シャープが2019年12月に発売したルームエアコン「Airest(エアレスト) L-Pシリーズ」(以下Airest)。"空気清浄機と呼べる、唯一のエアコン"と謳うとおり、冷暖房・除湿機能に加えて、「集じん効率70%以上、騒音値55dB以下」という空気清浄機としての業界基準を満たした製品だ。その性能は同社の空気清浄機の最上位モデルと同等。いわば「空気清浄機一体型エアコン」と呼べる新製品だが、実は業界内でタブーとされていた領域に挑んだ型破りな商品でもあるのだ。そこで今回は、製品化するにあたっての知られざる苦労や秘話を、開発の中心となった2人の担当者に話を訊いた。

  • シャープに訊く 「Airest」はナゼ唯一無二の空気清浄機エアコンなのか

    「Airest」の開発秘話を伺った、シャープ Smart Appliances & Solutions国内空調・PCI事業部空調商品企画部主任の水野琢馬氏(左)と、同事業本部 国内デザインスタジオのシニアデザイナー・奈良俊佑氏(右)

なぜ新しい? 空気清浄機エアコン

空気清浄機能に力を入れたエアコンというのは、シャープのみならず、業界内でも既に珍しいものではない。ところが、今回発売されたAirestがそうした過去の製品と根本的に違うのは、前述のとおり、空気清浄機としての業界基準をクリアしている点だ。

デザイン開発を担当した、シャープ Smart Appliances & Solutions事業本部 国内デザインスタジオのシニアデザイナー・奈良俊佑氏によると、Airest開発の契機となったのは、ユーザー調査の結果だという。「エアコンを購入した、または購入検討中の人へのアンケートを見ると、購入動機の2番目に多いのが"空気浄化"でした」と奈良氏。

シャープのエアコンと言うと、消臭・除菌などの効果を謳う、独自のイオン発生技術"プラズマクラスター"を搭載しているのも特徴だ。Airestの商品企画全般の取りまとめ役を担った同社同事業本部 国内空調・PCI事業部空調商品企画部主任の水野琢馬氏は「エアコンはいまや冷暖房はもちろんのこと、空気清浄機能も当たり前のように求められるようになってきています。業界全体的に、内部の清潔性も含めて空気浄化機能を搭載するのは当たり前の時代。空気清浄機市場では業界をリードしてきたと自負している弊社としては、エアコンにおいて空気清浄力をどこまで極められるかを追求したいという思いがありました」と明かす。

Airestの企画構想がスタートしたのは2015年。発売に至るまでは実に足掛け4年あまりを要したロングプロジェクトだ。初期の段階では小規模でスタートしたものの、開発途中で次々と直面する課題に対応するために、人数も規模も徐々に増大していったそうだ。「何度も頓挫しそうになりました」「途中、無理かなと半ば諦めた時もありました」と2人が振り返るように、Airestの製品化は他の製品に比べても克服すべき課題、難題がとてつもなく多かったという。

中でも一番ハードルが高かった要素として挙げられたのは、空気の吸い込み部分を集じんフィルターで覆うことへのチャレンジ。空気清浄機としては当たり前に不可欠な要素だが、エアコンとしてはタブーとも言っていいほどそれが大きな障壁となる。

「エアコンというのは省エネ性能も求められる商品。省エネ性を高めるためには、空気が熱交換器を通るまでをいかにスムーズにするかがカギとなるんです。それなのに、吸い込み口を空気清浄機用のフィルターで覆うとなると、省エネ性能を妨げることになってしまうのです。間に遮蔽物があることで、従来のエアコン構造を根本から見直す必要がありました」(奈良氏)

  • 空気の吸い込み口を集じんフィルターで覆う構造の「Airest」。空気清浄機としては必須の構造ではあるものの、省エネ性能が求められるエアコンにおいては、常識的にはあり得ない仕様だ

そこでまず検討されたのは、「吸い込み口をどのように確保するか?」だ。だが、「単純に空気の吸い込み口を大きくしようとすると、室内機のサイズはどんどん大きくなってしまいます。でも、エアコンは省エネルギー法の寸法規定によりサイズが定められています。限界がある中で、吸い込み口をできるだけ大きく取ってその部分に集じんフィルターを取り付けた場合にどれくらいまで許容できるのかを原型をいくつも作って、その都度チェックするというのを繰り返しました」と奈良氏。

