東芝ライフスタイルから今秋発売された、キャニスター型のコードレスクリーナー「VC-NXシリーズ」。コードレスタイプの掃除機でありながらキャニスタータイプの吸引力を維持させるために、新たにモーターとバッテリーを開発したというメーカー渾身の新製品だ。

また、"ダブルフェイススタイル"と名付けられた、本体を裏表反転させても掃除ができる斬新な仕様を採用し、これまでになかった掃除スタイルを提案する商品としても注目を集めている。そこで今回は、本製品のデザインを担当した、東芝 デザインセンター デザイン第二部 家庭電器システム担当参事の山内敏行氏に新製品開発の背景からプロセス、秘話などを伺った。

  • 東芝ライフスタイルのコードレス式キャニスター掃除機「VC-NXシリーズ」

最初にこの製品が開発される契機を訊ねたところ、出発点はコードレススティッククリーナーの不満点の解消にあったという。山内氏は次のように説明する。

「TOSHIBAのコードレススティッククリーナーは、他社製品に比べると軽いほうなのですが、それはあくまでカテゴリーの中での話。特に手元荷重に関しては、掃除機全体として見た場合、まだまだ十分に軽いとは言えません。しかし、どんな掃除機であれ、やはり使い勝手がよいのが最良。そこでコードレスクリーナーでありながら、軽くて使いやすい製品の開発を目指そうということになりました」

  • 東芝 デザインセンター デザイン第二部 家庭電器システム担当参事 山内敏行氏

さらに、コードレススティッククリーナーのもう1つの難点は、"運転時間の制約"だ。バッテリーで駆動するため、コードありの掃除機に比べて連続して運転できる長さにはどうしても限界がある。しかし、「ユーザーの満足度を上げるためには、長時間運転も必須の要素」と山内氏。

とはいえ、運転時間を長くするためにはそれだけ大容量バッテリーを搭載すれば克服できるが、そうすることで今度は手元が重くなり操作性を阻害してしまう。そこでこの問題をクリアするために、手元が重くならないキャニスター型のコードレスクリーナーとして、「ハイスピードDCモーターHD45」という新型モーターと大容量バッテリーが新たに開発されたのだという。

  • 新開発の「ハイスピードDCモーターHD45」。マグネットの4極化で効率とトルクを高め、最大回転数12万rpmを実現し、高い吸引力を実現

  • 従来のモーター「HD25」と新モーター「HD45」の構造の比較

一方、"ダブルフェイススタイル"と呼ばれる新製品の特徴的なフォルムはどういった経緯で生まれたのだろうか。

実を言うと、本体が転がるようなスタイルの製品は、60年前にすでに存在していたことが新製品発表会の席で明かされている。しかし、当然ながら当時はコード式の掃除機だ。今回そのスタイルが改良されて再びリバイバルされたとも言えるが、山内氏はその理由を次のように話してくれた。

「今回まず、キャニスタータイプとスティックタイプの両方の問題を解決しようと考えた時、両方の良さを持った形の商品として、本体がひっくり返っても使えるスタイルというのが浮かび上がりました。そして、ひっくり返るスタイル自体は、以前から技術部門のほうでも実現したいという声があったものでした。それが今回、コードレス化によってうまく実現できるよねということで話が進んでいきました」

  • ホース部分が移動し、本体の表裏がひっくり返る仕組みの"ダブルフェイススタイル"

  • "ダブルフェイススタイル"の原型となった60年前の製品(左)。新製品と形は似ているものの、コード式でかなりの重量がある

技術とデザイン部門の意見が一致したとはいえ、製品化に至るまでの開発プロセスが容易ではなかったことは想像に難くない。山内氏によると、掃除機の通常の開発期間に比べると長い期間を要したとのこと。

「通常、掃除機の開発期間というのはだいたい1年ほどですが、この製品は本当にゼロからすべてブランニューで作ったという商品で、2年ぐらい前から構想自体は練り始めました」と山内氏。具体的には、モーター、バッテリーの開発に始まり、本体の機構・設計、ブラシヘッドや延長管など付属品を含めてすべて新規に一から開発が進められたといい、開発プロセスについて次のように明かした。

「通常は本体と同時進行で各パーツの開発を行い、最終調整が図られるのですが、今回はそれをするのが難しかったのです。というのも、まずモーターが変わるだけでも吸引力の違いからブラシヘッドや延長管の操作性や強度などすべてに影響してきます。さらに今回は、本体がひっくり返る機構や、本体を手に持ったときホースの向きに追従する可動式ハンドルなど従来の掃除機にはなかった仕様が取り入れられ、強度の問題など新たに検討・検証すべき項目が多岐にわたりました。技術部門としては掃除機としての性能がしっかり出せなければなりませんし、中途半端な製品は作りたくないという思いがデザイン担当者にもありました。そこで、今回は毎回試作機を作ってはテストを繰り返すという工程を通常とは比べ物にならないくらいに重ねましたね」

VC-NXシリーズは丸みを帯びた外観上のデザインも特徴的だ。このフォルムは、モーターやバッテリーなど今回新たに開発された部品を本体内に収めるために必然的に導かれたものなのかと思いきや、実態はその逆なのだという。

「実はこの商品は形が先行です。デザイン部門のほうで、こうしたいというのを最初に絵で描いて、バッテリーはその形に合うように技術部門のほうで考えてもらいました。その結果が、モーターの周りを一周してバッテリーセルを並べるという独特な形状につながったんです」

  • NXシリーズに搭載されているバッテリーパック

山内氏によると、本製品はスケッチ段階ではさまざまな案が検討されたとのこと。そして初期の段階ではボールのような球体のイメージだったそうだ。

「コードレスということで、最初はどこにでも持っていける、球体のものをぼんやりとイメージしていました。ところが、例えば持った際の重心バランスだとか、それを掃除機として考えた場合にそのままでは使い勝手がよくありませんでした。デザインも大切ですが、生活家電というのは眺めるためのものではないので、使い勝手のよさも両立していなければそれはいいデザインとは言えません。デザインで使い勝手のよさも具現化する必要があります」

そこで最終的に採用されたのが、球体をUの字にカットしたような現在の形だ。さらに、"ダブルフェイススタイル"という特異な機構の操作性を向上させるために、可動式のハンドル部分やホースの位置が動く仕組みが採り入れられたのだという。

しかし、ここでも従来の掃除機にはない工夫が必要だったと話す。「本体がひっくり返る構造もあるので、従来よりも強度が必要です。そこで、傷が付きにくい性質の高硬度なUV塗装を本体の一部に施しています」と山内氏。

  • 転倒しない動きをイメージさせる形状として球体案から始まり、重心バランスなどが検討された結果、現在の形状に落ち着いたが、途中の検討段階では写真のように最終形よりもより球体に近いものだったという

従来のスティッククリーナーの弱点や不満点を解消することを第一に、開発が始まった「VC-NXシリーズ」。前半は本体部分の開発プロセスや秘話を伺った。後編では一から作り上げた製品ゆえに生じた、本体以外の部分についてのこだわりや苦労話を語っていただく。