前編から続く)

創立100周年を記念として、10月20日にオンライン限定で一般発売されたタイガー魔法瓶の「魔法のかまどごはん」。新聞紙を燃料にして、電気やガスが使えない災害発生時などにも炊飯ができる調理器具だ。

  • タイガー魔法瓶の「魔法のかまどごはん」。新聞紙を利用して、アウトドアや電気やガスが使えない災害発生時などにも炊飯ができる調理器具

    タイガー魔法瓶の「魔法のかまどごはん」。新聞紙を利用して、アウトドアや電気やガスが使えない災害発生時などにも炊飯ができる調理器具

発端は、保修用部品として保管されていた電気炊飯器の内なべが廃棄期限をむかえる際、再生して利活用できないかと、社内公募制度から採用されたプロジェクトだ。発案者でプロジェクトリーダーの同社・村田勝則氏が製品化までの道のりを語ってくれた。

電気炊飯器の知見を活かして炊き方を研究

ネーミングのとおり、本製品は"かまど炊き"の原理を応用している。かまどの形状を決めるにあたっては、まずはお湯を沸かすだけのシンプルな方法にて実験が繰り返された。

「まずはお湯を沸かして、新聞紙10枚だけを使ってどれくらい温度が上がるかを検証しました。温度が上がれば火力が上がったという証拠になりますので、蓄熱性と空気の流れのバランスを考え、燃焼室の形状と吸気口、排気口の大きさを決めました」

炊飯の方法は、電気炊飯器の知見が大いに活かされている。

「そうやってかまどの性能が最適化できた後は、デジタルとアナログをシンプルに考えました。以前は品質管理の仕事をしていましたので、炊飯器のプログラムはひと通り理解しています。電気炊飯器の場合はデジタルですごく細かく火力調整ができるのですが、新聞紙を燃料にすると、"炊飯時間”と"投入枚数”、"投入するタイミング”の3つのアナログ要素を電気炊飯器のプログラムになぞらえて調整する必要があります。"はじめチョロチョロ中パッパ”というタイミングを、1分半と1分という2つを時間の組み合わせによる最適なプログラムとして考えていきました。10秒単位で設定することもできるのですが、それをやりすぎると凄くわかりづらくなってしまいます」

前面に2つの丸い穴を設けるなど、かまどとしては特異な形状にも、もちろん意味がある。「普通のかまどですと穴の部分は煙突に相当します。この製品に煙突などいろいろと付け足すと、部材をたくさん使わなければならなくなります。できるだけシンプルに作ることにしました。加えて性能を追いかけるために、かまどの形状に関しては、内なべに沿わせるために内側に向かってやや狭くなっている構造です。前方に空間があって熱溜まりができるのですが、内なべとかまどがピタッと合っているので、これが熱気を逃がさない役割をします。先ほども少し触れましたが、素材に関してもセラミック自体が蓄熱してくれる遠赤効果が得られます。少し内に絞った構造のほうが内なべへの熱効率がさらに上がっていきます。電気炊飯器などでも同じような構造のものを出していますので、こうした熱制御の技術は、熱源が少し異なるだけで、既存の商品にも通ずる応用的なものになります」

一部が跳ね上がった独特な形状のすのこ網の構造も、火力を効率的に上げるために考えられたものだ。

「新聞紙はふつうの紙ですので、そのままでは上手く燃えません。紙は一度火が付いても温度が低いと消えてしまいます。水の入った内なべの底に触れたり、温度が上がっていないかまど内部に触れたところは燃え残ってしまいます。内なべの底に、新聞紙は当てずに炎を当てる工夫として、すのこ網と内なべ底との距離はミリ単位で設計しています。一方、内なべの前の部分は直面になっているのですが、金属状のすのこ網の後ろを跳ね上げることで、かまどの奥で燃えた新聞紙の炎が、内なべの底に当たってから側面を駆け上がるように上がります。新聞紙の火力を無駄にしないように、新聞紙のズレを手前で止めるための折り曲げもすのこ網に設けています」

  • 「魔法のかまどごはん」の全パーツ。内なべの他、陶器のかまどと蓋、五徳とすのこ網から構成される

こうしてさまざまな実験や検証を行った結果、試作機の数は70台ほどにのぼったという。村田氏は「最初は植木鉢を使って実験していて、なんとか3合のご飯を炊けるようになりました。その後もバケツを使ったり、金属のケースを使ったり、セメントを流し込んだり、あれこれ試しました。セメントから金属ケースが抜けなくて困ったこともありましたね」と笑いながら当時を振り返る。

  • 試作機の一例。初期の段階では、植木鉢やバケツを使って構造や火加減の調整などが検証された

一般発売までに要した改良、というか作り直し

こうして完成した製品は、2023年3月から5月にかけて、まずはB2Bモデルとして国立の野外活動施設への提供をはじめ、イベントにも出展された。そして各所での評判を得て、6月からは、今回の一般消費者向けモデルの開発に着手した。その際、改良をしなければならない点がいくつかあった。

