世界初の完全ワイヤレスタイプの骨伝導イヤホンとして、2019年7月にクラウドファンディングサイト「GREEN FUNDING」で購入者の募集を開始し、日本国内における当時の過去最高支援額1億3200万円を調達したことでも話題となった、BoCoの「earsopen "PEACE"」(以下、PEACE)。技術的な革新性だけでなくデザイン性など、多方面から評価を受けている。今回は、このPEACEという製品が完成にいたるまでの経緯を、同社ソリューション開発部長の荒牧純一氏に訊いた。
骨伝導で完全ワイヤレス化、課題は山盛り
鼓膜ではなく、骨を振動させることによって聴覚神経に直接音を伝える仕組みの"骨伝導イヤホン"。従来のイヤホンのように耳を塞がないため、長時間使用しても耳が疲れにくく、周囲の音を聞きながら音楽を楽しめるといった長所がある。
骨伝導技術の複数の特許を持つ、BoCoではこれまでに「earsopen」シリーズとして累計10モデル以上の骨伝導製品を発売してきた。そんな中、PEACEは世界でも初めてとなる完全ワイヤレス化を実現した製品だ。
ワイヤレス化を実現するにあたっては、まずはバッテリーを搭載しながら、ウェアラブルな装置としていかに軽量・小型化を図るか? という技術的な課題がある。骨伝導イヤホンならではの特性をふまえて、荒牧氏は次のように説明する。
「ふつうのイヤホンに比べると、骨伝導は鳴らすためのエネルギーが3~4倍ぐらいかかります。まずはこれを当社の技術で2倍強ぐらいにすることを目指しましたが、当分は難しいと思っていました。しかし、弊社がこれまでに培ってきた持続時間を長くするための"低消費技術とイコライジング技術"を詰め込んでいった結果、想像以上に早く実現できました」
荒牧氏によると、「イヤホンの出力は低音ほどエネルギーが必要」だという。また、空気や水などの物体が振動することで生み出される音というのは、"基音"と呼ばれる発せられたそのものの音と、"倍音"と呼ばれる基音に付随している音で構成されている。「声の基音の周波数の下限は、男性が200Hz、女性が400Hzとされている。そこで、聴覚補助用の製品では、音声に重要な帯域以外を抑えることで、エネルギーを抑えています」とのこと。
ところが、音楽用の場合には、倍音も重要な要素となる。「音楽として録音された原音には倍音が含まれています。その中でどこを拾うかなんです」と荒牧氏。そこで、人間の聴覚の仕組みを考慮して、倍音の成分をイコライザーで調整することで、バッテリーの持続時間の延長を図ったのだという。
結果、動作時間は1時間の充電で4時間まで延長。もともとは2時間だったものを2倍にまで伸ばすことに成功した。一般的なイヤホンに比べると少々短い気もするが、「あくまで最大音量で使用し続けた場合です。ふつうに使うと10時間ぐらいは大丈夫です。ふつうのイヤホンだと、使っているうちに鼓膜が疲れてくるのでだんだん音を上げていくものですが、骨伝導イヤホンは下げていくんです。購入される前は、数字だけを見て確かに短いのでは? と思われることもあるようですが、実際に使用しているユーザーからは不満の声はありません。収納用のケース自体がモバイルバッテリーの機能を果たして充電できるので、ほとんど問題なく使用できると思います」と説明する。
独自の骨伝導方式、独特の装着スタイル
ワイヤレスイヤホンとして、もう1つ重要になるのは、装着感やフィット感だ。PEACEの筐体は"T"型で、イヤーカフのように耳を挟むように装着するスタイルだ。イヤホンとしては独特なスタイルだが、骨伝導デバイスを、最も骨伝導力を発揮する、耳穴の入り口のくぼみに固定し、そこから伸びたアームが、耳の裏側に固定されるバッテリーなどを搭載した本体へとつながっている仕組みだ。
クリップのように耳を挟んで固定するかたちだが、装着してみると、ほとんど違和感がなく、通常のイヤホンよりも安定感がある。走ったり、スポーツをしながらでも外れることはほぼないという。実はこの設計は、骨伝導イヤホンとして音質を高めるためにも必要条件だったとのことだ。その理由を荒牧氏は次のように説明した。
