2015年秋にレンズメーカーのタムロンが発表した、一眼レフ用交換レンズの新製品「SPシリーズ」。ズームレンズのイメージが強かった同社が発売した、35mmフルサイズセンサー向けの単焦点レンズで、カメラファンの間では話題となった。また、新シリーズはタムロンの意匠とも言うべき外観デザインも含めて大幅なリニューアルを行ったことも注目を集めた。そこで今回は、同シリーズのデザイン・設計に携わった人々に、そのプロセスや秘話を伺った。

一眼レフ用交換レンズ「SPシリーズ」

SPシリーズをデザインするにあたり、タムロンが手を組んだのが「takram design engineering (タクラムデザインエンジニアリング)」(以下takram)。同社は、"デザインエンジニア"の枠組みで、ハードウェアはもちろん、ソフトウェアからインタラクティブアートまで幅広い分野のデザイン設計を担うプロフェッショナル集団として知られている。過去に担当した主なプロジェクトには、トヨタ自動車「NS4」のUI設計や、日本政府のビッグデータビジュアライゼーションシステム「RESAS -地域経済分析システム-」のプロトタイピングのディレクション、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクションなどがある。

ハイエンドモデルレンズ「SPシリーズ」に携わった面々にインタビューを行った。左から、タムロン 映像事業本部 設計技術部 技監 戸谷聰氏、takram design engineering 代表 田川欣也氏、takram design engineering デザインエンジニア 松田聖大氏

SPシリーズの開発を総括したタムロン 映像事業本部 設計技術部 技監 戸谷聰氏によると、takramにデザインを打診したのは、同社の"デザインエンジニアリング"という考え方が、「機能面・性能面・デザイン面すべてにおいて一から見直した新製品を開発したい」という今回のプロジェクトに最も合致するのではないかと考えたからだという。

「今回のプロジェクトは、外観だけでなく、ありとあらゆるものを見直そうという、タムロンの中でも非常に大きな挑戦でした」(戸谷氏)

そう語ったのは、このプロジェクトでは製品の開発フローが既存のものとはまったく異なるからだという。

「以前はデザインよりも製品の小型化が優先されていたため、製品の機構が完成した後で"外側から被せるもの"としてのデザインを外部の方にお願いしていました。しかし今回は、設計段階からtakramさんに加わっていただき、デザインと性能、機能を同時進行で追及しながら一から一緒に作り上げていきました。設計面でもデザイン面でも妥協したところが一切ありません」(戸谷氏)

これまでにない開発プロセスだったため、エンジニアとデザイナーの意思疎通の難しさを実感したということだが、「これまでと違うアプローチによって、いいものを作るとは、こういうことなんだと改めて実感しています」とも言い足した戸谷氏の顔には笑顔が浮かんでいた。takramとタムロン、2社の間にはクライアントとデザイン会社という枠を超えた信頼感が生まれていたように感じた。

徹底したインタビューを行うtakramの方法論

SPシリーズのリリースの1年前、2014年から始まったSPシリーズのプロジェクト。初期の段階から加わったtakramのデザインチームはまずはタムロンの関係者をはじめ、あらゆる人へのインタビューを徹底して行い、実際に図面を引く前のリサーチ段階に約2カ月を割いたという。そのリサーチについて、takramの代表を務める田川欣也氏は次のように語る。

「僕らはどんなプロジェクトでも、はじめにインタビューを必ず行います。まずは会社の中の技術と近いところで仕事をしている人。会社のブランドとかアイデンティティーは経営者層に聞けばわかるけど、実際に図面を引いたりしている現場の人に話を聞きます。それから会社の外の人、アドバイザー的な中のような外のような人。そして最後に"ソーシャルインタビュー"と言って、TwitterをはじめSNSで会社名や製品名などを検索することも必ず行っています」

takram田川代表

対面のインタビューとは異なる手法"ソーシャルインタビュー"は、社内外の関係者への聞き込みとは違った効果があるという。「ソーシャルインタビューを行うと、その会社やブランド、製品に対する思いというのが把握できます。SNSの投稿というのは、非常にテンションの高い時に書き込むものなので、あるひとつの物事を絶賛していたり、批難していたりと、両極端な意見が見えてきます。投稿を見ていくとキーワードやキーフレーズ、コンセプトが7~8個は出てくるので、それらの点を線で結んでデザインに結びつけていく手法です」

そして「手掛かりなくデザインは進められない」と語る田川氏は"円筒形で色は黒"というレンズという物理的にある程度制約があるなかで、どこをポイントにしてデザインするか?を考えていったのだという。

次回は、タムロンのレンズの象徴ともなっている「ゴールドのリング」をいかにリデザインしたのかに迫っていく。