バルミューダから6月26日に発売された、ワイヤレススピーカー「BALMUDA The Speaker(バルミューダ ザ・スピーカー)」。洗練された機能とデザインで多くのファンを魅了する同社が手掛ける、初のオーディオ製品だ。

起業前にミュージシャンとして活動していた寺尾社長自身が「絶対にオーディオ機器は作らない」と語っていた意志を曲げてまで誕生するに至った本製品の、開発に至るまでのエピソードをはじめ、製品へのこだわりと込められた思い、それを実現化するまでの技術や秘話などを、開発に携わった3人の中心メンバーに訊いた。

  • バルミューダ初の"クロモノ"家電製品として登場した「BALMUDA The Speaker」

    バルミューダ初の"クロモノ"家電製品として登場した「BALMUDA The Speaker」

音楽「体験」にフォーカスした新機軸スピーカー

本製品の開発の契機になったのは、スタッフが寺尾社長のもとへ持参したラジカセのような形をしたコンセプトモデルだという。これは、左右のスピーカーの中央が空洞になった構造で、"ステージ"を再現したものだったそうだ。そして、曲に合わせてステージのライティングが変化し、サビの部分で真ん中にある小さなミラーボールが回り始めるという仕掛けが隠されていた。実際にそのまま製品開発をするということは簡単ではなかったとのことだが、「それまでスピーカーと言えば高音質であるべきと考えていたところから、感動する音楽体験を製品を通じて届けることができればバルミューダらしい提案ができるのではないか」と思うに至り、プロジェクトが前進していったという。

  • 開発の契機となった、コンセプトモデル。ライブステージを模した"箱型"のスピーカーで、音に合わせてライティングが光り、天井部のミラーボールまで回転するというユニークな仕掛けだ (画像提供:バルミューダ)

こうして"体験ファースト"で検討を重ねていく過程で提案されたのが、音のエネルギーにLEDの明るさが追従するというデモ機。これを生み出したのが、同社クリエイティブ部の髙野潤氏だ。そのきっかけについて次のように話してくれた。

「ミラーボールが回るコンセプトモデルを第三者的に見ていて、『自分だったらこう表現する』ということを再現したデモ機を作り、提案したのがこの製品の原点でした。社長が音楽活動を通して実感していた、生の演奏が持つ真の高揚感や臨場感、そして音楽がもたらす体験や感動を家庭で再現するにはどうしたらいいのだろうか? と考えていく中で、ライブハウスで体験した、耳だけでなく身体全体に響いてくるグルーヴ感を、人の手に収まる道具として実現することを目指しました。それを実現するために"光"を採り入れるという手法にたどりつきました」

  • コンセプトモデルを見た、デザイナーの髙野氏が作成したデモ機。ライブハウスで感じる体験を"光"をモチーフに表現した

製品のコンセプトを"音楽の輝き"とし、音に追随して光る仕組みを追求する中で、かつて社長に言われた「道具は作るときに、その本質や歴史をデザイナーはもっと理解するべきだ」という一言を思い出し、道具としての原点に立ち返ったという。スピーカーの歴史を探る中で目を向けたのが、白熱電球だ。

「昔のスピーカーで保護回路に電球を使用したものがあったんです。それはスピーカーまでの配線の途中に、単に電球に挟んでいただけのものでした。過剰に電流が流れると、スピーカーが壊れるより先にフィラメントが切れるという単純な原理。そこで、代わりにLEDを入れたらどうなるんだろう? と思い付き、つないで電流を流してみたら、音楽にダイレクトに反応して光るようになったんです。その様子は、例えばラジオを聴いてみるとパーソナリティの息遣いを感じ、そこに命が宿っているようにも見え、没入することができました」と髙野氏。

音質もユニーク、見た目に違わぬ柔らかで楽しい音に

一方、本製品のスピーカーとしての構造は、外側は真空管のような強度と硬度も兼ね備えた有機ガラス製の美しいチューブを採用した密閉型構造で、内部に閉じ込めた空気がバネのように作用することで、明瞭でキレのある音を生み出す。スピーカー部品としては、全音域をシームレスに再生する77mmフルレンジスピーカーを採用し、楽器やボーカルの声を不自然なひずみや違和感なくリアルに再生できる。

