バルミューダから2017年12月に発売された「BALMUDA The Range」。2015年に発売し大ヒットした「BALMUDA The Toaster」を皮切りに、電気ケトルや炊飯器など次々にデザイン性の高さと独自性をウリに新しいキッチン家電を送り出すバルミューダが手掛けた最新の商品だ。
そんな中で今回登場したのは、オーブンレンジ。"バルミューダらしさ"を追求して生まれた同製品にかけるデザイン面から見た思いや秘話を、デザインを担当した同社クリエイティブ部でデザイナーを務める比嘉一真氏に伺った。
前述のとおり、商品の企画の開発にあたっては、やはり"バルミューダらしさ"に最もこだわったとのこと。しかし比嘉氏によると、初期の段階ではその方向性は少し違ったものだったという。
「調理家電のカテゴリーの中で、そもそもレンジの企画がありました。他の製品同様にバルミューダらしいものをということで、当初は超小型のオーブンレンジの案がありしました。最近は小さなチップ状のマグネトロンなど新しい部品があるので、それを使えば可能だよねとなったのですが、紆余曲折を経て保留になりました。しかし、家電量販店で並んでいるオーブンレンジを見た時に、パッと目に飛び込んでくるのがワインレッドや白のカラーが多く、カラバリが少ない印象を受けたのと、ボタンや文字が多すぎてわかりにくい製品ばかりだということに気付きました。レンジはそもそもが火を使わずに食品を温められる素晴らしい発明なのに、その良さがわかりづらくなっていると感じたので、わかりやすさを重視した製品を作ろうということになりました」
次に検討されたのが、必要な機能の取捨選択だ。「社内でアンケートを実施したところ、自動調理メニュー派の人はそれしか使わない。手動設定派の人もそれしか使わないとはっきり分かれました。そこで自動調理メニューは必要なものだけに最小限に絞り込み、もっとユーザーが使いやすいオーブンレンジを目指しました」と比嘉氏。
その結果、絞られたメニューは5つ。お弁当などを温める「自動あたためモード」と、ワット数・時間を選ぶ「マニュアルモード」、「飲み物モード」、「冷凍ごはんモード」、「解凍モード」だ。飲み物モードは、コーヒー、ミルク、熱燗から選択できる。4つのレンジ機能に加えて、100~250℃まで選べるオーブンモードも搭載した。
オーブンレンジを「親しみやすく、使いやすいものにしたい」という思いは操作インタフェースにも表される。本体は左側にモードを選択するつまみと右側に温度や時間を設定するダイヤルを備える。国内の主要メーカーの高価格帯モデルがタッチパネル式を採用しているのが主流であるのに対し、同製品は時代に逆行するかのように、あえてアナログな仕様を採用しているのがかえって目を惹く。比嘉氏は操作部についてのこだわりを次のように話す。
「クラシック感というのをすごく大事にしました。真ん中に液晶の表示部があるんですが、この部分のフォントにもこだわりました。ユーザーがわかりやすいという意味で日本語はマスト。レトロ感を出すためにカタカナを採用し、懐かしさのあるフォントを独自に作成しました。"反転液晶"と呼ばれる昔のデジタル腕時計のような黒バックに白文字の液晶をあえて採用しています。現代の主流なタイプの液晶ではないため、部品代も高くなってしまいますし、液晶が庫内の温度に耐えられる仕様でなければならないなど課題が多くありましたが、妥協せずによいデザインを追求しました」
この製品が目指したもう1つのコンセプトが、"楽しくなるレンジ"だ。操作部のこうしたこだわりは見た目だけでなく、それを実現するための要素でもあるという。
「ダイヤル部分を回すと『金庫みたい』という声も上がります。オーディオ製品のボリュームコントロールなど、昔は何かを"回す"という、最近の家電製品にはないある意味での楽しさがありましたよね。それをユーザーに体験してもらうというのも狙いの1つなんです」
そうした体験を提供するもう1つの方法が、製品の最も大きな特徴とも言える"音"へのこだわりだ。本製品では本体下部にオーディオ用のスピーカーを搭載し、音というより"音楽"を奏でるオーブンレンジとして、その前代未聞さに消費者に大きなインパクトを与えた。
モード選択のスイッチを切り替えることに、「ジャジャジャーン」とアコースティックギターの旋律が流れ、マニュアル設定用のダイヤルを回すとカチカチとドラム音が鳴り、初めて聞いた人は想像を超える出来事にだいたい笑ってしまう。しかも、レンジのためにプロのミュージシャンに依頼してスタジオ録音されたというほどのこだわりだ。「レンジからこんな音が鳴るというだけでもう楽しいですよね。音楽については、他にもさまざまな候補がありましたよ」と明かす比嘉氏。
同製品で掲げられたデザインコンセプトは"レストラン"。開発中はそれがそのままプロジェクト名にもなっていたという。ワクワクとしたレストランの楽しい雰囲気の記憶をオーブンレンジでどのように表現・演出できるかをフックにデザインの詳細が徐々に詰められていったとのことだ。
「レストランの入口によくあるカウベルの音とか、カチャカチャとお皿が鳴る音などレストランの雰囲気を彷彿とさせる音楽も検討段階ではありました」
扉の外側に装備された3灯のLEDライトもレストランを表現する演出のひとつだ。この部分はレストランの雰囲気を出すために、扉の素材もいくつも試作してグラデーションのパターンを調整・検討が図られたという。
このようにレストランのイメージをオーブンレンジの中でさまざまに表現していく中で、最も大切かつ難しいと思われるのがその"さじ加減"だ。比嘉氏はシンプルさとポップさを調和させる秘訣を、バルミューダ製品全体に共通する意匠デザインの考え方とともに次のように語ってくれた。
「今回の製品はただ引き算をしてシンプルにしていくだけでなく、"再パッケージ"だと捉えています。そこにポップさや斬新さを加えることでバルミューダらしいテイストの製品に仕上げました。ただし、新しさと言っても未来的な形は追求しません。あくまでも美しさです。新しさはいずれ飽きてしまいますが、美しさというのは永遠に変わりません。バルミューダのデザインはそういうものを目指しています」
斬新でユニークなオーブンレンジとして華々しくデビューを飾った同製品。一見すると、その独自性ゆえに、奇をてらったデザインで話題を集めた製品という印象を受けてしまうが、その開発の背景やデザインに隠された意図を知ると、実は奥の深い製品だと感じる。各社が高機能や高性能を競い合う市場において、冷や水を打つかのようないろいろな意味で挑戦的な製品だ。