2019年10月に、日本エー・アイ・シーから発売された「Hibarin(ヒバリン)」。1年前に同社が「Sengoku Aladdin(センゴクアラジン)」のブランドで発売したカセットガス式ストーブ「ポータブル ガス ストーブ」に次ぐ商品で、カセットボンベ方式を採用した新しいタイプの"ガスコンロ"だ。
コンセプトは、"火鉢と七輪"。日本の伝統的な火器である2つの道具を融合し、機能もデザインも現代風にアレンジした商品。見た目の愛らしさだけでなく、今までになかったカテゴリーの商品としても、発売以降、話題となっている。今回はそんな商品が誕生するまでの経緯や開発秘話などを、同社企画本部 商品戦略部の城田明彦氏に伺った。
"アラジン"と言えば、イギリス発祥のブランドで、石油ストーブの「ブルーフレーム」が代表的な商品。1985年から日本での製造・販売を手掛ける日本エー・アイ・シーでは、「メーカーとして、その商品デザインを継承しながら、"日本発"の商品として、新たな商品を作り出せないだろうか?」と検討を始めたという。
そうした中、日本の伝統的な火を使う道具の中で、改めて何かヒントやキーワードがないだろうかと考えた時、まずは道具の使われる場所を想定したという。「昔から日本の住まいには、居間・土間、縁側、長屋の井戸端がある。これらを現代に置き換えると、リビング(インドア)、ベランダ・テラス(ミドルドア)、アウトドアにあたる」とよりイメージを具体化させた。
そして、もう1つのキーワードとなったのは、"カセットボンベを使った調理器具"。そこで、日本の伝統的な道具、特に調理器具にフォーカスしてイメージを膨らませた先にたどり着いたのが、火鉢と七輪だったという。「火鉢や七輪を現代に置き換えると、インドアでもアウトドアでも使えるポータブルなカセットコンロを作ろうということになりました」と振り返る。
ヒバリンの開発チームは、プロトタイプの製作や、調理試験をするメンバーも含めると8人ほど。発売に至るまでの1年半の間、まずはアイディアスケッチから始まり、サイズ感も含めた、CG上での検討が行われたそうだ。「火を使うものなので、樹脂を使う3Dプリンターでの造形品では試験できないので、何回も鉄板で試作機を作り、試行錯誤を繰り返しました」と城田氏。
製品と空間との調和を図るため、CG上では、使用するシーンを想定したイメージ合成も行いながら進められたという。そして、そうした中で新たな発見や展開ももたらされた。
「もともとは屋内生活シーンでの利用をイメージしていましたが、アウトドアシーンにもメリットが多いということに気づきました。その一例がキャンプ。外にも持って行って使えるカセットコンロという新たなコンセプトにつながりました」
ところが、屋内での利用では、卓上での利用を想定していた。そのため、テーブルの上に置いても邪魔にならないサイズ感というのが必須の条件だったが、アウトドアシーンでは、本体をそのまま地面に置いて使用するという使い方も求められる。そこで突き当たったのは、「卓上に置いても使いやすく、地面に置いても低すぎない高さ」だ。
「インドアでもアウトドアでもいろんな場所でいろんな使い方ができる、汎用性のある高さを検討した結果、必然的にこの高さになりました。昔から七輪が土間など使われていたことを思うと、この高さ自体にも大きな意味があったと改めて気付かされ、感慨深かったです」と城田氏。
暖をとれる調理器具、七輪や火鉢の原点に立ち返る
当初はカセットコンロの一用途として考えられていたヒバリンだが、このように開発過程でアイディアが広がり、調理から簡易的に暖をとるといった幅広い用途で使えるマルチな火器に発展していった。ところが、開発メンバーはここで改めてモデルとなった七輪や火鉢の原点に立ち返り、ある違いに気付く。
それは、直火と炭火の違いだ。元来、七輪というのは炭を燃料にした調理用の炉である。しかし、ガスボンベを燃料とする直火では、そのままでは遠赤による加熱効果が得られない。そこで、「遠赤をいかにガス火で実現するか?」を検討し、考え出されたのが"遠赤プレート"だ。
