パナソニックが2020年9月に発表した、システムキッチン「Idobata スタイル(いどばたスタイル)」。コロナ禍で在宅時間が増えた人も多い中で、調理や後片付けの作業を“共同”で行うことを想定した、新しいキッチンスタイルを提案したものだ。
その製品化の意図や背景、開発におけるこだわりのポイントなどについて、プロダクトデザインの視点から担当者に話を伺った。
複数人で調理・配膳する前提で機能を設計
Idobata スタイルは、パナソニックが2016年から展開しているシステムキッチン「L-CLASS(Lクラス)」シリーズの新プランという位置づけ。先進の機能と空間の美しさを追求した、パナソニックの水まわり住宅設備の最上位シリーズのシステムキッチンにおいて、共同作業を意識したスタイルを「プラン」として提案する。
ホームページをはじめ、カタログ、ショールームなどでは、使用時のイメージをしやすいようにモデル事例が紹介されている。だが、それらはあくまで一例。実際に導入するときには、カラーバリエーションや素材、加工、オプションを購入者が自由に選択して組み合わせて、好みや条件に合ったキッチンへとオーダーメイドで仕上げられる。
一般的な対面キッチンの場合、作業スペースはシンクとコンロの間に1カ所設けられているのが標準の仕様だが、Idobata スタイルでは、シンクを挟んで左右2カ所に作業スペースを設けているのが特徴だ。
パナソニック ハウジングシステム事業部 水廻りシステムビジネスユニット営業戦略企画部 SV戦略課の田代千恵氏は「このレイアウトによって、夫婦や親子などがキッチン側に並んで立って料理するときも、肘と肘がぶつからない適度な距離を保って、共同で調理を楽しめます」と、そのメリットを補足する。
また、一般的なキッチンでは、カウンターの奥行は90~100センチ程度というのがスタンダードな仕様だ。しかし、Idobata スタイルの場合には、奥行80センチと若干狭くなっている。
「共同で調理することを想定し、向かい合っての作業に適したサイズを検討した結果、食卓テーブルでもスタンダードなこのサイズになりました」とのこと。「無理のない姿勢で、カウンターの奥まで手を伸ばせて、キッチンを挟んでの作業や配膳も楽に行えるのがメリットです」と田代氏。
シンク部分の形状も特殊で、キッチン側・ダイニング側両方から使える「ラウンドアクセスシンク」を採用した。「キッチン側だけでなく、ダイニング側からもアクセスしやすい独自のシンク形状です。向かい合った状態でも、洗い物や食事前の手洗いができます」と話す。
ラウンドアクセスシンクは、2017年12月から展開されている、料理をコミュニケーションの手段として、“作りながら食べる”ことをコンセプトにしたキッチン「Irori ダイニング(いろりダイニング)」でも採用され、好評を得ているという。
キッチンシンクというと、横長の長方形がスタンダードな形状だが、向かい合って囲みながらの状態では作業しづらいことがデメリットとして挙げられる。それを解消するために、改めて見直しが図られた結果、誕生したのが幅65センチほどの正方形のシンクだ。
しかし、両側からのアクセスが容易になった一方で、一見するとスペースが小さくなったようにも映るが、田代氏によると「通常よりも奥行がある分、容積的には長方形の場合と実はほとんど変わらないんです」と説明する。
idobata スタイルのもう1つの特徴は、キッチンの収納部分の一部にオープンスペースが設けられていること。この部分には、例えばダイニング側にスツールを置いて食事や座りながら料理ができたり、キッチン側に市販のワゴンやごみ箱を設置できたりするなど自由度が高いのが長所だ。
「長く使っていただくものなので、食器や調理道具をはじめ、その時々に使いやすいものを取り出しやすく、ライフスタイルや暮らしの変化に合わせて対応しやすいように設計しています」と田代氏。
日本人4万人のデータが収録された「デジタルヒューマン」で検証
寸法を策定するにあたっては、さまざまな使用ケースを想定したシミュレーションも行われているとのこと。その際に用いられたのは、「デジタルヒューマン」というパナソニック独自の評価手法だ。
