ソニーが6月30日に正式発売を開始した「wena wrist」。前編ではデザイン関連の開発エピソードをお届けしたが、後編では主に技術面での話題をお届けする。

「wena wrist」の製品バリエーション。ストップウォッチ機能を備える「クロノグラフ」シリーズと、最もシンプルな「スリーハンズ」シリーズの2パターンを展開し、それぞれにカラーバリエーションがある

本体はアナログの時計というコンセプトのwena wrist。その開発における課題は、やはり使用部品の小型化の問題だ。

金属筐体で通信を実現するために

設計・機構をメインで担当した青野達人氏によると、バンドの部分にすべてバラバラに分けて配置することで可能な限り薄型化を図ったとのことだ。そんな中でも、最も苦戦したのはFeliCa機能だという。

「wena wrist」利用イメージ。バンドにFeliCa機能を内蔵し、電子マネー決済を行うことができる。資金決済法の関係で対応サービスのロゴを明示する必要があったが、液晶を持たないwena wristは本体に刻印することになるため、バックルで隠れる部位に配置した

「FeliCaの場合、ボリューム的に収めるというだけでなく、筺体が金属製であることが難点になりました。金属は電波を遮蔽する特性があるので、スマートフォンのFeliCaよりもかなりコンパクトに仕上げる必要がある上に、金属を通しても通信ができなければならないというのは大きな課題でしたね」(青野氏)

ベルトのどこに、どんな機構が収まっているか示してもらった

設計・機構をメインで担当した青野達人氏

青野氏に金属以外への素材を使う可能性はあったのかと尋ねると、「無線に関しては、樹脂で作ったほうが圧倒的に簡単です。しかし、全部を樹脂にしてしまうと強度が下がるという問題もありますし、なにより腕時計の金属バンドとしての佇まいが損なわれてしまいます。そこで、最終的に金属筐体にスリットを設けることでFeliCaが電波を発せられるよう、回路的な調整をいろいろと重ね、FeliCa検定を2回目でパスすることができました」。

3Dプリンタのモックアップ。コマの間のスペースを少し変えるだけでも、見た目の印象が変わってくる

バンド部分のデザインではコマとコマの角度や間隔、角のカーブ、バックル部分などのパーツを3Dプリンターで出力した多数のサンプルで検討が重ねられたという。青野氏は「初期のバージョンでは各コマの角が立っていたり、Rが大きめに取られていたりと、現在と違う部分がありました。かといって、Rを小さくし過ぎても各コマの間が詰まり過ぎて、モダンすぎる印象になってしまうんです。なので、3Dプリンタを使って原寸大で出力し、見た目の印象やサイズ感というのを細かくチェックして、最終的にこのデザインになりました」と説明した。

「穴」ひとつで壊れる世界観

バッテリー駆動するwena wristは充電が不可欠となるが、実はその方法もデザイン性の1つの要素として取り入れられているのも特筆すべき点だ。wena wristでは充電口にケーブルプラグを差し込む一般的な充電機構ではなく、クリップ型のパーツで挟んで充電するという新たなスタイルの充電方法が開発された。

「wena wrist」の充電は、バックルのスリットにあわせてクリップを挟むようにして行う。この仕様は、購入者からの評価が非常に高いという

「最初はプラグを差す方式も検討していましたが、時計という物の世界観を考えると台無しにしてしまうように思いました。しかも挿す場合には本体側に穴を開けなければならないのも不格好で…」(青野氏)

「バンドに穴が開いてしまうのが嫌でした。1回作ってみたんですが、見た瞬間に厳しいと思いました。穴ひとつで、一気に電子ガジェット感が出てしまうんです」(對馬氏)

充電用のクリップの部分の長さ、形状も3Dプリントによるモックアップ作成で使い心地を検討した

製品版のクリップ

そこで開発されたのが、ケーブル用の専用の変換アダプターだ。「(ユーザーにとって)クリップという持ち物が増えるので、wena wristのコンセプトに合わせて、なるべくシンプルかつ簡単に充電できることを目指しました。なるべく簡単で小さくて最低限で充電できるという簡素なものを目指しました。クリップ型なのでつまみやすさとか挟みやすさとかを微妙に調整し、表面にアルミパネルを付けることで、ネクタイピンのようなイメージで見た目の高級感と合わせて金属に剛性を持たせました」と青野氏。

wena wristの今後は?

前述のとおり、wena wristの今後はアパレルブランドなどとのコラボレーションや、女性向けのモデルなど様々な方向での展開を予定しているという。一方、機能については引き続きシンプルさにこだわり拡張を図っていく方針だという。

「第2弾、第3弾として、機能の数を増やしていく方向はあまり考えていません。それよりも、今の3つの機能をもっと深めるかたちで発展させていきたいです。それから、自然に身につけられる電子機器であるwenaブランドで、ヘッドセットなど、他のウェアラブル製品にも展開していきたいと思っています」(對馬氏)

時計というのは人体に身に着けるファッションの一部でもある。そのためそれ1つで、洋服をはじめとするトータルなコーディネートを台無しにしてしまうこともあり、ファッションにこだわりのある人にとってはデザイン性は非常に重要な要素とも言える。その意味でも、単に腕に着けられて時刻表示ができるデジタルガジェットとwena wristは、根本から大きく異なる。今後登場する同ブランドのウェアラブルデバイスについても、どのような方向でデザイン性と機能性を両立させてくれるのか、大いに期待したいところである。