アイリスオーヤマが2016年12月から展開している「ricopa(リコパ)」シリーズ。スペイン語で「おいしい・楽しい」を意味する"rico(リコ)"と、"party"の"パ"を組み合わせた名称で、女性向けにデザインした調理家電だ。

  • ricopaシリーズのIHクッキングヒーター

    アイリスオーヤマが女性向けのデザイン家電として展開する「ricopa シリーズ」の第一弾として発売されたIHクッキングヒーター

近年、生活用品のみならず、家電メーカーとして近年転身を遂げ、業界内でも躍進を続けるアイリスオーヤマ。デザイン性を全面に打ち出した製品群として注目を集めるこのシリーズについて、同社デザインセンターでマネージャーを務める宮脇将志氏に製品化に至った背景や、同シリーズの戦略について話を聞いた。

3色のカラバリを展開した理由

アイリスオーヤマ デザインセンター マネージャー 宮脇将志氏

アイリスオーヤマ デザインセンター マネージャー 宮脇将志氏

「リコパ」の第一弾として登場したのは、「IHクッキングヒーター」。宮脇氏は、第一弾として発売する製品の選定理由を、次のように明かす。

「弊社の家電製品の中でも、IHクッキングヒーターはもともと強い商品です。これまで以上により購買層の裾野を広げたいということで、新しい取り組みをやってみようということになりました」

  • リコパシリーズの世界観を示すために、商品はいずれもベージュ系、ピンク系、水色系の3色が揃えられている

    リコパシリーズの世界観を示すために、商品はいずれもベージュ系、ピンク系、水色系の3色が揃えられている

宮脇氏によると、新しい取り組みとして意識されたのが、昨今の流行である"インスタ映え"。「時代は今、"モノ"というよりも"コト"が求められる傾向にあります。そこでパーティーなど人が集うシーンをイメージした、ライフスタイルを彩るような製品として、リコパはスタートしました。従来の製品群というスタンダードなラインを保ちつつ、それとは違うラインも提案していこうという位置づけです」と話す。

実際に製品を企画するにあたっては、女性をターゲットにしたレトロでかいらしいイメージを設定。そこでこだわったのは3色のカラバリ展開だという。リコパシリーズでは、第一弾以降の後続製品でも、ベージュ系、ピンク系、水色系の3色が必ずラインナップしている。カラバリを必須にすると、売れ筋以外の在庫を抱える恐れなど、メーカーとしてはリスクが伴うもの。宮脇氏は、それでもあえてカラバリを展開した理由を次のように説明した。

「3色カラバリを用意するというのは確かに躊躇するところですが、リコパシリーズでは、3色ワンセットで"世界観"をを表現しているため、絶対に外せない要素なのです」

しかしながら、カラバリの実現は想像以上に苦心したという。例えばIHクッキングヒーターとセットで販売している鍋の素材は金属を採用している。家具やペット用品などの日用雑貨などの生活用品も多数手がけるアイリスオーヤマでは鮮やかな色の塗装は得意としていたものの、樹脂素材のIHヒーターと金属の鍋の色味をそろえることには難儀したと語る。

宮脇氏は、「ディティール、特に仕上げの部分は特に課題ですね。製品がたくさん売れれば  低コストで質の良い塗装ができるので、今後も少しずつ改良していきたいと思っています」と語る。

デザイン家電を“値ごろ価格”で実現

同氏がこのように課題を語るのも、実はアイリスオーヤマならではの特異なこだわりがあるため。というのも、アイリスオーヤマの家電製品全体の軸として貫かれているのは"値ごろ感"だ。「製品がどれだけよくても、消費者の手の届かない価格であってはならない」という、同社の企業価値とも言える要素がブレてはならない。

「弊社では、値段を決めてから開発を進めていきます。だからこそ、絶対に赤字にならないという企業としての強みにもなっているんです」と宮脇氏が語るように、製品は“なるほど”“オンリーワン”“便利機能”など、まずはコンセプトが最優先。次に“値ごろ価格”で企画され、設定した価格の中でいかにそのコンセプトを実現できるのかを重視して開発されるのだという。それゆえ、リコパシリーズでラインナップされる製品は必然的に単機能のものが選ばれているとのことだ。

そしてその哲学は、デザインのあり方についても変わらない。ただし、デザイン家電と言うと一般的には高級感も重要な要素。値ごろ感で製品企画を考える場合には相反する要素でもある。だが、レトロ感が醸し出す"チープさ"を逆手にとってかわいらしさを表現しているのもリコパシリーズの特長と言える。

  • リコパシリーズのオーブントースター(左)と電子レンジ(右)
  • リコパシリーズのオーブントースター(左)と電子レンジ(右)
  • リコパシリーズのオーブントースター(左)と電子レンジ(右)。シンプルに機能を絞りながらも、操作方法が極力わかりやすくデザインされている