「新商品開発時に動作性や身体にかかる負担などの被験者評価を日本人4万人のデータベース(年齢・性別・身長・体重)を用いてバーチャルでシミュレーションするパナソニック独自の仕組みです。実際に人を集めて行うよりも、圧倒的多数のサンプリングをもとに検証できるため、より信憑性の高い評価が可能です」(田代氏)
先に述べた奥行80センチというサイズを決めるにあたっては、親子で向かい合って日常的な使い方をするシーンを再現。例えば、「向かい合って料理をする」「対面側から手を洗う」「対面側に座っている人にキッチン側から配膳する」といったシチュエーションを想定し、作業性や身体負担を一般的な奥行のキッチンと比較してシミュレーションを行ったのだという。
「その結果、調理や片付けに参加する場合は、奥行80センチのほうが、キッチン側だけではなく対面側からも手が届きやすく、配膳時の腰や足への負担も少ないという結論になりました。奥行80センチという数値は、向かい合って使用することを想定した食卓テーブルでも最もスタンダードな寸法であることも参考にしています」と田代氏。
理論上は80センチがベストな奥行となったものの、実際の製品に落とし込んでみると、他の要素による、想定していなかった新たな課題もあったそうだ。「従来よりもコンパクトな奥行80センチの中で、対面側にも無駄なく収納スペースを設けようとすると、ユニットの構造やモジュール設計も見直す必要がありました」と明かす。
デザインは、リビング空間の調和を強く意識した外観と質感を選んでいったとのこと。前述のとおり、ユーザーの好みに応じてカラーや素材などを自由に組み合わせることができるが、モデルケースとして選ばれているイメージプランは、木目とグレイッシュカラーを基調としている。その狙いや意図について、パナソニック ハウジングシステム事業部 水廻りシステムビジネスユニット営業戦略企画部 キッチン課・課長の髙橋章文氏は次のように語った。
「扉のカラーは全部で100色用意しています。お客様のお好みに応じて、100人100様で選んでいただけますが、全体的なトーンとしては、設備的な雰囲気よりも、家具のひとつというのを意識しています。奇抜なカラーのほうが目は引くのですが、長くお付き合いいただくものなので、現在のトレンド感を抑えつつも、飽きのこない配色というのを考えています」
形状面では、「薄くスタイリッシュに見えるカウンターもご用意しています」と髙橋氏。「モデルイメージでは、木目の素材を選んでいますが、扉1つとってもテイストはさまざまです。どんな空間やインテリアとも調和しやすいように、天板などは厚さが17ミリ程度のものもラインナップしています」と続ける。
ただし、キッチンには安全性や堅牢性も求められる。「安全面との兼ね合いもあり、角を尖らせるわけにはいきません。シャープな印象を損ねないギリギリの範囲で『R』(アール、丸み)を持たせています。シンクには『スゴピカ』と呼ばれる、弊社独自の有機ガラス系人造大理石も使用しており、水垢や傷がつきにくく、強度と美しさを両立させています。高度な成型技術により、隙間がなく汚れが溜まりにくくお手入れしやすい設計を実現しているのも特長です」と、衛生面に対するこだわりも明かしてくれた。
コロナ禍で前倒し発表、プロモーションも変化球
高橋氏によると、2020年秋に発表されたidobata スタイルは、当初計画ではもう少し先の発売を予定していたそうだ。「本当はもう少しゆっくりと計画していたのですが、コロナ禍があり、テレワークなどで在宅時間が増えたことで、自宅での過ごし方が変化しました。『今しかない』と、急遽発売を前倒しすることになり、急ピッチで計画が進められました」と振り返る。
プロモーション展開では、バーチャルショウルームなど従来にはない手法に挑戦したところからも、idobata スタイルに対する意気込みを感じさせる。
「年々、お客様自身が能動的に住設機器を選ぶというケースも増えてきています。既存の工務店さんルートなどB2Bを通した訴求だけでなく、SNSをはじめ、Web上でのバーチャルショウルームやシミュレーションコンテンツなどダイレクトマーケティングにも力を入れて展開しています」(高橋氏)
期せずして、コロナ禍で変化したライフスタイルにフィットした提案となった「idobata スタイル」。自宅で料理を行う機会が増えた今だからこそ、複数人で調理・配膳するスタイルは受け入れられやすいように思う。ユーザーの数だけ生まれるidobata スタイルの活用に期待したい。