30年以上コーヒーメーカーを手掛け続けてきたツインバード工業が、日本の自家焙煎の第一人者・『カフェ・バッハ』店主の田口護氏を監修に迎え、"究極のコーヒーメーカー"を目指して渾身の思いで、2018年10月に世に送り出した「全自動コーヒーメーカー CM-D457B」。コーヒー愛好者からの支持を集め、2019年11月には第二弾として大容量モデルの「CM-D465B」も発売になった。
前回の前編に続き、後編となる今回は、第一弾製品のプロトタイプが完成し、新たに直面した課題とその解消に向けてさらなるブラッシュアップに力を注いでいった以降の過程について紹介したい。
美味しいコーヒーは、なにゆえに美味しいのか
製品の監修を務めた田口護氏との出会いは、企画開発を続けてちょうど2年目にさしかかった頃。協業しているチームメンバーの1人がコーヒー業界出身だった縁から田口氏とつながることができ、作り込んだ試作機を持参して直接訪ねることができたという。
「"世界一美味しいコーヒーメーカーを作ろう"ということで始まったプロジェクトでしたが、我々はコーヒーに関しては素人なので、誰でも美味しく飲めるコーヒーとは何なのか? 何をもって美味しいと言えるのだろうか? というのが最終的な壁でした。田口氏は家庭でしっかりと美味しいコーヒーが楽しめるよう、ホームコーヒーの文化が豊かになればということで共感をしてくださり、監修にご協力いただけることになりました」と岡田氏。
改めて田口氏に美味しいコーヒーについて教えを問うと、「コーヒーは嗜好品でうまいまずいの答えはない」という。ただし、3カ条として「豆の粒度を揃える、抽出湯温、ドリップの3つでコーヒーの味は決まる」「雑味がなく、まろやかな味を作る基本をしっかりやるべき」というリクエストのもと、挽き方は3段階、抽出温度は83℃と90℃の2段階に絞り込んで開発が進められた。
当時のミルの構造では、田口氏が想定しているよりもまだ豆の粒度が少し粗く、バラつきがあったという。それを理想の状態に近づけていく試作を繰り返した。
抽出については、どうすれば機械で、ハンドドリップのように全体にお湯を行き渡らせることができるかが課題。さらに、ハンドドリップでは、コーヒー粉末のろ過層の壁を崩さずにお湯をかけるが、これをどう機械で再現するかもポイントの1つである。これらを実現するために、最終的にたどり着いたのは、6方向から断続的にお湯を注ぐ、"シャワードリップ"と呼ぶ方式だ。「ポンプの制御で強弱を付けながら、6方向からドリップしていき、外側から真ん中に向け斜めにお湯が出るように設計しました。お湯の温度と量と時間の3つがちょっとでも変わると、味が変わるので、落ちるスピードや次の抽出のタイミングなども細かく調整しています」と熊本氏。
さらに、田口氏からは「蒸らしの時間、注ぎ足す時間、抽出する時間の適切なタイミングもそれぞれ違う」という細かなアドバイスが加わった。開発陣は田口氏のもとへ足しげく通い、カッピング評価とテイスティングを繰り返し続けた。「お湯がどれぐらいの強さで何秒出て、どれくらいで止まるかのタイミングが重要でした。それを田口先生のハンドドリップの状態に近づけるべく、量産直前まで制御のプログラムを仕上げていきました」と熊本氏は語る。
もちろん、外観上のデザインにもこだわった。本体はマットな質感のオールブラックで仕上げ、スリムな縦型のボックス状。フラットでシンプルなのが特徴だ。
「コーヒー好きのこだわりのある方に好まれる落ち着いたデザインにしたいと思い、マットブラックを採用しました。道具とか嗜好にこだわりのある方をターゲットにした商品なので、お気に入りの豆を買ってくるところから始まって、豆の量を調整して、全自動とはいえ、ひと手間が加わらないと完成しない要素を残したくて、操作部にはあえてアナログ的なダイヤルを採用しているんです。回すとカチカチと音がしたり、スイッチ感も大事にしています。オーディオのイメージですね。前述のとおり、豆のふくらみ感とか、ぽとぽとと滴る音だとか、ハンドドリップで淹れる時と同じ味わいと楽しみを持たせるようにして、ブラックボックスですべて覆われていた従来のコーヒーメーカーとは異なり、ビジュアル的にも抜け感がある構造にしています」(岡田氏)
