2010年に発売され、一時は納品まで15カ月待ちと言われるほどの大ヒット商品となった、愛知ドビーの鋳物ホーロー製無水調理鍋「バーミキュラ」。2016年12月には、IHクッキングヒーターとセットにした炊飯用の新製品「バーミキュラ ライスポット」が発売された。

「バーミキュラ ライスポット」

直火でも使用可能な鍋を直接IHヒーターにセットして炊飯するという、従来の電気式炊飯器にはない画期的なスタイルと、鍋としても単独で直火で使えるという汎用性の高さ、そして洗練されたデザインにより、7万9800円という高価な商品にもかかわらず、現在も入荷待ち2カ月という人気商品となっている。

今回はこのヒット商品の開発秘話やこだわりなどプロダクトデザインにまつわる話を中心に、愛知ドビー取締役 ブランド統括室 室長の折橋みな氏に訊ねた。

鍋メーカーがつくる”炊飯器”

愛知ドビー取締役 ブランド統括室 室長 折橋みな氏

「弊社は家電メーカーではありません。あくまで"鍋"という調理器具を作っている会社なんです」と話す、折橋氏。今回の商品を開発するにあたっては、常に同社の代表的製品である鍋「バーミキュラ」を中心に進められていったのだという。そして商品を企画するに至った経緯を次のように説明する。

「バーミキュラというのは、もともと無水調理で野菜をおいしく料理するために作った商品だったのですが、ユーザーの方からご飯を炊くととてもおいしいという声が多く聞かれました。しかしその一方で、無水調理鍋というのは火加減が難しいという声もあり、簡単に調理ができておいしいご飯を炊くためにはどうしたらよいか?ということから、バーミキュラにとって最適な熱源を開発しようということになったんです。そしてそれを突き詰めていった結果が、"ポットヒーター"と呼んでいるIHヒーターになります」

バーミキュラにとっての理想的な熱源として生まれたポットヒーターは、底面のハイパワーIHコイルと側面から鍋を加熱できるアルミヒーター、外気からの冷たい空気を遮断できる断熱カバーから主に構成される。この仕組みで接した部分にしか熱を与えられない通常のIHヒーターの弱点を補い、かまど炊きに近い鍋を包み込むような加熱が再現できるという。一般においしいご飯を炊くには、素早く沸点に到達させることが不可欠とされているが、電源によらない別の工夫との合わせ技で最大消費電力に制限のある一般家庭用電化製品において、直火に迫る高火力を実現したのだという。

「バーミキュラ ライスポット」のポットヒーター

鍋を炊飯に特化したデザインに

一方、鍋に関しても従来のバーミキュラとは若干の変更が施されている。元来のバーミキュラは"トリプルサーモテクノロジー"と呼ばれる三層のホーロー構造と精度0.01ミリという密閉性、"リブ"と称される鍋底の波模様が特徴。ライスポットではこれら3つの要素は継承しながらも、リブの模様が異なることに気が付く。折橋氏によると、これは炊飯用に特化して変更されたとのことだ。

「バーミキュラ ライスポット」は、鍋が従来のものとは異なる設計がされていて、その変更点のひとつとして、鍋底のリブが水紋状になっている(画像右)

「通常のバーミキュラのリブは縦にストライプ状に設けられているのですが、ライスポットは水紋状にしました。理由は、炊けたご飯をほぐす"飯返し"がしやすいことと、洗いやすくするためです」

また、よりお米をスムーズに対流させるために、ライスポットの鍋は形状も下側がより丸くなっているのも特徴だ。しかし、通常のライスポットと最も違うのは"フタ"の部分。実はこの部分にこそ、お米をおいしく炊くために炊飯に特化した仕掛けが多数施されているのだ。

その最も大きな秘密が"フローティングリッド"と呼ばれる機構。ライスポットのフタには一部小さな"溝"があえて設けられている。鍋の高い密閉性を保ちながら、中の蒸気をスムーズに外へ逃すための機構として考え出されたものだが、折橋氏はこの方式を採用した理由を次のように明かす。

「非常に密閉性が高いバーミキュラは高火力で炊飯させると吹きこぼれてしまうんです。それを解決させるためには、例えば圧力鍋のように穴を開けて圧力が溜まるのを防ぐとか何か付属品を付けるという方法もあるのですが、バーミキュラが持つシンプルで無駄のないデザイン性を大事にしたかったので、何か余計なものを付けるという以外の方法ということでこの機構に辿り着きました。通常の炊飯器だと蒸気を出す場所は一定ですが、この仕組みだとフタの位置次第で、蒸気口の場所も自由に変えることもできるので、壁紙を濡らしてしまうといった問題も同時に解消することができました」

炊飯はもちろん、料理をする「鍋」としても利用できる

ライスポットのフタは、上部に"つまみ"がないことも従来のバーミキュラと大きく異なるもう1つのポイントだ。つまみが裏側からネジ留めされている通常のバーミキュラとは違い、継ぎ目がない一体構造になっている。さらに、内側には"ダブルリッドリング"という2つのリング状の突起が設けられている。これには、炊飯用に特化して生まれたライスポットならではの理由があるのだ。というのも、ライスポットは一般的な炊飯器のような"ごはんの保温"の機能を持たない。折橋氏はその理由を次のように説明した。

