち、東横線の日吉駅、みなとみらい線の新高島駅・馬車道駅・日本大通り駅が通過となる。通勤特急は東横線内の渋谷寄りでも通過運転を実施し、平行ダイヤにしていない。あえていうなら、急行をすべて通勤特急としないで、各駅停車とのバランスを取っている。

横浜から渋谷方面へ向かう人々は、各駅停車に乗ってもほとんどの列車が途中駅で急行・特急・通勤特急に乗り継げる。その各駅停車は菊名駅で折り返すパターンが多く、渋谷方面の通勤通学輸送対策として増発されたといえる。東横線のダイヤは、全体としては平行ではないけれど、通勤特急・急行・各駅停車がそれぞれ等間隔で、列車種別で見ると平行になっている。整然と並び、見事なパターンができている。通勤特急を取りやめて急行にすれば、もっと増発できそうでもある。

しかし東急電鉄は通勤特急を走らせる。なぜならこの通勤特急にはライバルがいるからだ。JR東日本の湘南新宿ラインである。湘南新宿ラインは2001年、東海道線・横須賀線と宇都宮線・高崎線の直通運転として始まった。それまでJRの場合は品川駅乗換えが必要で、遠回りだった。東横線は横浜~渋谷間をバイパスする役割もあり、利用者が多かった。

だが湘南新宿ラインの開業によって、いままで東海道線・横須賀線・京急線・横浜市営地下鉄から東横線に乗り換えていた乗客が流出してしまう。東横線は急行運転をしていたけれど、停車駅が多く、それだけでは湘南新宿ラインに対抗できないと考えた。そこで2001年12月の湘南新宿ライン開業に先立ち、2001年3月から特急の運行を開始した。ダイヤに余裕がある限り、東急東横線には特急が必要というわけだ。

なお、ダイヤ上の色分けでは、特急の運行は東横線内になっているけれど、実際には列車種別を変更して副都心線に乗り入れ、さらに副都心線から西武線や東武東上線に乗り入れている。湘南新宿ラインに対抗する意味合いとしては、渋谷までではなく、池袋まで速達運転を行いたい。そこで副都心線内でも急行運転が実施されている。

副都心線区間を拡大

副都心線は開業当初から、東新宿駅に通過用の線路があった(今年5月から新ホームを使用開始し、2面4線の駅に)。東京メトロとしては、副都心線だけを考えれば各駅停車だけで十分だ。しかし、直通運転で長距離列車が走り、速達性を考慮すると、このような通過列車の待避設備が必要になる。急行運転のおかげで、山手線に乗り換える利用者を副都心線に誘引しているともいえる。

新宿三丁目駅も注目だ。この駅には渋谷方面の列車を折り返す施設があり、東横線の各駅停車の一部がここで折り返す。渋谷駅にも折返し設備があるけれど、列車が多い時間帯は渋谷駅のホームを長時間ふさげない。そこでわざわざ直通させて、新宿三丁目駅で折り返させている。

東京の鉄道網は、国土交通省のとりまとめによって鉄道各社局の都合だけではなく、路線全体を見据えて設計されている。副都心線の通過待避設備と折返し設備は、それがよくわかる事例である。