こうして何度かの大きな設計変更も経て、2018年秋についに世に送り出された「CM-D457B」は、メーカーの予想を超える大反響で消費者にも迎え入れられた。
しかしユーザーからは即座に「もう少したっぷりと飲みたい」という声があり、すぐに6杯用の大容量モデル「CM-D465B」の開発に着手することになった。
大容量化の壁は思った以上に厚かった
ところが、容量の大型化は単にサイズを大きくすればいいというだけでなかった。コーヒーの美味しさを実現するためには、パーツなど細かい部分の微調整やプログラムなどのチューニングが必要になることがわかり、開発は思った以上に難儀したという。
「喫茶店でも、多くても一度に2杯までの抽出で、実は大容量の抽出は簡単ではないんです」と岡田氏。そこで、大量のドリップの方法を教えてもらうために、改めて『カフェ・バッハ』を訪れたという。
そもそも6杯用になると、フィルターのペーパーのサイズからドリッパーも異なり、一から作り直す必要がある。初めは『カフェ・バッハ』のオリジナルのドリッパーを忠実に模して作っていったが、完成形に導くためにトライアンドエラーを幾度も繰り返していく中で、「大は小を兼ねない」ということがわかってきた。1~3杯、4~6杯とドリッパーのサイズを変える必要があり、「少量作ることは稀だろう」と当初は1、2杯は斬り捨てようという考えで開発を始めていたという。しかし、途中で1~3杯用と4~6杯用の大小のドリッパーを重ねられるスタッキング構造にたどり着き、1~6杯までに対応できる製品として完成できたという。
しかし、大容量化の問題はそれだけではなかった。というのも開発中、コーヒー豆の味を引き出す83℃のお湯で抽出し、豆を介してドリップされて落ちた時、ホットコーヒーが美味しいと感じられる飲みごろ温度よりも、低めになってしまったからだ。
「お湯の量も増えることで、ドリップにかかる時間が長くなります。そのままでは時間のかかった分、温度が下がってしまう。そこで大容量でも短時間で美味しく仕上がるように、ヒーターが始まるタイミングなど多くの工程を見直しました。簡単に大きくすればいいだろうと思っていましたが、そんなに単純ではありませんでした」と熊本氏。
ガラスサーバーも6杯用に大きくなることで、淹れたのが1杯だけなど少量だと冷めやすいということも初号機の段階で発覚した。そこで、ガラスサーバーやコーヒーカップで放熱することも想定し、狙った温度で出来上がるようにヒーターで熱をかけるタイミングを早めた。『カフェ・バッハ』でもサーバーや食器を温めてからサーブしていることを参考にしたという。
従来の1~3杯用に加えて、もちろん抽出プログラムも4~6杯の各杯数に応じて新規で追加されている。「プログラムは数字でしかできないので、1杯ごとにすべて試飲を行い、プログラムに落とし込みました。1~6杯までの各杯ごとに何通りも繰り返して試すので、何百杯と飲んでいるうちにもうだんだん味の違いがわからなくなってしまいましたね」と苦笑する熊本氏。「それだけに、現場に足を運んで、田口先生に評価してもらってオーケーが出た時の喜びもひとしおでしたね」と振り返る。
もちろんミルの構造も改良した。6杯用の「CM-D465B」では、3杯用の「CM-D457B」の倍の豆の量を入れられるようにしなくてはいけない。しかし、形状をあまり大きくすることはできないため、「6杯分の豆が挽けるように豆を投入するスペースを確保しながら、ミル刃の枚数を4枚×4枚から4枚×5枚に変更しています」と吉田氏。
比較的手の届きやすい価格ながら、自宅で最高のコーヒーを淹れる楽しみも味わえる全自動コーヒーメーカーを目指して製品化されたツインバードの「CM-D457B」と、さらに大容量化の要望にも応えた「CM-D465B」。コーヒー界のレジェンドに教えを仰ぐことから始まり、その開発・製造過程は想像以上に紆余曲折の連続で、エピソードの数々を伺うにつれ、そこにかけるメーカーの情熱が並々ならぬものであったことが垣間見えた。そして、その完成度の高さにも改めて納得した。