しかし、リコパシリーズは雑貨ではなく、通電して使用する家電製品。そこで安全性や品質管理といった要素も求められる。デザインの企画開発を進める上で予想以上に難儀したのはこの点だったそうだ。

宮脇氏は、IHクッキングヒーターの天板ガラス部分を例にとり、通常は白か黒がスタンダードな天板にカラーを施した際の苦労を語った。

「温かみを表現するため、天板はどうしてもクリーム色を採用したかったんです。そこで表面にプリントを施すという方法で実現しました」

  • IHクッキングヒーターとしてはあまり例のないクリーム色の天板

    IHクッキングヒーターとしてはあまり例のないクリーム色の天板。リコパの世界観を表すためにはどうしても外せないこだわりだったとのこと

他にも、デザインの観点から持ち手を付けたものの、「持ったときに、万が一、折れたりグラついたりすると危ないので止めて欲しい」と品質管理から待ったがかかったというエピソードも。その後、開発と協力し、固定方法の再検討や裏面にリブを施すなどして、デザインと安全性を両立させたという。

  • IHクッキングヒーターの持ち手の部分

    品質管理部門から待ったがかったという持ち手の部分。裏面にリブを施すなどして安全性の懸念点を回避した

  • 異なる素材が用いられている鍋とIHヒーターとでは、同じ色にしても発色の仕方が異なってしまう。

    異なる素材が用いられている鍋とIHヒーターとでは、同じ色にしても発色の仕方が異なってしまう。質感を違和感なくするため、色合いの調整にはかなり難儀したそうだ。

デザインも企画も、担当者が「伴走」して製品開発

リコパシリーズは、第二弾として翌2017年11月に発売された「ミニホットプレート」「オーブントースター」「電子レンジ」の他に「電気ケトル」が現時点でラインナップされている。前述のとおり、いずれも3色のカラバリが用意されているが、色の系統は統一されていても、実は質感や色のニュアンスなど、同一で揃えられていない部分もある。

宮脇氏によるとその理由はもちろんコスト面の問題でもあるが、「製品としての完成度を大事にしている」とのこと。シリーズ製品に共通したデザインの特徴として、ボタンとダイヤル、取っ手部分に関してはゴールドの塗装が施されているが、ホットプレートに関してはメッキが採用されている。「ホットプレートに関しては本体が全面的にホーロー素材なので、質感として相性がいいのはメッキ。シリーズとはいえ、単品で購入される方もいるので、単品で評価して製品そのものがベストと評価されるデザインを採用しています」と話す。

  • ホットプレートの持ち手部分はあえてメッキを採用

    ホットプレートの持ち手部分はあえてメッキを採用。他の製品とは異なるが、シリーズとしての統一感以上に単体の商品としての仕上がりが大事にされている

アイリスオーヤマでは、現在、R&D部門は東京、大阪、宮城県角田市に置かれている。各拠点ごとにデザイン部門が設けられており、週一で開かれるプレゼン会議で、企画から製品デザインまで決定されるのだという。

さらに、同社では"伴走方式"と呼ばれる開発体制が取られており、他社との特異性を宮脇氏は次のように話した。

「すべての商品開発部門で、企画を担当する事業部、 開発担当、デザイン担当、品質管理まで、関係部門の担当者が集まって週次会議を行っています。一般的には、デザイナーはある程度製品が固まった段階で加わります。一方、弊社では企画段階から製品化の詰めの部分、コストの積み上げの部分まで、デザイナーがすべて関わりますので、他社にはあまりないやり方だと思います。というのも、今は家電が事業の軸となっていますが、アイリスオーヤマは元々生活用品だけを手掛けていたメーカー。生活用品はデザイン=設計という要素が強いため、基本としてそうしたやり方が続いていているのだと思います」

少々失礼な言い方ではあるが、"質実剛健""コスパ優先"という印象を持っていたアイリスオーヤマの電化製品。そのため、デザイン性を打ち出したシリーズが登場した当初は驚いたものだ。

そしてリコパシリーズのみならず、同社の家電製品は年々、全般的にデザインが洗練されてきていると感じている。宮脇氏曰く、「デザインは機能の一つと考えている」とのこと。しかし、"便利で優れたものをユーザーの手の届く価格で提供していく"という基本方針は今後も決してブレることはないと強調する。

巷のデザイン家電のように、デザイン料とも言える付加価値を価格に上乗せていく方向性ではなく、設定された販売価格に対して、利益を鑑みた上で、品質やデザイン性も極力優れた商品を提供していくアイリスオーヤマの企業哲学。ユーザー本位とも言えるその企業姿勢と努力が、"我が道を行く風雲児"として家電業界に今後もインパクトを与え続けることを期待したい。