パナソニックから7月1日に発売された「ラムダッシュ ES-MT21」。同社の髭剃り用電気シェーバーのシリーズの新製品で、"イオンエフェクター"の機能を搭載し、電気シェーバーとして、世界で初めてシェービングしながら電気浸透流により化粧水成分を肌の角質層まで浸透させる事ができるという今までになかったタイプの製品だ。電気シェーバーらしからぬスタイリッシュなデザインも注目を集めている。
今回は、プロダクトデザインの視点から着目し、新製品の機構・設計から外観へのこだわりまで、その開発秘話や市場投入の狙いなどについて、パナソニック アプライアンス社 ビューティー・パーソナルケア事業部 パーソナル商品部メンズ技術開発課 主任技師の清水宏明氏に伺った。
女性向け美容機器の機能を、男性向け髭剃りに?
はじめに、"イオンエフェクター"とは、日本語ではイオン導入器とも呼ばれる美容機器。イオンプレートと呼ばれる部品を通じて、体内にプラス電極からマイナス電極へと電流が流れることで発生する"電気浸透流"の作用で、化粧水などの保湿成分や美容成分を角質層にまで行き届けることができるという仕組みだ。美容機器として、エステサロン等でも広く採用されている他、ホームエステ家電としても女性向けの製品は決して珍しくないものだが、男性用というのはおそらく史上初の製品。ましてや、電気髭剃りと一体化させた商品というのは、恐らくこれまで世になかったものと言える。
ラムダッシュのイオンエフェクター機能は、保湿成分としてヒアルロン酸が含まれる化粧水を用いることを推奨している。手による塗布に比べて1.7倍量の成分を浸透させることができ、塗布から3時間後の肌の水分量の減少を4分の1にまで抑制する効果が期待できるとしている。
清水氏によると、製品を開発する上でもっとも肝となったのは、シェーバーと美容器という2つの機能を一体化させながら、いかにサイズを小さく収められるかということ。これを達成するために、本体の構造はすべて一から見直した。
「本製品は、機能的には3枚刃モデルのラムダッシュシリーズに、イオンエフェクターの機能を搭載した商品です。しかし、2つの機能を単に1つの製品としてくっつけただけでは、本体が大きくなってしまいます。当社の製品開発では、あらかじめおおよそのデザインを決めた上で、技術者がそれに見合うように設計していくという流れで、デザイン部門と設計部門が連携して改良を繰り返しながら進めていくのですが、シェーバーをはじめ、小型家電はいかに大きくせずに実現するかというのが常に大きな課題です。特に、今回はシェーバーとイオンエフェクターという2つの機能を搭載するにあたって、それぞれを動かす別の回路基板が必要になります。そこで考えられたのは、薄型回路の基板を二段に重ねて配置する構造です。これにより、1枚から2枚に増えた回路基板を、部品自体の大きさを広げずに、中に収めることができました」
加えて、新機能として追加されたイオンエフェクターに不可欠な部品である、イオンプレートについても、新たに専用のものが設計・開発された。イオンプレートは、本体上面のシェーバー部分の隣に備えられた金属素材の部品だが、この部分がシェービング時に肌に触れることで、ヒゲ剃りと同時に塗布した化粧水の浸透を促し効果を高めるスキンケアを行えるという仕組みだ。
まずは大きさについては、「イオンプレートの面積を大きくしました」と清水氏。「髭剃りをしながらスキンケアができるということ自体が既に時短なのですが、当たる面を広くすることでさらに時短になります」というのが理由だ。
とはいえ、単に面積を大きくしただけでは思うような効果は得られない。「ラムダッシュの特長である三枚刃とイオンプレートの双方が肌にしっかりと当たらなければ意味がありません。イオンプレートは、上から見た時の面を大きくしたほうが効果が出やすいのですが、大きくしすぎてしまうと、今度は肌にべったりと当たってしまって、シェーバーで剃りにくくなってしまうのです」と語る。
そこで、採用されているのが、刃とイオンプレートの間にあるローラーだ。実は既存の5枚刃モデルにも採用されているものだというが、「間にローラーがあることで滑りがよくなります。ローラーは太いほうが転がりやすく、滑りやすくもなるのですが、新たにこの新製品用に専用のものを開発しています。肌に優しくく、従来の3枚刃の製品と同じ剃り性能を出すために、刃とローラーとイオンプレートのそれぞれの高さや幅、配置の仕方でいくつものパターンを検討し、試作を繰り返した上で、最終的にたどり着いたのがこの形なのです」と明かす。
さらに、イオンプレートには「あえて角を持たせなかった」という。その理由は次のようなものだったという。
「"R(丸み)"をつけることで、顔の少しくぼんだところにもプレートを当てやすいように、わざと角をなくしました。本製品はイオンエフェクター機能のみを単体で利用できる"ケアモード"も搭載しています。角をなくして面を2つに分けないようにすることで、肌への当て方に制約が出ないように配慮をしました」
髭剃りっぽくないデザインにも機能的な理由が
一方、グリップ部分に注目してみると、まっすぐに垂直な"ストレートネック"を採用しているのが特徴的だ。通常の電気シェーバーは、手になじむようなエルゴノミクス的デザインを採用しているものが多いが、本製品は本体のみならず、充電台も含めて円筒状で、歪みや凹凸のないスッキリと洗練されたデザインである。