「実は弊社がウェブで独自の調査をしたところ、2/3の方が"保温はなくてもいい"と回答しました。通常の炊飯器には上蓋が必ず付いていますが、これは保温のためには必須のものなのです。しかし、ご飯がおいしくなる理由の1つには"温度差"もあります。鍋の上下の温度差により激しい対流が起きることで全体をムラなく加熱することができ、蒸らしの行程の際には冷却することで旨みが凝縮されるんですが、上蓋があることがそれをどうしても阻害してしまうんです。弊社ではご飯がおいしくなくなる原因がフタにあると考えて、思い切って保温機能を止めることにしました。その代わりに、"お櫃"としての鍋の機能性を高めようと考えられたのがダブルリッドリングなんです」

「炊き上がった後に発生した蒸気が鍋肌を伝ってそのまま下に落ちるとご飯がベチャベチャになってしまいますが、これを防ぐために設けました。このリングがあることにより、蒸気がそのまま真下に落ちていき、ご飯の表面の乾燥を防ぎツヤツヤの状態を保つことができるんです。ユーザーの方からはフタにパッキン等がないためメンテナンスもしやすいと好評です」

シックなカラーの理由は「本物感」

一方、意匠デザインとして見た場合のライスポットは、従来のバーミキュラに比べると男性的な印象を受ける。ピンクなど淡色系の複数のカラーバリエーションを展開するバーミキュラに対して、ブラック&シルバーを基調としたシックなカラーの1点のみだ。「最初から家電を作るという意識ではなく、新たな調理道具を作るつもりで開発を進めましたので、調理道具としての"本物感"が出したかったんです。例えばステンレスのボウルとかそんなイメージですね。お櫃の代わりにもなるので、和をイメージさせることも意識しました」と折橋氏。

従来のバーミキュラ。カラーリングはシックながらやわらかなもので、ライスポット用のそれとは印象がかなり異なる

前述のとおり、ライスポットは鍋とヒーター部分に大きく分かれている。意匠として見た場合には、この2つが一体化した場合と、それぞれ独立した場合のデザイン性を意識する必要もある。意匠デザインする際にはどのようなことを意識して進められたのだろうか。

「ライスポットはまずは鋳物ホーロー鍋としてのバーミキュラの機能をそのまま受け継ぐ必要があります。かつご飯をおいしく炊くことができるという機能を形状に詰め込んだ結果がこの形です。お鍋が第一という考え方ではありますが、ヒーターにセットにした時の一体感は絶対になければなりません。さらに、お鍋を抜き取った時にはヒーターだけが残りますが、いずれの場合にも隠したくなるようなデザインではあってはならないと思いました。ヒーターだけが独立してあっても美しく、最近ではアイランドキッチンも増えましたし、キッチンに置かれた時にどこから見ても美しい"360°デザイン"を目指しました」

操作部に物理ボタンはなく、電源OFF時に文字はすべて消える

ポットヒーター裏面のパンチング加工や電源プラグの接続、そしてコンセントまで、隠したくならない"360°デザイン"を徹底

折橋氏の説明のとおり、ライスポットは前からはもちろんだが、確かに背面の美しさにも目が奪われる。例えば鍋を冷却する際に稼動するファンの排気口がパンチング状であったり、コードの出る位置のバランスのよさや丸い独特の形状のプラグなど随所に細やかなこだわりが感じられる。

「炊飯器の後ろ側って隠したくなるデザインが多いですよね。だからそういうものをなくしたいと思って、背面のデザインにもこだわりました。ただ、コードに関しては巻き取り式が一番ですが、構造上の制約でどうしても難しい面があります。出しっ放しになるならば妥協せずにやろうということで、色から何から、すべて特注で作りました」と折橋氏。

「鍋屋がやるべき炊飯器」を実現するために

"鍋屋が作る炊飯器"として、ライスポットの開発は最初から最後まで鍋を中心に進められたとはいうが、それぞれが共働して機能する2つの機器を、機能とデザインを両立させながら調節を図っていくのは決して容易ではないことは想像に難くない。折橋氏は中でも特に苦労した点を次のように話した。

「機能だけで進めてしまうと、機能をこうやるにはこのぐらいのスペースが必要というふうになってどんどん大きくなってしまったと思います。それは絶対に避けたかったので、今回は外側のデザインを初期の段階で割と固めてから進めていきました。ここに納まる構造を考えようということで、一番の肝であるIHのコイルもスペースが限られているのでちょっと折り曲げて二段にしたり。デザインの制約がある中で、いかにおいしくできるかっていうところを考えていきました」

最後に、今回のバーミキュラライスポットの製品化について、折橋氏は「鍋屋がやるべき炊飯器」と振り返った。「これまでにないことをしようとしているので、法律的な部分の確認作業もすごく大変でした。調理器具の新たな形として開発をしたものの、家電製品として安全面でクリアにしなければならない壁も多くありました。そういう意味では、大手の家電メーカーではなかなかできないデザインだったかもしれないので、弊社がやる意味があったと思っています」。

折橋氏によると、ライスポットが発売されて以降、ユーザーからは小型版を求める声も多いとのこと。今後もそうしたニーズにも耳を傾けつつも、「お鍋の会社として、あくまで鍋を中心に据えた製品開発をしていきたい。家電ではないかもしれないし、他にもいい熱源があればまったく別の新しいものを発売するかもしれません」と展望を語ってくれた。