「アフターサービスの補修用に保管されていた内なべには、5.5合まで目盛りが入っていたり、エコ炊き用の目盛り表示など、『魔法のかまどごはん』の炊飯方法とは関係のないメニュー表示が残っていたので、消費者にとっては紛らわしい状態でした。また、余っていた内なべは、そもそも数が限られていて種類も多岐にわたっているため、専用デザインの内なべを開発しました。内なべのサイズに合わせて、もちろん、五徳やすのこ網といった部品の高さも専用設計です」

もう1つが蓋の素材の変更だ。この変更は次のような理由からだった。不特定多数の方が使用するため、「今回、陶器の蓋を採用しているのですが、新たに金型を作らず、電気炊飯器で使っている部品をそのまま流用していたB2Bモデルの蓋は金属製です。個人向けモデルでは、陶器の蓋だと割れてしまうリスクもあるのですが、ある程度の重さも必要ですし、個人向けのモデルでは陶器を採用することにしました」

  • アウトドアイベントなどで使用されていたB2Bモデルは、蓋も金属製。今回の一般発売に向けて細かな改良がなされた

機能や構造と同様に、極力シンプルであるように収納性にもこだわった。「五徳を逆さまにして、内なべを入れてフタをすると、高さ約18センチのサイズにコンパクトに収まるように設計しています」と村田氏。

  • 内なべと五徳、すのこ網はすべてかまど本体と蓋の中に納まり、コンパクトになる設計

手入れのしやすさも大切にした。「通常、七輪などの珪藻土の素材は、吸湿されて次に火にかけた際に割れてしまうおそれがあるため、水洗いは推奨されません。しかし、今回、弊社の電気炊飯器の土鍋と同じ吸湿しない素材を使っていますので、使用後に水洗いで簡単にお手入れしていただくことが可能です。また金属のパーツでも、そのまま水洗いすると錆びたりもしますので、高温にさらされても錆びないステンレス素材を選定しています。アウトドア等でお子さんとこの商品を使われた後、10年20年使っていなくて、例えば災害時に急に使おうとなった時にも使えるよう、堅牢な素材を選定しています」

一方、内なべの外側はあえてコーティングがされていない。「最近の電気炊飯器の内なべは、だいたい外側に黒の塗装をかけています。しかし、本製品の場合は、外側が煤で汚れる直火炊きなので、お手入れする時に研磨すると塗装もどんどん剥げてしまいます。それならばと、最初から塗装せずに、ステンレスのヘアライン仕上げにしています。黒塗装は蓄熱性があり、コイルで電磁波を作って内なべを発熱させるIH炊飯器の場合、性能アップにつながります。今回の場合は、新聞紙を燃やせば結果的に鍋の外側が煤によって黒くコーティングされていきます。炊飯中に塗装されていくことになり、セラミック製のかまどから出てくる遠赤効果を効率よく受け止めることができます」

  • お手入れ時に研磨すると塗装が剥げてしまう可能性があることから、ステンレスのヘアライン加工を採用したとのこと。使用後の内なべは自然に「煤コーティング」されていくため、塗装は不要という判断だ

「おいしいごはんを炊く」をシンプルに追及した姿

改めて外観のデザインを見てみると、シンプルでありつつも、可愛らしさや温かみを感じさせるものだ。「どちらかというと性能ありきで、試作機段階で穴の数や大きさ、間隔の違いでどれだけ性能に影響があるのかを落とし込んだ上で、デザイナーに依頼しました。それさえ守ってくれたら、それ以外は自由にデザインして下さいと指示しました」と村田氏。

デザイン担当者によると「防災・アウトドアという目線で、できるだけシンプルに必要最小限の構成でおいしいごはんが炊けるデザインを行いました」とのこと。さらに、「外観のフォルムは、昔からずっと存在していたかまどのように、馴染みのある調理道具を目指しました。投入口は、初めての人でも簡単に新聞紙が入れやすいよう考慮し、最適な配置と大きさに定めています。組み立てやすさや収納しやすさにも工夫を凝らしました」と補足した。

今回は創立100周年記念モデルとしてのウェブ限定での販売となる。次年以降も継続販売していく意向だ。村田氏は製品に込めた思いと、今後の展望について最後に次のように語ってくれた。

「B2Bで提供した台数は私どもが廃棄する内なべのごく一部でしかありません。まだ使えるのに廃棄する予定の内なべに対して、青少年教育といった枠組みの中で使っていただく。市販品での台数ではなくて、SDGs的な背景を含めて提供できたらなと思っています。弊社の創業は、母親の淹れてくれた温かいお茶を飲みたいという創業者の想いから、魔法瓶の会社として始まっています。目指すべきサステナブルな社会を考えると、電気を使わずに炊きたてのご飯を食べられるという商品は、モノの価値だけではなくて、会社が持つアイデンティティにもつながっています。100周年記念モデルとして誕生したものですが、防災に対する意識やSDGsという領域に、商品を通じてひろく関心を持っていただくきっかけになればいいなと思っています」

  • 「魔法のかまどごはん」プロジェクトリーダーのタイガー魔法瓶・村田勝則氏