Preferred Roboticsが5月から正式展開する、家庭用自律移動ロボット「カチャカ」。人の声やアプリの指示で家具を目的の場所に動かし、片付けをサポートする“スマートファニチャー”だ。
前編では開発経緯や機能の意図を語ってもらった。後編では技術やデザインの側面から開発エピソードや今後の展望を伺い、革新性に迫っていく。
「世の中にない製品」を生み出すために
2019年夏に構想が固まり、同年秋に正式にスタートした「カチャカ」プロジェクト。「まったく世の中にない製品なので、ものすごく自由度が高いぶん、決めなければならない要素が多数ありました」と語るのは、Preferred Robotics 代表取締役CEOの礒部達氏。
「家具とドッキングするという形式を採用するにしても、持ち上げたほうがいいのか、けん引するのがいいのか。自律移動させるにも、カメラからの映像をベースにするか、赤外線のレーザーを使うのかみたいなところもかなり大きな議論になりました。
計算機をどうするのかという話も、ノートPCに載っているようなCPU、GPUを使うアイディアもありましたし、より安いスマートフォン向けのCPU(SoC)を使う案も出ました。ハードの仕様は全体の中でも非常に大きなポイントになるため、さまざまな議論と検証の末、今の形に落ち着きましたね」(礒部氏)
ロボットにはスマホ用のデバイスを多数採用したそうだ。「スマホの発達によって、デバイス自体はかなり安く調達できます。ただ、そのままではどうしても(カチャカに実装するにあたってスペックが)不十分なことが多く、部品の多くを自社あるいは共同で開発しました」と明かす。
「レーザーセンサーが家具によって隠されてしまうので、初期はセンサーを横に振っていたこともありましたが、視野角が広いセンサーを開発しました。他にもカメラで言うと、スマホの場合は自分の顔など近くのものを映す、あるいは遠くの写真を撮るにしても、人間に比べれば視野が狭いものが多いです。カチャカのように動き回るロボットのカメラは視野が広くなければならないので、カメラも自社で新規開発しました。
家具のドッキング位置を認識するセンサーは、家具の高さのばらつきに左右されず、絨毯の上のような本体が沈んで高さが変わる状況などでも、安定して家具を発見しなければなりません。さまざまな条件でデータを取って、どんな状況でもカバーできるような設計に落とし込んでいく必要がありました。センサーを調整すると本体に実装するときの寸法も変わるので、かなり難しかったですね。他にも、CPUボードや3Dセンサーも共同開発しています」(礒部氏)
制御面で特に苦労したこととして、“自律移動の精度”を挙げる。
「今でこそドッキングに失敗することはほとんどありませんが、初期は自分のいる場所を見失うみたいなことは頻繁に起こっていて、失敗は多かったです。
一番難しいのは、家庭にはいろんな環境があることですね。家庭は5,000万世帯あれば5,000万通りの家具の配置や間取りがあります。社員の自宅やシェアハウス、スペースマーケットみたいなところなど、多様な環境でデータを取って検証しています。
照明もかなり厄介で、同じ部屋であっても、センサーからすると朝昼晩と時間帯が異なるだけで少し違って見えてしまいます。そのため、カメラで全体の平均値を取って明るさの確認をしています」(礒部氏)
デザイナーの視点で決まったフォルムと「表情」
現時点で、カチャカシェルフは2段と3段の2タイプをラインナップ。モジュール式で、棚の段数を変えたり、あるいはカバーパネルを追加したりもできる。
シェルフとカチャカ本体のデザインは、プロダクトデザイナーの鈴木元氏とデザインイノベーションファーム・Takramが担当したことでも注目を集めている。
家具である以上、デザイン性は重要な要素。しかし、カチャカシェルフは自走するロボット本体と組み併せて使用する、特異な家具といえる。デザイン上意識されたのは「親しみやすさ」だった。
「家具のデザインも多くの種類の試作をしました。なかなかしっくりこない中で、(鈴木)元さんから挙がったのがオーバルのデザインです。
家具は基本的には四角くて、本来は動かない物体というイメージがあります。そこに円形の要素を入れることによって、動くことを予感させるような特徴をデザインで表しています」(礒部氏)
鈴木氏からはロボット本体のデザインに対してもリクエストがあったという。
「光でカチャカの状態を知らせるLEDリングも、実は(鈴木)元さんのアイディアです。この部分がなんとなく目のような、顔のような印象となり、表現を広げられました。その部分にはもともと電線を引っ張ったりはしていなかったので、このために設計の見直しもしています」(礒部氏)
「実は(シェルフとカチャカ本体の)ドッキング方式も、最初は全然違っていました。もともとはロボットの上の部分にドッキング用の溝があり、家具側が出っ張っていたのです。
しかし、家の中を生活感なくスッキリさせるための黒子的な製品なので、(ロボットの)上面をもっとフラットにしたいというデザイン側からの要望がありました。かなり設計を見直して、家電っぽさを出さず、インテリアになじんで主張しない見た目になりました」(礒部氏)
“スマートファニチャー”をコンセプトに、片付けるためのプラットフォームとしてソリューションを提供するカチャカ。今後の展望として、さまざまな可能性が考えられる。
8月のアップデートでは、カチャカを外出先から操作できる遠隔操作機能を追加。また、カチャカを自由にプログラミングして動かしたり、外部サービスと連携させたりできるAPIも公開されている。
「遠隔操作によって『外出中にカチャカを玄関まで呼び寄せる』といったことができるようになります。APIの公開は、研究者やソフトウェア開発者から要望が多かったもので、外部の機器やサービスと連携させることができるようになります。
例えばスマホのGPSと連携させて、家に帰って来たときにカチャカが出迎えてくれたり、カチャカが荷物を運んだ後に電気を消したりする、みたいなことも可能になります。ChatGPTなどの大規模言語モデルと連携することで、自然言語でカチャカに操作指示もお願いできたり、ドアが開いているのを認識してカチャカを動かすことができたりと、開発者のアイディア次第で、いろんな使い方ができるようになります」
ドッキングする家具の側にも、さまざまな発展性がある。
「多く寄せられているのは、もっと小さな家具を出して欲しいとのご要望です。ロボット自体はかなり小さいのですが、シェルフは実際に家に置くとちょっと大きくて、家のサイズ感に合わないのではないかと気にされる方がいらっしゃいます。デッドスペースのようなところに、隙間収納みたいに入れたいですよね。デザインやサイズ違いなど、家具のラインナップは増やしていきたいと思っていて、まだ明確には決まっていませんが、検討しているところです」
これまでは位置が固定されていた家具を動かし、便利に使うというこれまでにない発想。加えて、“スマートファニチャー”の概念のもと、片付けるためのプラットフォームとして展開しているのも「カチャカ」のユニークなポイントだ。
メーカー側の仕掛けだけでなく、API公開による外部サービスとの連携や、使う人のアイディアによっても変化する、無限の可能性を秘めたまさに「発明品」といえる。そんなカチャカの発展に今後も注目し、期待したい。