日本における世帯普及率(単身世帯を除く)がいまや80%を超えたとされる"温水洗浄便座"。その発祥は世界有数の"キレイ好き"と言われる日本かと思いきや、実は1960年代に北米から輸入したのが最初だそうだ。

いまやさまざまな機能を持つ温水洗浄便座だが、「その原型はお尻を洗うための介護など、福祉施設や病院で使われているものでした」と話すのは、パナソニック アプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 トワレ・電気暖房商品企画課主務の三木達也氏。30年にわたり、同社の温水洗浄便座「ビューティ・トワレ」の開発に携わり、温水洗浄便座の"歴史的証人"と言ってもいい人物だ。

パナソニックが1979年に初代「DL-80」発売してから、ちょうど今年で40年という節目に、同製品の進化の歩みと開発秘話を教えていただいた。

  • お話を伺った、パナソニック アプライアンス社 ランドリー・クリーナー事業部 トワレ・電気暖房商品企画課主務の三木達也氏。今年で40周年を迎えた、パナソニックの「ビューティ・トワレ」の開発に30年にわたり従事している

日本における温水洗浄便座のはじまり

温水洗浄便座が日本で開発・発売されたのは1970年代後半で、パナソニックの他にも数社が市場に参入した。当時、高度経済成長期の真っただ中にあった日本では、上下水道の整備が進み、汲み取り式から水洗式トイレへと移り代わり、便座のスタイルも和式に代わって洋式の普及が進んだ時代。しかし、「トイレは不衛生な場所」という人々の固定観念は依然変わらず、パナソニックは「トイレを快適な空間にしたい」という思いから温水洗浄便座の自社開発と生産を開始したという。

初代のモデルでは、元来の機能であるお尻の洗浄機能に加えて、乾燥機能と便座の暖房機能、さらには業界で初めて脱臭機能を搭載し、現在の温水洗浄便座の基本機能を確立した。その際に応用されたのは、当時同社が開発生産していた電気暖房や電気給湯機の技術や生産のノウハウ。開発にあたっては、汚れをしっかり落とせるよう洗浄範囲の広いシャワーを実現するために、実際に人のお尻の形を型取りして、何度も実験が繰り返されたという。とはいえ、「お湯を貯めておくタンクとヒーターのスペースなどがあり、今と比べると横幅が広くて両側が便器から大きく出っ張ったデザインでした。お尻洗浄用のノズルも出たままの状態で、使い勝手がいいとは言えませんでした」と三木氏。

  • 1979年発売の初代「DL-80」。お湯を貯めておくタンクやヒーターで横に大きく出っ張ったデザイン。お尻洗浄用のノズルも出たままの仕様だった

1997年には、業界で初めて"瞬間湯沸かしシャワー"方式を採用した「DL-GXシリーズ」が登場。従来の温水洗浄機能は、温水を事前に貯めておく形式で、いわば電気ポットと同じ仕組み。使わない時にも常に保温が必要なため、電気代が高くなり、貯めておいた温水が途中で不足してしまうことがあった。そこで水が入った容器を温める方式から、ワット数の高いセラミックヒーターで直接水を温める方式へと変更した。熱応答性が高く、使う時だけ水を温めるだけで済むことから、消費電力は半分以下にまで低減。当時の業界では初となる「省エネ大賞」も受賞したそうだ。

  • 瞬間湯沸かし用に開発された、セラミックヒーター。水を直接瞬間的に温めることができる。写真は現在のものだが、基本的な仕様は当時とあまり変わっていないとのこと

  • 業界初の"瞬間湯沸かしシャワー"方式を採用した「DL-GXシリーズ」(1997年)。デザイン上も両袖の部分もなくなり、スッキリとコンパクトに改良された。当時のリモコンは縦型だった

季節や時間帯で変わる水温を常に一定に保った上でシャワーを噴出させる必要があることから、当時自社で培われていた温度のセンシング技術やヒーターの出力制御といった電気給湯機の技術が応用されたという。三木氏は、「1200Wのヒーターを作ること自体は簡単で、むしろそれをコントロールすることが大変でした。わかりやすく言うと、5℃の水を40℃にするのは簡単ですが、適温である40℃で止めるのが難しい。そこで、水が入ってくる温度と出てくる温度をセンシングして、ヒーターをマイコンで制御しました」と明かす。

実用性が飛躍的に向上した2000年代

その後も、フタを自動開閉する機能を搭載した「CH670」(1999年)や、体脂肪測定機能を搭載した「DL-MS1」(2001年)、お尻シャンプー洗浄機能を搭載した「CH8500」(2002年)など、少々"攻め"た方向で進化をさせた新製品をほぼ1年に1度のペースで発売したパナソニック。三木氏は当時の製品について次のように振り返った。

「体脂肪計測定機能というのは、便座のお尻(太もも)のあたる部分と、便座の脇の操作部分にグリップ式のアルミの電極を設けて、手と両足間に微弱な電流を流して体脂肪を測定し、リモコンに表示させるというものでした。しかし、体脂肪を測る時には基本データとして体重が必要なのですが、それを自分で入力する必要がありました。本当は便座で体重も測れるようにしたかったのですが、両足が浮いた状態でなければ正確には測れないのでハードルが高く、断念しました。お尻シャンプー洗浄機能というのは、持病を抱える方などお尻をせっけんでよりきれいに洗いたいという人にはかなり支持されたのですが、タンクに専用のシャンプーをセットする必要があり、それが少々ネックで継続されませんでした」

  • お尻シャンプー洗浄機能を搭載した、2002年の「CH8800」。せっけん水でお尻をより清潔に洗うことができる機能だが、利用には専用のシャンプーが必要だった

次に仕様・設計上の大きな変更を伴う新製品が登場したのは、2003年発売の「DL-SV・GVシリーズ」だ。当時、温水洗浄便座の普及率が既に50%を超えていた中で、ユーザーの不満点として多く寄せられていたのが手入れの煩雑さや清潔性。この要望に対して、業界で初めてステンレス製の洗浄ノズルが採用された。「それまでは加工がしやすい樹脂製でしたが、継ぎ目がなく傷もつきにくいステンレス素材を用いることで、汚れ残りや黒カビの発生を防げるようになり、汚れても掃除がしやすくなりました」と話す。

ステンレスをノズル状に加工するためには、何度も試作が繰り返され、最終的に"深絞り"という工法に行き着いた。1枚のステンレスの板からプレス加工を繰り返してノズル形状に仕上げていく技術で、プレス加工でもっとも難しいとされる工法である。以降、現在に至るまでパナソニックの温水洗浄便座は全製品にステンレスノズルが採用されている。お手入れ時にノズルを出すのはそれまでは手動だったのが、モーター駆動で自動化され、ユーザーの利便性が一気に向上した。

  • 1997年発売の「DL-GXシリーズ」では、ノズルは樹脂製。お手入れの際も手動で引き出す必要があった

  • ステンレスノズルが採用された、2003年発売の「DL-GVシリーズ」。モーター式で自動で出たり引っ込んだりする仕組みに改良された

ここまでは、日本における温水洗浄便座の登場から普及の社会的背景から、「ビューティ・トワレ」の黎明期、その後もアグレッシブに著しい進化を続けた歴史を紹介した。後編では、長年の取り組みの末、実現した「他社は簡単に真似ができない」と豪語する、革新的な技術を採用した製品をはじめ、市場で独自の進化を遂げる「ビューティ・トワレ」の最新モデルから将来的な展望に至るまで語ってもらう。