パナソニックから6月20日に発売される、スティック型コードレス掃除機の新製品「iT(イット)」。手首を軽くひねるだけで床に対してヘッドが垂直にも立ち、狭いすき間にも入り込める「くるっとパワーノズル」を採用し、上から見ると製品名のように"i"にも"T"にもなるユニークなスティック型掃除機だ。

6月20日発売のパナソニックのコードレススティック掃除機「iT」

それ以外にも、本製品はデザイン面でも大いにこだわった製品。そこで今回は、本製品のデザインを担当した、パナソニック アプライアンス社 デザインセンターの山本侑樹氏に、デザインに込められた意味や開発裏話を伺った。

「片手で操作」するためのデザイン

掃除機市場においてもここ数年で急伸長している、コードレススティッククリーナー。また、5万円前後からそれ以上という高価格帯の製品の売れ行きが好調だ。いわゆる"高級掃除機"と呼ばれるカテゴリーだが、その市場を切り開いたのは、もちろん言わずと知れたダイソンである。ダイソンの製品の発売を機に、スティッククリーナーはコードレスであっても高い吸引力を保持できることや、部屋に出しっ放しにしていても"サマ"になるインテリア性の高いデザインが注目されるようになった。

パナソニックの新製品「iT」も、この流れを汲む製品。吸引力の高さはもちろん、デザイン性にも注力して開発された製品だが、ダイソンの掃除機が男性ウケするガジェット感満載のデザインであるのに対して、本製品は老若男女を問わず受け入れられそうな中性的なデザインで、パナソニックらしさを感じさせる。

カラーバリエーションはレッド、ブラウン、シルバーの3色

だが、本製品の開発の出発点はデザイン性の追求ではないという。というのも、本製品の原点は旧三洋電機のキャニスター型掃除機「The持久力マラソンサイクロン」シリーズ。このシリーズが、iTの「くるっとパワーノズル」の原点となった縦横に回転するノズルを搭載していた元祖なのだ。しかし、iTとは違い「Wハンドル」と呼ばれるスタイルで、ノズルの回転は両手で行う必要があった。これを「片手でどうにかできないか?」というところからiTの開発はスタートしたという。

手元のハンドルを軽く回転させるだけでヘッド部分がこのように縦になり、すき間に入り込むことができるのが「iT」の特長

「iT」の原型となった三洋電機のキャニスター型掃除機のノズル

「キャニスター型の掃除機だった前機種とは違い、新製品はスティック型。スリムなデザインでなければならないのはもちろんですが、スティッククリーナーとしての使いやすさを追求しなければならなかったんです。もともとかっこいいものを作ろうというスタートではなく、使いやすさを追求していった結果、無駄をそぎ落とした現在のシンプルなデザインに辿り着いたんです」と山本氏。

そこで山本氏をはじめとするデザインチームは、ペットボトルを棒に取り付けて重心バランスを研究することからはじまり、さまざまな形状のハンドルのモックアップを試作。ヘッドが回転するという特徴を持つスティック型掃除機において、ハンドルの回転のしやすさや切り替え時にかかる手首への負担の軽減といったことをポイントに、モーター部など製品を構成するパーツの配置や形状、重量などが最適化されていったという。

iTの開発にあたって作成されたデザインラフ

スリム化を図るため、モーターは新しく開発したものを採用し、回路や制御基板やバッテリーといった重要部品も最適な配置が検討された。山本氏は「イメージしたのは、スコップのハンドルを持って回転させるような感じ。グリップポジションを本体重心の中心軸上に設けることで、最小限の力で"i"と"T"の回転切り替えが可能になりました」と説明する

新製品の開発にあたって行われたデザインチームの合宿では、このようにペットボトルなどを組み合わせた実験モデルを多数製作し、重心バランスや使いやすさが研究された

デザインチームが使いやすさへの追求として次にこだわったのが"握りやすさ"だ。最近の掃除機では"ラウンドハンドル"と呼ばれる形状などでユーザーが握りやすい位置を握れるように自由度を高めたデザインを採用しているものが多いなか、本製品ではあえてグリップの位置を固定させるという真逆の方向を選んだ。山本氏はその理由を次のように話す。

ハンドル部分の試作用のモックアップの一例。原型となったキャニスター型掃除機のハンドルは、写真右側のような形で、両手を使って回転させるスタイルだった

ハンドル部分のグリップは、握る場所を完全に決めた上で、ユーザーがひと目で握る場所だとわかるようなデザインを採用

「どこでも持てるというより、いちばん握りやすい位置をはっきり決めたほうが本当は使いやすいんです。そこで、I字型でのすき間掃除にも、T字型での床掃除にもどちらでも持ちやすく快適な使い心地のグリップの角度や形状の検証を重ねた結果、この形になりました。そして、ユーザーがグリップを目にした時、直感的に握る位置がわかるようにこのデザインを採用しました」

信頼できる「道具」のかたちを目指して

新製品をデザインするう上でもう一つ大切にしたのは”道具感”だ。「プロフェッショナルが扱う道具というのは、用途に特化することで生まれた造形が持つ”信頼感”がある。これを掃除機のデザインに反映させたかった。」と山本氏。

パナソニック アプライアンス社 デザインセンターの山本侑樹氏。新製品をデザインするにあたっては、電動工具などの過去に担当したプロダクトの意匠が大いに参考になったと話す

山本氏は以前は電動ドライバーなどの電動工具や、ドライヤーなどの理美容商品のデザインを担当していたのだそう。グリップを握った際のフィット感も重視して、そうした製品に用いられている形状やテクスチャが取り入れられているのも特徴となっている。

デザインで道具感を出すためには最低限必要な各パーツをブロックのように足していき、そのつなぎ目は必要以上になだらかにしない手法がセオリーだという。しかし、スティッククリーナーとして部屋に置かれることを考えるとインテリア性も両立させる必要がある事から「全体の道具感は持たせたうえで、もっとも潔くインテリアとしての見え方を美しく表現できるデザインは何かを突き詰めた」とのことだ。

山本氏がそう話すとおり、iTは壁に立てかけておいても目立ちすぎず、シンプルで美しいシルエットを保つ。これを実現するために採用されたのが表面だけに採用されている金属調のパネルだ。フラットなストレートのパネルだが、ヘアラインシボと高輝度メタリック塗装を合わせた加工を施し、さらにエッジ部分を光沢で仕上げることでコントラストを出し、上品で高級感ある金属感を演出している。

色はシルバーとレッド、ブラウンの3色を展開するが、「もともとは2色だったが、カラバリによって優しい印象を出すこともできる。メカニックなデザインに抵抗を感じる層にも受け入れられるように配慮した」と話す。

ハンドルの裏側のゴムで自立させることができる

iTには壁掛け式のスタンドも付属。表からは見えないようにデザインされている

上方向にモーターやバッテリー、ダストカップなどを備えるスティッククリーナーはそのままでは自立できない。iTではこの問題をハンドル部分の裏側に滑り止めのゴムを取り付けることで、壁に立てかけられるようにして解消。また、スタンドには付属品の2点のノズルを収納しておくこともでき、本体をセットするとわずか7センチの幅の下に隠れるのも秀逸だ。

掃除機のみならず、デザイン志向が強い家電製品が増える昨今。本製品はそんな中でもデザインと機能性を両立させる"プロダクトデザイン"の意味や真髄を改めて考えさせてくれる新製品だ。また、他のカテゴリーの製品から着想を得たユニークなアイディアなど、多種多様に事業展開するメーカーだからこそ生まれた製品だとも思える。同製品が市場でどのように受け入れられていくか、注目していきたい。