「骨伝導イヤホンは、振動デバイスが耳の近くの、身体のどの部分に当たるかで聴こえ方が変化します。今まで弊社では、クリップタイプ、フックタイプなどさまざまな形状の製品を開発してきましたが、一番自然に聴こえるのは、耳穴の軟骨。骨伝導イヤホンで、軟骨で聴くという仕組みは弊社だけです。そしてPEACEでは、直径10ミリという骨伝導デバイスとしては最小というサイズを活かし、耳の中に入れられて、耳の内側から後ろに向けて鳴らす仕組みを採用しました。音が伝わりやすい耳穴の入り口にしっかりと固定できることで、従来の骨伝導イヤホンでは難しかった量感と中高音域までをうまくバランス調整させています」
PEACEの重量は片耳約9.5グラム。荒牧氏によると、この重さは目標値を定めたわけではなく、必然的にたどり着いた結果だという。「イヤホンの開発を何十年とやっていると、企画の段階でだいたいのサイズ感がわかります。分析してから始めると、時間もかかってしまいますが、経験値を活かして作ったほうが早いんです。PEACEの場合も大枠で作った後で分析とブラッシュアップしていくという流れで製品化が進められました」と話す。
外観上のデザインの中でもこだわったというのは、まずは素材だ。「世の中にある骨伝導イヤホンはシリコンゴムが主流ですが、耳に当たる部分を覆ってしまうと、音がダイレクトに伝えられなくなってしまいます。そこで、伝える部分は硬い素材にする一方で、耳の裏の固定する部分については、装着感だけを考えると柔らかいほうが適しています。しかし、音質を重視してあえて硬い素材を採用しています」と荒牧氏。
本体と骨伝導デバイスをつないでいるアームの部分は、素材のみならず、構造にもこだわったという。「曲がる部分なので、硬いと折れやすく柔らかいと挟む力が弱くなります。チタンをシリコンゴムでコーティングするという方法もあるのですが、丈夫にはなるけれども、音の伝導がそこで疎外されてしまいます。ケース、アーム、曲げても簡単には折れないギリギリの選択で、それぞれ別の素材を使用しています」とのことだ。
高評価のデザインも「使いやすさ」起点
しかし、次に問題となるのは質感だ。そこで塗装にも工夫が凝らされている。
「内側の素材は違うものの、外側からは全部同じに見えるように塗装の質感にもこだわりました。以前はABSのゴム塗装だったのですが、質感がいい反面、汚れやすく、長時間使うと汗を通してしまう難点もあります。マット塗装であればその点はクリアになるのですが、マット調で高級感を出すのには苦労しました」
形状に関しても、試作機段階から実は変更になっている。クラウドファンディングで募集を開始した時点では、"i"字型だった。しかし、「横から見た時に後ろの本体部分が目立ちすぎる」という理由から、発売直前に耳の裏側に隠れるように"T"字型に急遽変更されることになったそうだ。
「以前のバージョンはデザイナーも自信を持っていたのですが、『もっとふだん使いしやすいように』という社長の方針転換で変更になりました。デザインが変わったことにより、既に申し込んでくれた人からキャンセルがあるのではないかと不安もありましたが、実際には『こっちのほうがいいね』と好意的に見てくれた方のほうが多かったです」と荒牧氏。
クラウドファンディングによる先行販売を経て、近く一般販売も予定している。既に手にしたユーザーからは、次のような声が届いているという。
「思っていた以上に音がいいとおっしゃっていただいています。ふつうのイヤホンと比べると低音は量感よりもしっかりクリアに聞こえることが特長。聞こえ方の毛色が違うので、音がいいという認識が変わった、新しい音の感覚とおっしゃっていただける人がほとんどです。骨伝導は慣れてくると、いい意味でBGMとして最適です。たとえて言うと、本物のステージをステージ裏で聴いている感じ。周囲の音が気にならないレベルで流れつつも、音楽はしっかり聞こえて臨場感があります。オープンエア型でありながら、ニアフィールドリスニングが楽しめ、音漏れの問題も解消できます」
世界初の完全ワイヤレス型骨伝導イヤホンとして多くの注目と期待を集めた本製品。技術的な革新性や実用性のみならず、デザイン性に至るまで追求とこだわり抜かれた完成度の極めて高い製品だ。今回、その開発秘話を伺ってみて、過去に培われた経験と確固たる技術力の集結の上に成り立っている製品だと改めて実感した。