「魚焼きロースターと同じ発想ですね。遠赤のストーブとかと同じ原理で、炭の代わりに金属を赤熱させようと考え、アタッチメントをいかにして作るか? に試行錯誤しました」
そして最初に検討されたのは、形状と大きさだ。「これよりも大きいとそもそも赤熱しません。網と遠赤の輻射プレートとの距離や形状が近すぎても、すぐに黒焦げになってしまいます。また、穴が開いていてある程度の熱気も必要であることもわかってきました。焼き網からの落下物が、バーナーにあたらないようにスリットの形状を工夫したり、ドーム状のものから平たいものまで、さまざまな大きさや形状の試作品を作ってテストを繰り返しました」
開発過程で、もう1つ大きな課題となったのは"耐風性能"だという。「本体とは別に風防とかを用意することもできますが、できれば七輪や火鉢を模したこの形状の中で、風防代わりになるような機能を盛り込めないかと考えました」と城田氏。
とはいえ、ヒバリンの火源は、炭火ではなく、消えやすいバーナーの火だ。「高さも含めて、バーナーの位置をどうやって決めたらいいかに苦労しました。風速5メートルの風で実験を繰り返して、火が消えにくい形状と高さを決めていきました」と明かす。
ヒバリンの本体は鉄製だ。一般的なカセットコンロは、四角い箱状をしているが、火鉢や七輪を模した独特な形状は、生産する上でも技術的なハードルが高くなる。
「ヒバリンの内部構造は、バーナーを従来のカセットコンロより高く設定しています。四角いガスコンロなら、板金をプレスで型抜きし、箱状に曲げて作るだけですが、ヒバリンのような深絞り形状となると、プレス成型の難易度が上がります。技術的には"ヘラ絞り"という板金を回転させながら加工する方法も検討しましたが、量産性や他の部品との篏合を考えると、現実的ではありませんでした。本体のこの高さと形状は、プレス加工できるギリギリの高さでもあるんです」
前述のとおり、カセットコンロと言えば、機能重視の四角いデザインというのが一般的だ。しかし、火鉢や七輪に代わる現代の新しい火器を作り出そうとした時に「それが置かれるどんな場所や空間にも調和するデザインを追求しました」と城田氏。
そこで質感や素材感にもこだわった。「火鉢や七輪のように人々の生活に密着して長く使っていただく上で、まずは愛着を持ってもらえるようなものをと考えました。一方で、鉄板を使った道具としての風合いを出しつつも、汚れるところは拭き取れたり、ゴシゴシ洗えるといった使い勝手も重要」と、本体の上部分には、汚れにも熱にも強く、発色にも優れたホーロー素材が採用されているとのことだ。
「道具としての表情を出すために、表面の塗装もこだわっています。鉄器の鋳物のような塗装処理を施し、デザイン性と耐久性を両立できるよう仕様を決定していきました」
どこでも持ち運べる軽快感や使用シーンでのアクセントとなるよう、ビビットなカラーを選んだ。「汚れを考えると、黒やシルバーなどが適していますが、使い込むうちに色味が変化していくのも、道具らしさが出ていっそう愛着を持ってもらえるのではないか」と意図的な選択だという。
ただし、「五徳の色は、黒とクロームメッキで最後まで迷いましたが、焼き網との統一感を重視しクロームメッキにしました」と城田氏。それ以外にも、「使い慣れたかたちと遊び心の共存」を目指し、操作部には水道蛇口のハンドルのようなデザインを採用し、レトロやアナログ感の表情を持たせたとのことだ。
古きよき”道具”をふたたび現代に
日本の古きよき生活道具を現代生活にあわせてデザインした、ヒバリン。まさに"温故知新"の精神で生まれた、新たなカテゴリーのプロダクトと言えるが、城田氏は最後に製品に込めた想いを次のように語ってくれた。
「ヒバリンは、今の時点では世の中になかった新しいものですが、いずれは火鉢や七輪ように長く使っていくようなスタンダードなものになってほしいなと思っています。現代のデザインには、モダンで洗練されたものがたくさんありますが、ヒバリンには、使っていただく人の傍らで、心に温かみだとか安らぎを与えるような素朴な道具であってほしいという思いがあって、ちょっとした汚れやへこみなども思い出となるようなデザインを目指しました」