パナソニックが2023年9月に発売した「ラムダッシュ パームイン(以下、パームイン)」。持ち手のない、手のひらサイズの電動シェーバーだ。2023年度の「グッドデザイン賞」において白物家電で唯一となる金賞を受賞するなど、これまでの電動シェーバーの概念を覆す革新的な製品として注目を集めた。本製品の開発秘話を2人の担当者に訊ねた。
市場のリーダーが、引き算の価値にチャレンジ
2020年度末から開発がスタートしたパームイン。デザインを起点に生まれた、これまでになかったタイプのシェーバーだが、2017年の時点で既にプロトタイプとしては存在していたという。お蔵入りしていたアイディアが再び掘り起こされたかたちだが、デザインを担当した、パナソニック くらしアプライアンス社くらしプロダクトイノベーション本部デザインセンター AD2部の別所潮氏は、今回、改めて注目された背景を次のように分析する。
「おそらく当時はまだ、シェーバーの市場でも社内でも、機能が勝ってないといけないという認識があったので、(パームインの)原型となった2017年時点で存在していたプロトタイプのものは、あまり注目されなかったのかもしれません。シェーバーはそれまでずっと機能を競争していくような市場でした。しかし、コロナ禍中、我々自身も在宅勤務などを経て、実態としていろいろと体感していく中で、本当にそのまま進んでいいのかと疑問に感じていたところでした。そこで、機能だけでなく、感性や体験価値に注視した商品を作れないだろうかと。それまでのように機能を足し算していくのではなく、引き算して大事な機能だけを研ぎ澄ますような商品を作ることで、より直感的であったり、シェービング自体が豊かになるような商品が生み出せないかというのが最初の発想としてありました。そこでシェーバーの長年の過去を振り返った時、デザイナーの中で数年前のプロトタイプがもう一回掘り起こされたかたちです」
マーケティングを担当した、同ビューティ・パーソナルケア事業部 パーソナル国内マーケティング課・主幹の山本健司氏も「コロナ禍真っ只中であった2021年当時は、6枚刃という当社最高の機能を有したフラッグシップモデルを発売したタイミングでした。まずは限られた現在の市場の中で勝ち切るために、開発的にもマーケティングリソースとしても集中していました。そして6枚刃のモデルをきっかけに、市場ポジションをある程度確立することができ、市場のリーダーとして新しい市場を創造していく、チャレンジをしていこうという気概が社内でも生まれてきていたタイミングでした」と補足した。
「手のひら」を意識の外に置いた手のひらシェーバー
パームインはその名が示すとおり、プロダクトとしては端的に手のひらに収まるモバイルシェーバーとも言うことができる。しかし、山本氏は「その意識はなかった」と語る。
「意識をしないようにしていたというほうが正しいかもしれません。我々が社内での議論を重ねていたのは、パームインを単なるモバイルシェーバーに落とし込みたくないということでした。5枚刃という当社の中でも上位モデルの機能価値を兼ね備えながら、これまでにない新たな価値を出していくというところに非常にこだわっていました。単なる高性能のモバイルシェーバーではなく、これまでにない新たな価値を有した、新しいライフスタイルを創造する商品という打ち出し方をしていくためにも、パームインのブランディング・マーケティングコンセプトをどのようにクリエイトしていくかを、社内関係者間で本当にいろいろと議論して考えました」
こうして具体的な開発へと進んでいったパームインだが、「5枚刃の採用と、ラムダッシュPROというフラグシップモデルで採用している高速リニアモーターを搭載するというのは、絶対に譲れないポイントだった」と語るように、性能面で妥協しないことが強固なこだわりでもあった。だが、それらを手のひらに収まるサイズ感に納めるのは、設計部門にとって大きな難題であったことは想像に難くない。別所氏はその苦労を次のように明かした。