次にメスを入れたのが、ファンの構造だ。「クロスフローファン」と呼ばれる一般的なエアコンで主流のファンのままでは、吸い込む力が弱く、集じんフィルターを取り付けることで送風量が大きく低下してしまう。そこで目を付けたのが、同社の空気清浄機に搭載されている「シロッコファン」だ。クロスフローファンに比べて吸引力が強いのが特徴だが、横から空気を吸い込む構造であるシロッコファンは、横幅の面積がどれだけ確保できるかが性能を左右するという。だが、空気清浄機とは違って、壁に取り付ける必要があるエアコンの室内機の場合には横幅等の制約を受けてしまう。そこで、その問題を解決するために、Airest用にシロッコファンを改良した。

  • 「Airest」用に新たに開発されたシロッコファン(左)。エアコンのファンと言えば、"クロスフローファン"(右)が一般的だが、吸い込み口が覆われた構造ながら、風量を強化するために新たに開発された部品だ

「試作の時点では、省エネ基準を満たそうとすると、本体の横幅が2メートル近くにもなってしまいました。そこで、小型化したシロッコファンを複数に分けて連結する仕組みにしました。最初の時点では2個から始まって、何度も試作を作って、風量や発生する音の大きさ、サイズのバランスを微調整して行ったり来たりしながら、最終的には4連のシロッコファンを採用する形に落ち着きました」(水野氏)

ちなみに、Airestに採用されている集じんフィルターは1枚で脱臭性能も兼ね備える。「活性炭を集じんフィルターに練りこむことで1枚で集じんと脱臭機能を果たし、なるべく遮蔽物をなくすように工夫しました。そのため、厳密にはHEPAフィルターとは言うことはできませんが、近しい性能を保持しています」とのこと。

  • 空気を吸い込む能力を低下させないために、脱臭機能を兼ね備えた独自の集じんフィルターも開発。お手入れがしやすいように、スライド式のフレームを採用するなど着脱のしやすさも検討された

吸い込み口をフィルターで覆う構造を採用したAirestは、熱交換器の位置も見直す必要に迫られた。熱交換器とは、室内の空気から熱を奪ったり、室外の空気からくみ上げた熱を、室内の空気に与える、エアコンの基幹部品だ。

一般的なエアコンでは、熱交換器は横長の筒状のファンの上部を覆うように配置されているのが定番だが、省エネ性能は「熱交換器にどれだけ風を通せるか」がカギとなるため、吸い込み口が全面的に集じん脱臭フィルターで覆われているAirestの場合には同じような構造にすることができない。そこで、Airestでは、吹き出し口のすぐ手前側に熱交換器を配備する構造を採用した。フィルターでろ過した空気はシロッコファンによって風力を強めた上で熱交換器を通すという流れだ。ところが、この新たな構造は思わぬ副産物までもたらしてくれたという。

  • 従来モデルのカットモデル。熱交換器はファンの上部を覆うように配置された、昨今のエアコンでは一般的な構造だ

  • 上部が全面的に集じんフィルターで覆われている「Airest」は、熱交換器を風の吹き出し口の手前に移動

「エアコンの室内機の内部にカビが発生するのは、内側に入り込んだホコリと結露が主な原因です。そこでエアコン内部の湿度をどうコントロールするかも課題の1つだったのですが、今回、熱交換器を吹き出し口のすぐ手前に配置したことによって、室内機の内外の湿度をほぼ同じに保つことができるようになり、結露が発生しにくくなりました。集じんフィルターでキレイに濾した空気を取り入れることができるAirestは、そもそも内部へホコリ自体の侵入を防ぎます。これら2つの相乗効果で内部のカビの発生を抑えることができる新しい発想の製品でもあるのです」(奈良氏)

ちなみに、Airestは自動フィルターお掃除機能は備えていない。通常のエアコンは吸い込む力が弱いため、ホコリが付着すると風量が弱くなり性能が下がり電気代に影響してしまうが、吸い込む力が強いAirestでは、ホコリがフィルターに付着しても風量が落ちず、お手入れの頻度も少なくて済む。「従来は2週間に1度のお手入れが必要でしたが、Airestは半年に1回程度、掃除機などでホコリを吸い取るだけです。フィルターもスライドして引き出すだけで簡便に取り外せるように設計しました」と水野氏。

  • 空気の吸い込み口に疑似ホコリを散布した実験デモ。従来機種では、本体内部を通過して吹き出し口側に漏れているのが確認できたが、「Airest」は漏れていないことが確認できた

空気清浄機としての性能基準を満たした業界初のエアコンとして登場した本製品の誕生秘話。今回の前編では、吸い込み口を集じんフィルターで覆うという、エアコンにおいてはいわば"タブー"とも言える領域に挑む過程で直面した課題と解決策、それにまつわるエピソードを伺った。次回後編では、外観上のデザインとして、"エアコン+空気清浄機"に求められる要素と、その末にたどり着いた最適解やこだわり、工業製品としても求められる安全面への配慮についての話を紹介したい。