ここ数年でじわじわと人気を集め、ちょっとしたブームとなっている「測量野帳」。1959年に文具メーカーのコクヨから発売されて以降、60年近くにわたって愛され続けている超ロングセラー商品だ

  • コクヨのロングセラー商品「測量野帳」
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  • コクヨのロングセラー商品「測量野帳」。3種展開で、中の紙の罫が異なる

もとは発売の10年前に「測量法」が改正されたのを受け、測量士さんからのリクエストを受けて開発された測量用のノートで、土木・建築の現場で使われ続けてきた。それがここ10年ほどで一般ユーザーの間でも大人気となり、愛好家たちを称して"ヤチョラー"などとも呼ばれている。その人気の秘密に迫るべく、デザインを中心にコクヨ ステーショナリー事業本部マーケティング本部広報宣伝ユニットの伊藤裕美氏に話を聞いた。

60年近く変わらぬ測量野帳のデザイン

コクヨ ステーショナリー事業本部マーケティング本部広報宣伝ユニットの伊藤裕美氏

コクヨ ステーショナリー事業本部マーケティング本部広報宣伝ユニットの伊藤裕美氏

伊藤氏によると、測量野帳は品質面での改良は何度か行われているものの、デザインは60年近くにわたり、ほぼそのままだという。緑の硬い表紙に金色の箔押しというデザインは、商品の意匠として守り続けてきたものだそうだ。

「もともと測量士さんの作業向けで発売した商品ですので、デザインというよりも実用的であることが最優先。作業着のポケットに収まるサイズと形状、厚みであることと、立ったまま書きやすいようにハードな表紙が採用されています」

測量野帳は発売当初より上記の3種類が取りそろえられている。ちなみに、現在は販売されていないが、発売当時は縦開きタイプのOFFSETが展開されていた。

LEVEL=高さを測るもの、TRANSIT=角度を測るもの、SKETCH BOOK=イラストや図面用という位置づけで、それぞれの用途に適した罫を印刷。中紙にはコクヨオリジナルの紙で、幅広い筆記具に対応できるような素材が採用されている。

  • 測量野帳は表紙が硬く、立ったままでも記入しやすい。

    測量野帳は表紙が硬く、立ったままでも記入しやすい。

それ以外に、ウォータープルーフタイプもラインナップしている。樹脂ベースの合成紙を使用しているため、一般的な紙よりも水や汚れに強く、破れにくい。このウオータープルーフタイプに関しては、赤・黄・青の3色の表紙も展開。色を変えた理由は、落とした時に見つけやすく、見分けがつくように分けた意味合いが強いとのこと。実用性を重視した色選びのようだが、どこか懐かしさを覚える色選びに、オリジナルのグリーンと共通の印象を持った。

野帳ブーム、過熱の裏には「限定デザイン」

オリジナルの測量野帳は"質実剛健"とも言えるデザインだが、昨今のブームを巻き起こした理由のひとつに「限定デザイン」がある。同社の業務用名入れサービス「CUSTOM FACTORY」を利用すると、表紙をカスタマイズした測量野帳を作ることができる。そのため、企業のノベルティといったかたちで、多種多様なデザインのものが多く存在する。また、雑誌の付録や文化施設での販売などのために、限定の測量野帳が登場することもある。

2013年から開催されている同社の博覧会「コクヨハク」でも限定デザインの測量野帳が販売され、即完売するほどの人気商品となっている。「そこでしか買えないプレミアム感もあり、限定モノをコレクションしているユーザーさんも多いようです。かわいい柄や珍しい柄が特に人気ですね」と伊藤氏。

伊藤氏によると、昨今のブームの火付け役となったのが2016年に枻出版社から発売された「測量野帳スタイルブック」。それ以前より、同社は測量野帳の”普段使い”文化について把握しており、ユーザーを「ヤチョラー」と呼び、ユーザーインタビュー記事や用途がわかる写真の掲載を行っている。