  • 製品の基本構成は、真空管のような有機ガラス製のチューブの上面に77㎜のフルレンジスピーカーと独自のドライブユニット、密閉型エンクロージャーのスピーカーユニットを備え、真ん中にLEDユニット、下部に制御部を搭載している

楽器メーカーのエンジニア出身で、今回、スピーカー部分を中心に担当した、同社 研究開発室の浦純也氏によると、「スピーカーを上向けに付けたことが最も画期的」だという。「構成と目の付け所が斬新で、世の中のトレンドを無視しているところが画期的なのかもしれません」と笑いながら語る。そしてその志は、"ロック"魂にも溢れるものでもあった。

  • スピーカーを上向きに取り付けたユニークな構造が音を全方位に拡散する立体的で独特なサウンドを生み出すことにつながった

「ネオジム磁石により、ここ10年で小さくてもパワーの出るもの、低音が出るスピーカーができるようになりました。しかし、今回は、あえて高解像度な音を捨てて、全体的に柔らかい音を作ろうと思いました」と浦氏。

製品コンセプトに沿ったデザインが完成して音作りが始まった初期の段階では、「構造としてパッシブラジエータやディフューサーなどの採用も検討していた」とのこと。しかし、密閉式の小型サイズの本体の中にはそのままでは収めることができなかったという。そこで、半ば苦肉の策で上向きに付けてみたところ、「高い音と低い音が分離して聞こえるようになり、音が縦方向に広がり立体的になったんです。スピーカーを上に向けただけ? と言われてしまうとそれまでなのですが、まさに"コロンブスの卵"というべき産物でした」と明かす。

さらに、「そこから、この構造にあった77mmのフルレンジスピーカーの開発、イコライザーでの音のチューニング等、技術的に詰めていった結果、自分でも今まで聞いたことのない楽しい音が出来上がったと思います。"ドンシャリ系"と呼ばれる、最近主流である高解像度な音と低音を強調するチューニングとは逆行した、ユニークなサウンドを実現できたと思います」と語る。

  • 試作段階ではネオジウム磁石型のスピーカーユニット(左)も検討された。最終的に採用されたユニット(右)に比べると小さく、多くの小型ブルートゥーススピーカーで採用されているが、あえてフルレンジのユニットを用いたことで、スピーカーの構造を大きく変えることになった結果、独特のサウンドを生み出した

  • 理想の音に近づけるために、試作用に用いられたドライバーユニットの一部。その数は30組以上に及ぶ

デジタル時代だからこそ、新しい音楽の楽しみ方を

マーケティングメンバーとしてプロジェクトに携わった、同社マーケティング部プロダクトマネージャー 中尾大亮氏は「デザイナーの考え方がそもそも違うんです」と語る。ブルートゥーススピーカーの現在の潮流とは真逆のコンセプトとして生まれた、本製品の独自性を次のように強調する。

「ライナーノーツなどを見ながら、音楽と真剣に向き合い、"パッケージ"として音楽を楽しんでいた時代もありましたが、今回の製品はそうした体験的要素を、別の方法で表現したものと言えます。とはいえ、"体験重視"を謳いながらも、マーケティング的視点で言うと、機能的な特徴もあったほうがもちろん消費者には受け入れられやすいです。本製品は、体験重視でよりよいものを作るにあたり、目指したのがボーカル重視の音作り。そして、それを実現するために、大きめのフルレンジスピーカーと密閉型構造という組み合わせを採用したことで、音の輪郭をはっきりとさせてボーカルを押し出すことに成功しているという点が技術的な面での強みにもなっていると思います」

「オーディオ機器は作らない」というそれまでの社長の意志を曲げてまで誕生したバルミューダのワイヤレススピーカー。今回の前編はその契機と、現在のオーディオ市場においては異色とも言える"音作り"へのこだわりを中心に紹介した。次回後編では、"音楽体験"を視覚的に表現するための飽くなき挑戦について、より詳しく話してもらう。

  • お話を伺った、バルミューダ マーケティング部プロダクトマネージャー 中尾大亮氏、研究開発室の浦純也氏、クリエイティブ部の髙野潤氏の3人