清水氏によれば、製品のデザインにおいては、初期の段階から"立たせる"というのがコンセプトとして掲げられていたという。
「置いた時にもキレイにみせるというのは、他の商品以上に強く意識していました。洗面台に化粧水などのビンと一緒に並べた際に一体感があって、美しく見せるというのが狙いです」
デザインが先だって開発が進められた本製品だが、意外なことに自立させること自体はそれほど難しくなかったとそうだ。むしろ検討を重ねたのは"剃りやすさ"との両立だった。
「ヘッド部は少し傾いているのですが、これは自立させるためのバランスを取るためではなく、傾いているほうが剃りやすいからです。加えて、立ち姿が美しくなる角度というバランスで最終的に現在の形に落ち着きました。グリップに対してヘッドを垂直に付けるというのは技術的には実は十分可能でした」
そして、ストレートなグリップを採用した理由にはもう1つ、握りやすさの観点もあった。「握りを固定してしまうと、ケアモードが使いにくくなってしまいます。刃の面とイオンプレートの面、2つを顔に当てることを考えると、グリップには自由度があったほうが扱いやすくなります」と清水氏。とはいえ、「親指を載せる部分の位置と形に関しては、ラムダッシュの意匠として、従来と同じデザインを継承して残しています」とのことだ。
ちなみに、グリップの太さ自体は従来とはそれほど変わっていないそうだが、「ストレートなデザインによって、従来のエルゴノミクス形状よりも持ちにくいことがあります。そのため、太さをこのサイズに収めてほしいとデザイン部門から要望があり、維持するよう努めました」と理由を語った。
本体のカラーも、電気シェーバーとしてはあまり他に例を見ないマット調のグレーが採用されている。清水氏は、中でもグリップ部分の塗装にはこだわったのだという。
「下側の部分のマット調の質感がなかなか出せずに特に苦労しました。どうしてもテカリが出てしまって。そのままではデザイン部門が希望している色と質感を出すことが難しく、実は他のシェーバーよりも塗装の回数を増やして重ねているんです。グリップ部分の形状が変わったことで、消費者からは、滑って握りにくいのではないかという印象を持たれてしまいかねません。それを払拭させるためにも、塗装によってマットな質感を出すことで、外観上でも滑りにくさが見えるように努めました」
高機能な電気シェーバーにしてはすっきりしている操作部にも、こだわりがある。従来のラムダッシュシリーズは、操作部には液晶を採用し、ハイテク感のあるものだったのに対し、今回は透過性LED表示を採用した非常にシンプルな仕様だ。
「ここも回路基板からすべて一新しています。2つの機能があるものの、それぞれの操作自体は単純なので、シンプルでありながらも直観的な操作インタフェースというのを目指しました。特に、使用中のみに表示が浮き出るようにというのがこだわりです。よりノイズにならないように、表示には透過性のある白色LEDを採用しました」
従来からのラムダッシュの特長として、1分間に約1万3,000ストロークの高速駆動を行う"リニアモーター"を採用し、1秒ごとに約200回ヒゲのセンシングを行い、ヒゲの濃さに合わせて自動でパワーを調整し、素早いだけでなく、肌に優しく深剃りできることが挙げられる。リニアモーターは回転数が落ちない上に、小型のためヘッド部分に収めることができる。そのため駆動源と動かす刃を近くに配置できることから、刃と直結した直線的な動きが可能で、動力のロスが少ないのが利点だ。
本製品でも、リニアモーターを引き続き採用しているが、部品はさらに小型化した専用のものを開発したそうだ。実はこのことも、イオンエフェクター機能を搭載するためには不可欠な技術の要素であったという。「ヘッド部にモーターを搭載できるからこそ、本体グリップのスペースを広く確保できます。二段配置の回路基板の構造が実現できた理由の1つでもあります」と清水氏。
新機軸の製品、想定外のターゲットから反響
このようにデザイン、機構・設計まですべて一から見直しを図り、イオンエフェクターを搭載し、前代未聞の"スキンケアができる電気シェーバー"として生まれた本製品。その反響は当初想定していたものとはいい意味で少し違ったそうだ。清水氏は次のように話してくれた。
「もともとのターゲットはアンチエイジングが気になり始める40代前後の男性を想定していたのですが、イオンエフェクター機能の搭載から、夫婦で使いたいという声もありました。そのため開発では、洗面台に違和感なくとけこみ、ジェンダーレスなデザインを目指しました。しかし、実際に製品をリリースしてみたところ、先進的なデザインとして、さらに若年層からも好意的に受け入れられ、幅広い世代から反響を呼んでいます」
開発陣は、本製品で「"化粧水を塗ってから剃る"という、新しい剃り方のシーンを提案したい」と意気込む。
「これまで、どのメーカーも肌に優しく深剃りできるというのを訴求するために、シェービングすることで受けるダメージを抑える技術というのをいろいろと追求してきました。本製品の場合は、肌に優しいだけでなく、乾燥やダメージ、水分が逃げるのを防ぐ、肌の状態を"ゼロからプラスにする"というもので、そもそもの考え方が違います。使用時にお客様に気持ちよくシェービングしていただくために温感機能も搭載するなど、男性の髭剃りに新たな価値を生み出すことができる製品だと思っています」と、製品に注いだ想いを語ってくれた。