  • 測量野帳を測量以外に使っている例。

    測量野帳を測量以外に使っている例。こうした用途では、グリッドの罫線を備えた「SKECH BOOK」が人気だとか。

しかし、こうした「ヤチョラー」の存在は、同社が主導してプロモーションなどの活動を行った結果ではないという。「昨今の測量用途以外のご利用について、文具愛好家の間から自然発生的に広がっていきました。弊社からすれば、気づいたら”ヤチョラー”がいらっしゃった、という状況です。ソーシャルネットワークの影響も大きいかもしれません」と分析。メーカーとしてヤチョラーに特化した販促は予定しておらず、限定デザインをイベントなどで展開しつつ、ブームを静観しながら見守っているという状況のようだ。

ブームが巻き起こると、起こりがちなのが商品の"横展開"。測量野帳で言えば、罫線のバリエーションの追加や、定番デザインの増加などがそれにあたる。しかし、それに対してもメーカー側は冷静な姿勢を崩さない。

「まったく検討しないわけではありませんが、なぜ今の時代にもこの商品が受け入れられているかを考えると、"レトロ感"というのがあると思います。すなわち、"変わらない良さ"が愛されているということ。それを思うと、あえてデザインなりを変える必要はないと思っています。むしろ、ブレずにある種の伝統を守っていくことが重要だと考えています」

一方、「コクヨハク」限定の測量野帳については、毎回趣向を凝らしている。その年ごとに博覧会のテーマを設定し、それに合わせてデザインを考えているとのことで、特に測量野帳独自のデザイン上のルールを設けているわけではないそうだ。

「コクヨハク限定の測量野帳は開催年ごとに異なるテーマにあわせて作るため、限定野帳だけを通期で見た時のデザインの一貫性はあえて考えていません。今年は"レストラン"がテーマだったので、お菓子っぽいカラーリングのパステルカラーの商品を発売しました」と伊藤氏。

  • 測量野帳を測量以外に使っている例。

    2018年のコクヨハク限定品として販売された、マカロンをテーマにしたパステルカラーの限定野帳。

また、今年の限定野帳を担当したデザイナーによると、スイーツの味をイメージしたカラー選びを行ったほか、「表紙の紙質もマカロンのような少しマットでザラっとしている質感の紙を選びました」とのこと。さらに「本当はそれに合った香りもつけたかったのですが、諸事情で断念しました」と明かす。

デザイナーから見た、測量野帳の魅力

デザイナーの視点からは、測量野帳のデザインの魅力はどこにあると考えているだろうか。

「カラーリングや素材を変えたり、イラストレーターとコラボレーションしたりするなど、さまざまな方向性を柔軟に取り入れているにもかかわらず、サイズ感やしっかりとした書き心地などから伝わってくる、変わらぬ"測量野帳らしさ"が魅力だと思います」(コクヨハク限定野帳担当デザイナー)

今年のコクヨハクの限定商品では、こんなデザイン検討の一幕があったという。"SKETCH BOOK"という表紙のロゴの代わりに、マカロンの味をイメージした"STRAWBERRY"や"BLUEBERRY"というロゴに変える案もあったそうだ。しかし、検討を経て、"SKETCH BOOK"の金色のロゴが「測量野帳らしさ」を担っていると気づいたことから、その案は採用に至らなかった。用途を示す箔押しのロゴも、野帳らしさを担保する大きな要素であったことが再確認できたという。

最後に、60年近くにわたり今も受け入れられ続けている測量野帳について、コクヨハク限定野帳のデザイン担当者にその理由を分析してもらったところ、次のように答えてくれた。

「約60年経ってもほぼ変わっていないデザインや、罫線・書き味など細部のこだわりから伝わる"安心感"。それでいて、ユーザーが使用シーンに合わせてより使いやすくカスタマイズしたり、好きなように表紙をデコレーションできる"汎用性"の高さが、長く受け入れられる理由のひとつではないかと感じています」

  • 歴代の測量野帳

    歴代の測量野帳を見せていただいた。素材変更などはありつつ、基本仕様はずっと変わっていない。表紙の角に押された企業ロゴで、何代目か判別できる。

およそ60年にわたり愛される超ロングセラー商品のコクヨ「測量野帳」。インタビューを通じて、普遍的でありながらも汎用性があることがスタンダードになるための条件であると感じた。次々と新しいものが生まれては廃れ消えていく中で、小手先だけの見た目のよさを追求するのではなく、機能美を貫くことこそが、市場で長く生き残る秘訣なのかもしれない。