「中でも一番嵩張ってしまうのが電池です。今までは剃る部分と電池がすごく離れていて空間に余裕があったのですが、それを無理やり近づけて基板も押し込むために、それぞれの部品がとても接近した状態になります。部品ごとに熱を発生するものもあり、近づけることで熱で暴走してしまって故障につながる可能性が高まります。それらを避けながら、かつ小さくしなければならないというのは非常に苦労したところです。結果的に基板を3分割して生まれた隙間に入れていくという、今までやったことのないチャレンジをエンジニア部門の大変な努力で実現し、なんとか骨格ができました」
コアとなる部品は検証を重ねながら、USBの差し込み口や基板といった内部の構造はすべて新しく作り直したという。結果、試作機の数は設計とデザイン部門を合わせて100個を超えるとのこと。
「単純に重ねて積み上げるだけでは高さが出てしまうので、設計部門からは5ミリくらい伸ばさせてくださいと言われたりもしました。でもそれだと手のひらに収まらなくなってしまいます。さらに、数ミリ単位の差であっても、手で握った時の感じ方が変わるので、デザインとしては妥協できないサイズ感でした」(別所氏)
小石のような本体は、下側がやや丸くて横に少し厚くなったフォルムになっている。この形状を採用しているのももちろん意味があってのことだ。「単純に小さくしただけでなく、ユーザーが持ち方を変えたりした時に、指先を使うような繊細な動きであったり、自由な取り回しをしやすくするためです。シェーバーの電源が押しにくいという声がもともと市場の中でもあったのですが、それに加えてさまざまな持ち方や持ち替えたりもするパームインは、誤ってボタンを押してしまう可能性も高くなります。意図せず電源がオン・オフされるのを防ぐために、電源ボタンはあえて底面に備えているのですが、単純に底面に入れるだけでは押しづらいので、少し膨らみを持たせて押しやすくする加工もしているんです」(別所氏)と明かす。
志向したのは、生活空間に馴染む、オブジェのような佇まい
デザインを起点に生まれたプロダクトゆえに、オブジェとしての佇まいや、使っていない時の見え方や魅せ方はもちろん重視された部分だ。パームインのデザイン志向について、別所氏は次のように話した。
「家電に求められている佇まいも、生活の中でいかに自分に馴染むかが重要視されている昨今でもありますので、目立つというよりもマットさだったりとか落ち着いた質感にして、カラーも主張するのではなく、生活空間に置いた時にいかに馴染むかをこだわりました。今までのシェーバーは鎧を着たような金属的な表現で、もちろんそういうものを求められる方もいらっしゃるのであえてそこに向き合ってやってきたのですが、今回は少し趣向を変えてあえて男性的な表現を減らしていくような、より中性的なところを求めた感じです」
山本氏は、その象徴的なポイントとして本体カラーにホワイト色を採用した点を挙げる。「シェーバーはこれまで黒やメタリック系のカラーがよく使われていた中で、インテリア志向の高い方でも所有感だったり、使っていない時もちょっといいなと思える、ライフスタイルを彩るような商品を作りたいという意図でホワイトを採用したのもチャレンジでした。社内でも特に若手メンバーだったり、女性からの評判が高いです。シェーバーに関して女性陣から興味を持ってもらえるというのは、見え方が従来とは明らかに違うということの証左として手応えを感じています」
機能だけでなく、"引き算”していく在り方は、デザインのディティールまで行き渡っている。「引き算というところで、いかにノイズを減らすかっていうところもあります。細かなところで言うと、充電ケーブルも挿した時に、ランプが間近で光が入らないように、床面に反射させて間接的にLEDを照射させるような仕掛けにしています」と別所氏。
機能を足し算していくこれまでの電動シェーバーの在り方を見直し、逆に引き算してシンプルに研ぎ澄ましていくものづくり思考で生まれた、パームイン。次回後編では、社会問題も意識した製品開発への思いも含めた秘話も明かしてもらう。
(後編に続く)