カメラレンズメーカー「タムロン」のハイエンドモデル「SPシリーズ」のデザイン。前編では、デザインと開発を両輪で動かしながらの製品開発はチャレンジングな試みとして進められたプロジェクトであると明かされたが、この課題に「takram design engineering」が取り組む中で浮かび上がってきたのは、タムロンのレンズの象徴でもある"金色のリング"だったという。
"金色のリング"は、まさにブランドのアイデンティティーと言ってもいいほどに、ユーザーの間にも浸透しているシンボルマークのようなもの。田川氏はこれを次のように解釈したそうだ。
「前回お話した"インタビュー"を続けるなかで、タムロンの金色のレンズに愛着を持っている人が多いことがわかってきたんです。タムロンは2014年に発売した『A010』でリングのカラーをタングステンシルバーに変更したことがありました。これによりデザインが洗練されたという声の一方で、一目でタムロンのレンズだとわかりにくくなったという意見も多かったそうです。ゆえに、金リングというのは、レガシーとしてタムロンのレンズの中で受け継いでいったほうがいいのではないかと思い至り、今回のデザインでも採用することにしました」(田川氏)
伝統の金リングを「エンゲージの証」に
SPシリーズの新デザインを考えるにあたって、次に課せられたのは「ゴールドのリングを洗練させながらいかに発展させるか?」というミッション。田川氏は「現在のデザインのトレンドは、アップルの製品に代表されるように、ミニマルでありながら素材感を出すこと」と分析する。
一方、カメラレンズを並べてみると製品によって長さも太さも多様なため、シリーズで並べた時にリングの位置がそれぞれ異なり、カメラに装着されているときに見えるリングの位置にもバラつきが出てしまうことに気が付いたそうだ。
「リングの位置というのは、レンズを並べたときにも、カメラに装着したときにも、"同じ場所"に入ってキレイに揃っているほうが見た目には美しいのではないだろうか」。田川氏はこのように考え、リングの位置をレンズとカメラの結合部分に移動することを思いついたのだと話す。「金リングはタムロンのレンズの象徴ではあるんですが、カメラと一体になったときにはひっそりと収まる、控え目な感じが好ましいと思いました。そこでカーブを付けた造形にして、ボディに着けたときにはほとんど隠れて見えないように工夫しました。それまでの金リングはだいたい4~5ミリなんですが、造形が必要な分、このシリーズでは8ミリと太くなっています」
さらに金リングにはもう1つの意味も込められている。「レンズというのはカメラボディと一体化させて使うもの。カメラ本体に装着してこそ意味があるものです。そこで金リングを"エンゲージリング"に見立てて、ボディとレンズの最高の組み合わせである約束の証しを象徴するものに位置づけました」
ヒューマンタッチの象徴のひとつであるスイッチのモックアップ。見た目はほぼ変化がないが、触れると感触がひとつひとつ異なる |
既存のスイッチよりも軽快に操作可能でありつつ、不意の誤操作で動かない固さが求められた |
タムロンの新レンズのデザインには"ヒューマンタッチ"という考え方も取り入れられている。これは簡単に言うと、手にしたときに感じるフィット感。AFのスイッチを操作したりする所作にもこだわり、数十種類のパターンを作り、触り心地やスムーズな操作感が何度も追及されたという。"機械っぽいイメージ"のものになりがちなカメラのデザインに、少しでも人間味を与えるのが狙いだったそうだ。「今回一緒にお仕事をしたタムロンの従業員の皆さんがとても人間味に溢れている方ばかりで、そういった社風をプロダクトを通じて消費者の方にもなんとか伝えられないかと思ったんです」(田川氏)
ロゴのブラッシュアップは「可読性」も重視
実は今回、レンズに記されているプロダクトロゴも変更されている。以前のロゴは大文字と小文字のアルファベットが混ざっていて、海外ユーザーを中心に違和感のある人も多かったそうで、可読性の高いすべて大文字で構成されたロゴに変更されたのだという。
「アルファベットの大文字と小文字が入り混じったような今までのロゴは外国人から見ると、日本語で言うところのカタカナとひらがなが混ぜ合わさったような感じに見えていたそうです。そこでもう少し一般的にできないだろうかというところで、すべて大文字にしてよりスタンダードな印象にしました。ロゴまで変えるとなるとなかなか難しいだろうなとは思っていましたが、せっかく大きなリニューアルをする機会なので思い切って提案してみたところ、タムロンさん側にも受け入れてもらえて、新しいデザインのレンズから、このロゴを採用することになりました」
最後に田川氏は開発を振り返り、「一般的にエレクトロニクス商品は寿命が短いものですが、レンズは1回製品になると長く使うものなので取り組みがいがありました。我々はプロトタイプを作るお仕事も多いので、消費者の方が手にする商品をデザインできたのもデザイナー冥利に尽きます。さらにレンズというのは機能・性能・デザインが密着した商品で、技術革新の真っただ中にいるというのを感じることもできる、やりがいのあるプロジェクトでした」と語った。今後のシリーズについても引き続き協業していくということで、タムロンのレンズのデザインは年を追うごとにイメージが統一されていく方向とのことだ。
"黒色の筒"というプロダクトとしての制約が多く、非常に限られた中でデザインを考える必要があるカメラレンズ。しかし、そんな中でもブランドの意匠やメーカーの思いをこれほどまでにデザインに注ぎ込むことができるものなのだと、改めてその奥深さを感じずにはいられない商品だった。